第4話 洞窟探検

 葉月さんの献身的行為のおかげで、ヒルは一目散に逃げていった。

 オレはまだドキドキする胸を押さえながら、

「葉月さん、ちょっと」

 近づいてきた葉月さんに、そっと耳打ちする。


「ブラジャーって付けてる?」

「…………」

 葉月さんは耳まで赤らめると、

「つ、つけてますよ?」ぎこちない笑顔で「ほほほほんとうですよ?」


 なるほど……これ以上はツッコまないようにしよう。


 一方、なぎさはオレたちのほう……というよりオレをムスッとした顔で睨んでいる。せっかくヒルを退治したんだから、感謝してくれてもいいはずだが。


 そんなことを考えていると、ふいに、失った記憶のかけらが落っこちてきた。

 脳裏にぼんやり浮かぶ学校生活。

 記憶の中のオレはどうやら男子校にいるらしい。そして、オレが手にしている学級日誌には今年の西暦と、2-Aと記してあった。


「そうか……オレは高校2年生なんだ!」


 思い出したことを2人に告げると、なぎさが声をはずませた。

「あたしの予想どおりね。ぜったい同い年な気がしたのよ!」

 なぎさは続けて、

「ねぇねぇ、男子校ってホモが多いってホント?」

「いや……クラスに2人くらいだと思うぞ」

 記憶がないのでハッキリとは言えんが。


 そんなバカなやり取りをしていると、「ぐぐう……」腹の虫が鳴いた。

 オレは頭をかきながら、

「そういえば今何時だ?」

「さあ……」なぎさが肩をすくめる。「スマホもリュックもみんな流されちゃったもん」

「たぶん」葉月さんが言った。「そろそろ正午のはずです。わたし、体内時計には自信があるんです」


 そう言って葉月さんが胸をそらすと、ふくらみがオレの目にスゴい迫力でせまってきた。


「くうっ……」

 なぎさが悔しそうに、自分の胸をぺたぺた触りはじめる。

 オレは見なかったフリをして、

「それじゃあ洞窟を進もうか。できれば今日中に山のてっぺんまで辿りつきたいからさ」

「そうですね」葉月さんが同意する。「明日にはヘリコプターが来てくれるはずです」


 こうしてオレたちは、真っ暗な洞窟を進んでいった。

 見知らぬ探検家の残してくれたライトとノートだけを頼りにして……



 ●  ●  ●



 洞窟の幅は3m、高さは4mほど。そして天井のところどころに、石灰が溶けてできた鍾乳石しょうにゅうせきが、つららのように垂れている。


 オレはぼやいた。

「しっかし、水も飲めないのはキツイな……」

 なぎさがうなずく。

「ホント。こんな場所でお腹こわしたら最悪だもん。……あ、でも待って! 葉月、ノートに何か書いてない?」

「ええと……」

 葉月さんがページをめくる。するとその時、暗闇の奥から赤ん坊の泣き声が聞こえた。


「――っ!?」

 オレはとっさにライトを向けたが、光は10m先までしか届かない。泣き声はその奥から聞こえてくる。


「ね、ねえ……」なぎさが声をふるわせた。

 たぶんオレたちは同じことを考えている。

 ――赤ん坊の幽霊。


 なぎさがコンニャクのようにぷるぷる震え、

「だだだ誰か、お経をとなえられる……?」

「オレは無理だ」

「わたしも……。アーメンじゃダメでしょうか……?」


 赤ん坊の泣き声は、ゆっくりと、だが確実に近づいている。

 オレたちは立ちすくみ、暗闇から恐怖が顔をのぞかせるのを、ただ待つことしか出来なかった。やがて――


「おんぎゃああああああ!!」

「うわあああああああ!?」

「「きゃあああああああ!?」」


 オレたちは叫んだ。目の前には赤ん坊の幽霊が……幽霊が……あれ? 赤ん坊にしちゃ大きいぞ。それに毛むくじゃらだ。まさかこれって――


「サルだ……」

 オレのつぶやきに、葉月さんがゆっくり目をひらく。

「ほ、ほんとうです! なぎさも見てください! おサルさんですよ!」

「ホ、ホントだあ……よかったあ……」


 緊張の糸が切れたのか、なぎさが地面にぺたんと座る。

 オレたちはサルを観察した。

 サルはかなり大きく、体長80cmくらいで茶色かった。「おぎゃあ、おぎゃあ」と叫びながら、オレたちの前をぴょんぴょん跳びはねている。


 葉月さんがノートをひらいて、

「このおサルさんは『ドウクツザル』と言うそうです」

「まんまだな」

「それから……」葉月さんはハッとした顔で、「このおサルさんにシャツとズボンをあげると、食べ物をもってきてくれるそうです!」


「どんなサルよ!?」なぎさがツッコんだ。

 オレは少し考えて、

「なあ、提案なんだが聞いてくれ。これから飲まず食わずで洞窟を進むのは厳しいと思うんだ。だったら服と食料を交換してみないか?」


「あんたの服を?」なぎさが訊いた。

「もちろん」

 オレがうなずいた途端、サルは「おぎゃあ」と叫んで、なぎさを指さした。

 どうやら、なぎさが好みらしい。


「じょっ冗談じゃないわ!」なぎさが怒った。「あたしストリッパーじゃないのよ!」

「落ち着けって。こういうのはどうだ? なぎさの服をサルにあげて、なぎさはオレの服を着る」

「イヤよ! あんたの服がどうとかじゃなくて、わたしはサルに見くびられたくないの。それが人間のプライドってもんでしょ!」

「そうか……なら仕方ない。食料はあきらめて――」

「わっわたしが脱ぎます!」

 葉月さんが叫んだ。

「わたしがおサルさんと交渉して、それで食料を持ってきてもらいます!」


 葉月さんがベルトをカチャカチャさせる。

 なぎさがそれを止めようとした。

「葉月やめなさい!」

「やめません! わたし……みんなの役に立ちたいんです!」

「くっ……泣けるぜ」

「浩一! あんた何見てるのよ!」


 なぎさがオレを目隠しする。そのあいだに、葉月さんは服を脱いだらしい。サルと交渉する声が聞こえてくる。しばらくして――


「やりました! 食料を持ってきてくれるそうです!」

「「やったあ!」」


 オレとなぎさがバンザイする。その拍子に、オレの視界がクリアになった。

 目の前には、パンツ姿の葉月さん。

 両手で胸元を隠しているが、手の位置がズレて、色々こぼれている。


「ふえっ!? こここ浩一くん!?」

「すすすすまん! 見るつもりじゃ……」


 ところで、おっぱいには引力があるんじゃないだろうか。

 だってこのとき、オレはどうしても目を閉じることが出来なかったんだから。


「こらあっ、浩一! はやく目を閉じなさい!」

 なぎさがオレの尻をキックする。

 それがバランスを崩すきっかけだった。

「うわっ!?」


 オレの左手が、奇跡的な角度で、なぎさのズボンポケットにすっぽり入った。

 指先に、やわらかい感触。

「ひゃうん!?」

 なぎさは叫ぶと、それから、真っ赤な顔でオレを睨み、

「あんた……分かってるんでしょうね?」

「ままま待て! 元はといえばお前が――」

「問答無用! せりゃあああ!!!」


 なぎさのボディーブローを受けながら、オレはさっきの感触の正体を考えていた。

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