第4話 伊奈


 朱色の鳥居といえば古来より、俗界と神域を分ける境として立てられている。

 ここより先は不浄な土地と違いある意味ではそれよりも厄介な相手の可能性

があるのだ。

 微弱とはいえ不浄な土地に隔離されていた神社だ。

 同じ場所を延々とループさせるという先程の面妖な結界術も誰がなんのため

に仕掛けたかわかったものではない。


 薫子がいんに属する力をぶつけて鳥居が現れたという事はその相手は怒ってい

るかもしれない。

 この先にその答えがある。

 今の力を使っている薫子は自信に満ち溢れ、石段をズンズンと上っていく。

 その自信になんの根拠もないところがこの巫女の力が危なく恐ろしいところ

である。

 そんな弱点を知っている姫は薫子に遅れまいと石段を早足で駆け上がってい

た。


「この石段の先に待つがなんなのか」

「フフッ、我が魂の片割れはいつも以上に冷静なのだな」


 薫子がそんなだからだと思った姫であったが面倒な問答になりそうなので口

には出さない。

 さして長くもない石段を上りきった先にあったのは、先程の立派な朱色の鳥

居とは対照的に朽ちかけた社であった。

 手水舎ちょうずやも枯れ果て拝殿の鈴も見当たらない。参道は剥がれかけ長年に渡り放

置されてきた様子だ。


「不浄な土地に囲まれながらよく持ち堪えたものだ」


 恐らく、あの結界術により不浄なる災厄の侵入すら拒んできたのだろう。ま

すます油断のならない相手だと再認識する。


「ここまで来ても姿を見せぬとはッ! そちらのしきたりに則り参拝してやろ

 うではないか」


 巫女が参拝してやろうだとか……薫子に言いたい事は山ほどあった姫だが、

細かい事は頭から追い出す事で無心になり何が現れてもいいように気を張って

身構えている。

 ここはもう神域。相手のテリトリーなのだ。

 不浄なる災厄ではないまでも、物の怪、はたまた神仏に連なる何かか。


 薫子は自分で言った通り基本に従い参拝する。手水舎と鈴がないのでそこは

省略し拝殿の前で2礼2拍手1礼をした。


「ここまでしてやったのだ。そろそろその姿を表せ!そこかっ!」


 何者かの気配を感じたのか、薫子は拝殿の脇を指差す。

 指差された方を姫もバッと向くがその方向には何もいなかった。


「なんじゃ、とんだ無作法者が来たと思ったら巫女ではないか」


 ソレは拝殿の奥から歩み出てきた。見当違いの方向を指差し固まったままの

薫子をそのままに姫はそちらに向き直る。

 出てきたモノの姿を見て、姫はまた面倒な事になる予感をヒシヒシと感じて

いた。


「もしや、わらわを迎えに来たのかや?」


 やや時代がかった特徴的な言葉を用い、あでやかな着物を着たソレはゆっくり

と姫と薫子の方へ歩み寄ってくる。

 姫が面倒な事になる予感を感じた一番の理由はその言葉遣いでも着物でもな

く、頭と尻から見え隠れする物のためだ。

 頭には獣のモノと思われる耳、尻には尻尾を生やしていた。


「周囲をけったいな土地に囲まれて難儀しとったのだ。早く京まで連れて行っ

 てたもれ」


 やはりどう考えてもこれはもう面倒事以外の何物でもないと気づいた姫は、

まず一番の面倒事を取り除く事にした。


「キャッ! 姫ちゃん……そんな突然……」


 薫子とその何者かが火花を散らす前に薫子の巫女の力を強制的に解除した。


「なんじゃ接吻なぞして。ほんに最近の若者は……」


 その何者かも飽きれているようだが、この判断は正しい。先程までの巫女の

力は陰に寄っており、どうしても攻撃性が出てしまうのだ。


 ここはどうやら稲荷神をまつっている神社で間違いない。

 目の前にいる耳と尻尾を生やしたモノは、幼女にしか見えないにも関わらず

その胸は姫と変わらない程の豊満さを有していた。

 稲荷神は五穀豊穣ごこくほうじょうを司る神でもある。その豊穣さは胸にしっかりと表れてい

る。


「先程は失礼な事をしました。申し訳ありません。あなた様はこちらに御座おわ

 方でしょうか?」


 姫からキスをされるという嬉しいハプニングに舞い上がっていた薫子も目の

前の奇怪な出来事に対処しはじめた。

 薫子は巫女といってもあくまで神仏本庁に属するというだけであって、実際

に神や仏との接触などした事がなかった。むしろほとんどの巫女がそうである

のが実情である。

 薫子の質問に「んー」「むー」と唸りながらやや答え難そうにしている。

 やがて、丁度良い答えが見つかったらしく、平手にグーを作った手をポンッ

と打ち鳴らし答え始めた。


「わらわは京にある稲荷神社の使いで伊奈である。ここへは遊、いや使いで来

 たのじゃが異変が起きてから結界を張っていたのじゃ」

「今、思いついたという顔をしてましたが。あそ、なんですって?」

「い、言い間違えただけなのじゃ。わらわが各地の稲荷神社を訪れる事はよく

 あるのだぞ。本当だぞ。本当じゃからな!」


 先程までの巫女の力を無理矢理解除したが、普段の薫子は水の巫女の力を元

々持っている。

 水の巫女の力を発揮している時の薫子ならば問題ないと判断し姫は全てを丸

投げして動向を見守る事にした。


「お主らこそ、いきなり接吻をしだしたりなんなのだ!?」

「アレは姫ちゃんからわたしへの愛情表」

「ゴホンッ」


 丸投げしただけでは問題があったので咳払いで会話を途切れさせる。


「というのは冗談であれは巫女の力を解放するのに必要な事なのですよ」

「わらわが結界術で逃れてる間に巫女も進化したのじゃなぁ」


 ここが異変に襲われてから結界を張っていたと軽く言ってのけているが、そ

うだとしたら軽く数十年は閉じ篭っていた事になる。

 神仏に直接連なるモノとしては、ほんの数十年なのだろうが、人からみると

それだけの間、こんなところに閉じ込められていたらたまったものではない。


「最初はわらわの結界に陰の力をぶつけてくるとは、なんと不届きな連中じゃ

 と思ったが、話してみると案外よき者達ではないか。それも巫女なれば、わ

 らわを京まで案内する任を与えつかわそう」


 これには二人も困ってしまう。現在、京都への道を浄化する任務にあたって

いて道は閉ざされたままだからだ。

 しかも、伊奈と名乗ったこの方は京都に戻りたいと言う。

 という事は総本宮の御祭神に連なるお方の可能性が高い。


「姫ちゃん、ちょっとわたし達がやってる事の現状を伊奈様に説明してもらっ

 ていいかな?その間に神仏本庁に問い合わせてみるね」

「あぁ。構わない」


 二人はバトンタッチをし、今度は姫が伊奈に説明をする。


「はじめまして。俺は巫女の護衛騎士で姫宮 姫だ。あっちにいる薫子に代わ

 り現在の状況について説明しよう」

「巫女の護衛騎士とな?わらわがひきこもっている間に何やらあったようじゃ

 のう」


 世界各地で起きた事や自分達が神仏本庁という組織に所属していて龍脈の力

を用い京都を奪還する作戦遂行中である事を話す。

 そして巫女と護衛騎士についても。

 狐の耳をぴくぴくと動かし尻尾をふぁさふぁさと動かしながら伊奈は聞いて

いる。

 姫はそのかわいらしさに目を奪われるが、伊奈からの質問に淀みなく答えて

いく。


「なるほどのう。世界はそんな事になっておったのか」


 ひとしきり説明を終えると伊奈はうむうむと納得がいったのか自分の尻尾を

フリフリとさせながら考えている。

 説明を終えた姫はその左右に揺れる尻尾に釘付けになっていた。


「なれば、わらわがお主達に力添えして京までの道を開こうぞ」

「俺としては助かるが、まずは神仏本庁の許可が下りてからだ」

「いつの世も権力とは面倒なものよのう。そこの薫子とやら!神仏本庁とかい

 う連中にわらわが道を阻むならたたると言え!」



 離れた場所で専用端末を使い神仏本庁の上層部らしき人と話していた薫子だ

ったが、伊奈の言葉が力の籠められた音の波として聞こえてきた。

 という力であろうか。口に出した事を現実として起こす力。

 それも稲荷神の使いとあれば、祟るという言葉にどれだけの意味があるかは

なんとなく想像できる。


「だそうですが、どういたしましょう?」

「本来、君達にはもっと経験を積んで貰いたかったが御本人様がああ言うなら

 致し方ない」


 画面越しに溜め息をついている。

 稲荷神に連なる方が言う事を聞かなければ祟ると言っているのだ。それはも

う言う通りにする他には避けようがない。


「京都までお前達にできるだけ微弱な災厄のルートを作り出す。すまんが伊奈

 様をよろしく頼む」

「わかりました。他の巫女の方達に負担を強いる事になると思いますが、京都

 まで安全にお連れいたします」


 神仏本庁からの許可が下り、これからの予定も半ば強引に決まったところで

伊奈と姫が待つ場所へ戻る。


「どうじゃ?うまく話はついたであろう?」

「えぇ。これから神仏本庁がルートの指示をくれるのでそれに沿って京都を目

 指す事になりました」

「うむ。はよう京に行きたくてじれっとうす」


 子供の様に駄々をこねる伊奈を「はいはい」と薫子があやしながら一度街ま

で帰る。

 階段を下りる二人の後姿を見ながら姫は瑣末な事を考えていた。


(背丈で見るとそのままだが、胸だけ見るとどちらが子供かわからんな)


 その考えは姫にとって瑣末であるが当人達にとってはあまりに重大であり、

口に出さないで正解である。

 奇妙な3人による京都への道程はまだ始まったばかりだ。

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