第8話 不測の事態

 皆が眠りにつき夜も更けた。そんな草木も眠る丑三つ時。

 体感できない程の微かな震動が続いた後、何かが砕け散る様なパリーンッと

いう音が響き渡る。


 初めに異常を察知したのは伊奈であった。

 目をぱちっと開き、起き上がると両の手をパーンと打ち鳴らし周囲の気配を

探りだした。

 その打ち鳴らした音を聞き二人も眠い目を擦りながらもぞもぞと起きだす。

 時間を見るとまだ夜中の2時を回ったところだ。


「伊奈ちゃんこんな夜中にどうしたの?」


 手を打ち鳴らし合わせたままの状態で動かない伊奈にそう尋ねる。


「はよう起きなんし。どうやらありがたくない客がきいしたでありんす」


 冗談とは思えない伊奈の様子を見てまだ半分眠った体に鞭を入れる。

 姫はすぐさま剣を持ち伊奈に聞く。


「どうなってるか教えてくれ」


 お互いに周囲を警戒したまま会話を交わす。


「端的に言うなれば、結界が破られたのじゃ。これはちとまずいのう」


 微かに外から聞こえていた虫の声が止み、できあがったその静寂を切り裂く

ような咆哮があがる。

 今度はドスンッドスンッという大きな足音にも似た震動。


「姫よ!薫子を守りゃんし!」


 伊奈が叫んだ瞬間、窓の外から攻撃がきた。窓や壁そんなものはお構いなし

に振り払うかのような強力な攻撃が。


「くそっ!」


 最上階のこの部屋に突然降って湧いた敵からの攻撃に反応の遅れてしまった

薫子は避ける事もできずその攻撃に無防備に身をさらした。

 ……かに見えたが、姫が間一髪でその間に入り攻撃を逸らす。

 だが、体勢が崩れたまま剣を構えたために攻撃をさばききれず自身が吹き飛

ばされてしまう。


「姫ちゃん!」


 薫子は吹き飛ばされた姫を助け起こすとすぐさま水の巫女の力を発現した。


「プハッ。ここまでの攻撃とは」


 限りなく清められた水を顔におもいっきり掛けられ意識を取り戻す。

 姫が周囲を見渡すと今の攻撃だけで部屋の半分程が吹き飛んでいたのだから

こんな軽傷で済んだのは攻撃の前触れを教えてくれた伊奈のお陰だろう。

 その伊奈は薄い金色の膜に全身を覆われ今の攻撃を防いだようだ。


「敵にはわらわ達の居場所が特定されているようでありんす。ゆっくり話して

 る暇は与えてくれんらしいのう」

「そうか。それならばこちらから外に出てやろう」


 姫は薫子と伊奈を担ぐとそのまま窓のあった場所から空中へと身を投げ出し

た。


「キャーッ!」


 その咄嗟の判断は正しかった。

 いきなりの空中遊泳に叫ぶ薫子の視界の片隅では次の攻撃で部屋が木っ端微

塵になっているのが見えたのだから。

 姫は2人を担いだまま、建物の壁や木をうまく足場に使って地面に着地すると

いう離れ業をやってのけた。

 文句など言えようもない。


「護衛騎士というのは伊達ではないでありんすなぁ。それにしてもお主らが言

 っておった災厄とやらは、あないに強力なものであったかえ?」


 一旦、身を隠しお互いの情報を交換する。

 こういった事は専門家でもある薫子の出番だ。突然の攻撃と空中遊泳で完全

に目が覚めた薫子は頭をフル回転させ情報を結合させていく。


「まず結界を破られるという事が前代未聞です。不浄なる災厄は不浄な土地に

 発生するのです。既に浄化され龍脈を利用した大規模結界を張った場所に出

 現するなどありえないんですよ」

「そうなるとアレは災厄とは別のナニかだと?」

「そうかもしれないしそうではないかもしれない。正直わからないわ」


 誰もが困惑する事態に伊奈が術を使って先程調べた事を薫子に伝えた。


「わらわの見通しによるとアレからは悪鬼の類の気配を感じるでありんす。が、

 何か混ざり物の様な……」

「悪鬼なんてものが実在したのですか」


 目の前に神の使いである伊奈がいるならば悪鬼羅刹や魑魅魍魎も存在するの

かもしれない。


「って今はそんな事はどうでも良くて、アレは倒しても平気なモノなのですか

 ?」

「大丈夫じゃろ。ただし、わらわが知っておる悪鬼とは別物のようでありんす

 え。わらわも力を少しだけ貸す事にするのじゃ」

「ありがとう伊奈ちゃん」

「未来の眷属のためでありんす」


 少し照れながらそう言う伊奈は力を貸してくれるらしい。

 倒すという事で意見をまとめた3人は戦闘へ入るべく各々の準備をする。

 どうやら索敵能力はだいぶ低い敵らしくドスンッドスンッとあっちを行った

りこっちを行ったりフラフラしていた。


「薫子よ、こっちへ参れ」


 伊奈に呼ばれ近づく。


「どうしたの?伊奈ちゃん」


 伊奈は薫子の両手を握ると目を瞑り何かをブツブツと呟き始めた。それは薫

子には正確に聞き取る事ができず、音が流れていくように感じていた。

 カッ!と目を開くと伊奈の目は金色に染まっており伊奈の体も薄く金色に覆

われていた。

 その金色の何かが薫子の中に入ってくる。


「なっ!なにこれ熱い……」

「今回は特別サービスじゃ。神気を少しだけ注入してるでありんす」


 初めは少しずつだったが、ある時を境に金色の光が一気に流れ込む。

 薫子はギュッと目を瞑り神気を受け入れる。


「目を開いてみるでありんす。世界が変わって見えるはずじゃ」


 恐る恐る目を開く薫子。様々な力の流れが実際に目で見る事ができるように

なっていた。


「薫子おまえ目が……」


 姫に指摘されるが自分の目を自分で見る事はできない。


「目がどうしたの?」

「片目だけ金色に光っていて綺麗だ」

「ほんと!わたし綺麗!?」

「あぁ。綺麗だ」

「初めての神気で片目にしか力が表出しなかったようでありんす。眷属として

 成長すれば、自在に操れるのじゃ」


 薫子は伊奈に借りた力を自らの中に留め使い方を試している。そしてアレを

見た。


「アレが悪鬼……」

「正確には悪鬼のようで悪鬼でないものでありんすえ」

「アレは不浄なる災厄でもあるわ」


 薫子は言い切った。


「む?どういう事だ」

「要するにアレは悪鬼と不浄なる災厄の合成体という事よ」

「ほんにか。通りで普通の悪鬼と違う力を感じたわけじゃ」


 悪鬼と不浄なる災厄の合成体。初任務としてはとんでもない大物を引き当て

てしまったが薫子は恐れていなかった。

 借り物ではあるが、伊奈から送られた神気は薫子に強い心を持たせてくれた。


「巫女であるお主ならもう使い方はわかるじゃろ?姫を強化をしてやるのじゃ」

「わかったわありがとう!」


 神気を身に宿し真っ直ぐで強い心持ちになっている薫子は姫に駆け寄ると歌

を歌うかのように内より出でる祝詞を唱える。


「掛巻も恐き稲荷大神の大前に恐み恐みも白さく」


 伊奈と薫子の神気が膨れあがり悪鬼と災厄の合成体は気づく。

 顔を歪めニヤリと笑うと前傾姿勢の気色の悪い走り方でこちらへ走ってくる。


「緩事無く怠事無く」


 その間も薫子の祝詞は続く。姫は体から余計な力を抜きいつでも戦闘へ入れ

るように薫子を信じ待つ。


「過犯す事の有むをば」


 合成体は5メートル近いその巨体でジャンプして襲い掛かってきた。


「恐み恐みも白す」


 いつもの巫女の力とは逆に薫子が姫に神気を吹き込む。

 さっき薫子が感じたように姫も熱い何かが体内を暴れ回るのがわかる。


(力を抜いて神気の流れに身をまかせて)


 薫子の想いが直接頭に浸透してきた。言われた通り力を抜き敵の存在を忘れ

ただ只管に心を無にした。




 悪鬼と災厄の合成体の攻撃は何かによって防がれた。

 簡単に神気を食べられると思っていた合成体は戸惑いを覚える。


「不味そうなの狙った。なんで死んでない」

「失礼な悪鬼災厄だ」


 そこには目と髪を金色に光らせ、体だけではなく剣にも金色の光を纏わせた

姫が悠然と立っていた。

 その姿は薫子の祝詞と姫の忘我の境地により完全に神気と共鳴していた。

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