第9話 収束

「初めてにしてはなかなか神気を使いこなしてるでありんす」


 神気を分け与えた伊奈は一仕事終わったとばかりに、近くの折れた木に腰を

掛け完全に観戦モードだ。

 薫子に神気を吹き込まれた姫は、悪鬼と災厄の合成体と互角に渡り合ってい

た。

 神気により姫はいつもよりも立体的な起動を可能としていて見ている薫子で

さえその動きを捉えられずにいる。


「いつも以上の動きで援護しようにもできないよー」

「お主の方はまだ神気が馴染んでおらなんだ。いっそ神気に慣れるまでは巫女

 の力を併用して補うとよかろう」

「そんな事もできるんだ。神気って不思議な力だね」

「巫女の力は神気から派生したに過ぎんのじゃ。全てを統べるのが神気。今は

 まだ使いこなせなくとも巫女の力と合わさば充分戦えるでありんす」


 初めて使いながらこれだけ使いこなせている姫の方がおかしいのだ。

 あまり深く考え込まず先入観を持たなかったから使いこなせているという部

分もある。

 大振りの合成体の力は地面や木々を揺らし、吹き飛ばす。

 それだけにくるとわかっている攻撃を姫は読みきり合成体の攻撃がきた時に

は既にその場にはいなかった。

 そんな攻防を繰り返すうちに合成体はイラつき始め、狙いなど考えず大暴れ

しはじめる。

 その攻撃が姫をとらえ辛うじて剣で受けた反動を利用して薫子と伊奈の元へ

戻ってきた。


「そろそろ手伝ってほしいのだが」


 互角に渡り合っていたとはいえ、お互いの攻撃が全く決定打になっていない。


「ごめんね!それじゃ姫ちゃんちゅ~しよ!」


 薫子もただ戦いを眺めていたわけではない。悪鬼については詳しくないもの

の災厄に関しては一応専門家だ。

 2人は巫女の力を解放すべく触れ合うようなキスをした。


「神気から派生した巫女の力の行使がなぜこうなったでありんすか……」


 解放された力はもく。目を開けた薫子の片目は金のまま、もう片方は緑色に染

まりオッドアイとなっていた。


「神気と木が合わさり!わたし誕生!」

「薫子の目かっこいいな」


 ピースサインを出しながら自分の存在をアピールしている。


「これまた風変わりな性質になったでありんすな」


 薫子の豹変の仕方を初対面から味わってしまった伊奈は、神気と巫女の力の

融合でどんな風になるか少し警戒していたが思ったよりも陽に寄った性格で安

堵していた。


「いっくよー!姫ちゃん!」

「おうよ!」


 スピードで合成体を圧倒する姫を神気と木の力を込めた祝詞で援護する。


「八百萬の神達共に恐み恐み申す」


 普段薫子が使う木の力など比較にならない強力な力が顕現する。

 合成体の足元から無数の植物の蔦が生え身動きできなくさせた。


「なんだこれ。こんなもの」


 力任せに引きちぎろうともがいているが、もがけばもがく程その蔦は体を締

め付けた。

 終いには合成体も堪らず膝をつき拘束されてしまった。


「えっへん!どうだ!」

「薫子よくやった。首をとってくる」


 合成体は地面に縫い付けられ動けなくなり首を差し出してる状態だ。

 その首目掛け姫の剣が幾度となく振るわれる。


「無防備な状態で薄皮一枚。その上再生するのか」


 合成体は防御力も回復力も高いらしく姫の剣をもってしても決定打にはなり

えなかった。

 薫子の力も時間切れでブチブチと力ずくで切られていく。


「あれじゃな。お主らは災厄との戦いしか知らぬでありんすな」


 伊奈がいつのまにか側にきてどこかから神楽鈴を取り出した。


「暫しの間、見ておるがよい」


 言うが早いか神楽鈴を鳴らし始める。


「シャランッ!シャンッ!」


 規則的に音を鳴らしながら舞う。

 伊奈の舞うこの場がまるで戦いなど起きていない舞台かと見紛うようだ。


「ガッ!グワーッ!なにをした!?」


 ただし効果は一目瞭然である。

 伊奈が舞う度に、神楽鈴を鳴らす度にもがき苦しむ合成体。


「わらわが悪鬼を抑え込んでいる内に斬るのじゃ」


 その舞に見蕩れていた姫と薫子は、伊奈に言われハッとしてもう一度仕留め

にかかる。

 薫子は苦しむ合成体を地面に縫い付けた。


「姫よ、お主のまなこで見極めい。この合成体の真に斬る場所を」

「ここまでお膳立てられたらな。任せておけ」


 姫は剣を構えたまま薫子に神気を吹き込まれた時と同じ様に邪念を捨て、た

だ無心で合成体を見極める。


「ここだっ!」


 全身の力を使い一点に突きを放った。

 数瞬後、いくら切ってもびくともしなかった合成体の体が砂の様に崩れ始め

た。


「ば、馬鹿な。この体がこんな小娘どもに……」


 全身が崩れ落ち風に吹き飛ばされて消えていった。


「やったんだよね?」

「うむ。気配は完全に消え去っておるでありんす」


 伊奈の言葉を聞き構えたままの剣を鞘に収め姫も力を抜いた。

 戦闘が終わり薫子と姫の2人が力を抜くと2人に宿っていた神気も空気の様に

消えていった。


「もう朝か」


 東の空を見ると姫が呟いた通り夜が明け朝日が昇りはじめていた。

 その差し込む朝日で見えたのはキャンプ地の惨状だった。

 幸いにも宿泊施設は自分達が泊まっていた場所だけを攻撃されたようなので

すぐに修繕されるだろう。

 薫子は一連の出来事をどう神仏本庁に報告すればいいか頭を悩ませている。


「そんな難しい顔などせずとも朝御飯でも食べれば元気になるのじゃ」

「そうだな。動きっ放しで腹が減った」


 そんないつもと変わらない2人を見て薫子は笑い出した。


「キャンプの人達も地下に避難しているだろうから、脅威が去った事を教えて

 朝御飯を作ってもらいましょ」



 薫子が報告したところ、結局数日間この地に留まる事になった。

 結界が破られてしまったために新たな結界を構築しないといけない。それだ

けではなく大規模結界がどのように破られたか研究班が直接来るらしい。

 安全が確保されるまでの護衛だ。

 実際、このキャンプ地で生活している人々は巫女ではない。


「伊奈ちゃんは早く京都行きたいのにごめんね」

「いいのじゃよ。わらわとしても困っている人々を放ってはおけないでありん

 す」

「さすが神の使いだけあるな」


 姫はそう言いながら、その神の使いの頭を乱暴に撫でている。

 神の使い様も満更でもない様子なので問題ないだろう。


「そういえば、わたしの神気モードどうだった?お嫁さんにしてくれる?」

「かっこよかったぞ」

「お嫁さんにしてくれる?」

「耳と尻尾が生えたら考えてやらんでもない」

「ほんとー!?」


 伊奈は2人を見ながら熱いお茶をすすっていた。

 薫子よりも姫の方が早く眷属化しそうな事は黙ったまま。


 京都までの道のりはまだまだ長い。

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属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか? さくら @sakura-yuudachi

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