第3話 陽と陰


 姫と薫子は遥か昔、東海道と呼ばれた街道周辺を浄化している。

 現在、結界の張られた大きな街とは空路と海路でしか繋がっていない。

 神仏本庁は陸路を少しでも不浄なる災厄から取り戻し、隔離されてしまった

彼の地と繋げる事で龍脈を活性化させたいようだ。


 神仏本庁にとって重要な彼の地とは、強力な結界で今も隔離防衛がなされて

いる

 京都を囲むようにして出現した不浄の土地はあまりに強力で、そこに現れる

不浄なる災厄の前に幾人もの巫女と護衛騎士が倒れていった。

 人海戦術では消耗が激し過ぎると判断した神仏本庁は、手始めにまず東海道

を浄化しながら繋いでいき地中深くに存在する龍脈を活性化させる事を考えた。

 龍脈によって巫女の能力を底上げするためだ。

 その力を以ってして、京都を解放できさえすれば神島京全体を覆う程の強固

な結界を形成できるはずであるとの事だ。



「姫おねーちゃん起きてよー。起きないとちゅーしちゃうよ。チュッ」


 姫は薫子に起こされ飛び起きた。騎士として何らかの危険を感じたのかもし

れない。


「ああ。おはよう。何か殺気のようなものを感じたんだが、俺が寝ている間に

 何かしなかったか?」


 キスによって巫女の力を行使した薫子に尋ねた。


「何もしてないよー。ほら、姫ちゃん時間だよ。起きて起きて」


 普段通りの性格に戻っている薫子を不審に思いながら体を起こし節々を伸ば

す。少し強ばっている部分があるのか、丹念にストレッチをしている。


「今日の予定は端末に届いてるか?」


 神仏本庁からの指示は薫子の持つ専用端末に届く。


「さっき届いたよー。他のルートよりは比較的微弱な不浄の土地みたい。やっ

 たね!」

「あまり歯応えは期待できそうにないか」

「もう、姫ちゃん。力を温存できる時は温存しなきゃだめだよ」


 薫子にはそう言われてしまったが、護衛騎士である前に剣士である姫はより

強い敵と戦いたいという思いがあった。

 自らの剣がどれだけ通用するか試したいというのは剣士としては自然な事で

はないだろうか。


「忘れないでね。姫ちゃんはわたしを守るの。わかった?」


 優しくそう念を押され、今の自分の本分である護衛騎士としての任務を思い

出す。


「わかってるさ。一番大切なのは薫子を守る事だ」

「キャーッ!そんな真顔で言われたら照れちゃうよー。えへへ」


 姫は任務について述べているのに対し、薫子は何か勘違いをしているようだ

がそれもいつもの事だ。


 朝食を終え、チェックアウトすると指示通りのルートで山道の方角へ向かう。

 街の結界範囲外に出ると舗装されていたアスファルトは途端にボロボロにな

り、崩れかけている場所も多くなるので足場を選びながら移動する事になる。

 何十年も手入れすらできない状況なので仕方ないが。

 姫が先導しながら不浄な土地を進む。


「不浄な土地の割に災厄が全く出現しないな」


 所々で薫子が浄化の祝詞を唱え土地の浄化を行っているが、その間も一切災

厄は出現していなかった。


「それぐらい不浄の度合いが微弱な土地なのかも。浄化だけで済むし楽で良か

 ったね、姫ちゃん」


 土地の浄化も終わり姫に抱き付いてじゃれついている。


「不思議な事もあるものだ」


 不浄な土地と不浄なる災厄はセットで考えられている。災厄を生み出すから

こそ不浄な土地なのだ。

 災厄を生み出さない不浄な土地が続く事に姫は違和感を覚えていた。


「そんな難しく考え込まないの。目的は達成できてるし次、行くよー次」


 薫子は不浄な土地を浄化するだけで済んでいる事に安堵している。

 姫と違いそこまで戦闘が得意というわけではない。

 神仏本庁もそれを踏まえてこの微弱な不浄な土地のルートを修行場所として

選んだのであろう。


「よっし、ここも浄化しちゃおう!」


 災厄の出現がないままに山道の大分上の方までくる事ができた。姫は少し不

満顔であるが。

 

「あっ……。」


 突然、何かをやってしまった様な声をあげた薫子に姫が反応する。


「どうしたんだ?災厄でも現れたのか?」


 まるで災厄が現れて欲しいのか、少し嬉しげに話す。


「あ、あのね、不浄な土地の浄化はできたの。ただ正体不明のテリトリーを破

 壊しちゃったっぽいんだよねー」


 あははと笑いながら頬をポリポリと掻いている。


「こんな山奥で正体不明のテリトリー?なんだそれは」


 姫にくっつきながら暫く考え込んだ薫子であったが自分の知識の中に答えを

見つける事はできなかった。


「んーわかんない。こんなの家でも習った事ないしね。まー大丈夫でしょ」


 あっけらかんと答える。


「薫子が大丈夫と言うなら大丈夫なんだろう。次に行くか」


 何か問題があっても目の前に立つならば斬り伏せれば良いだろうと考え次の

目的地を目指す。



「姫ちゃん、ごめん。やっぱり何かおかしなモノを壊しちゃったかも」

「これは本当にそうかもしれないな」


 次の浄化場所を目指し歩いていた2人だが、ここ30分ぐらい同じ場所を行っ

たり来たりしている。

 途中でおかしいと気づいた薫子は道路に倒れてきている木に目印をつけた。

 つけたのだが、5分も経たずに目印のある木が見えてくるのである。


「もう一つおかしいのはここら辺からは全く不浄な気配を感じられないのよ。

 例えるなら……そう、聖域に近いような」


 薫子にもハッキリとはわかっていないのか、珍しく歯切れが悪い答え方だ。


「ふむ。俺はさっきから何かに見られている視線を感じる」

「どちらにしても、このままじゃ進めないし一旦休憩にしましょ」


 埒が明かないと感じた薫子の提案で休憩する。不浄な土地どころか清浄な力

を感じるこの場所では災厄を気にする必要もない。

 2人は不可思議な現象をさて置き、朝から歩き詰めであった体を休める事に

した。


「はいっ、お茶でも飲んで落ち着こ」


 薫子にお茶を手渡され口をつける。


「ふぅうまいな」


 周囲を警戒し張り詰めていた姫の緊張も和らぐ。

 目をつぶり落ち着いて辺りの気配を感じてみれば、巫女の力を持たない姫で

も清浄な空気を感じられた。


「ここは空気が澄んでいる。薫子が聖域だと感じるのも頷ける」

「だよね。んー!気持ちいいー!」


 薫子は深呼吸を繰り返すと清浄な空気を体の中いっぱいに吸い込む。

 巫女の力により土地や周囲の環境から直接力を蓄える事ができるのだ。

 一方、姫は実家の流派独特の呼吸法を体得している。自然と呼吸を楽にし、

丹田から体の中を循環させるような意識をしてゆっくりと呼吸をする。

 2人は充分にリラックスして体を休められた。


「これからどうしよっか」


 次にどこへ行くか決めかねている恋人の様な気軽なセリフだった。確かにど

うすればいいかわからないのではあるが。


「俺は薫子の選択に従うさ」


 こちらもまるで優柔不断な恋人の片割れという様な受け答えであった。ただ

し言っている本人は巫女の選択に従うというつもりで言っているので優柔不断

なわけではない。


「それじゃさ……チューしよッ!」

「なんでそうなる」


 選択に従うと言った姫もさすがにこの突拍子のない提案には首を縦に振らな

い。


「チューしたいけど、チューがメインだけど、そうじゃなくて巫女の力をぶつ

 けてみようって事だよ」

「テリトリーを荒らされたナニモノかが怒り狂わないか?」

「それこそいいじゃない。進む事も戻る事もできないなら、わたしをぶつけれ

 ばいいのよ!って事でちゅー」


 それもそうかもしれないと思ってしまった姫はそのキスを受け入れ巫女の力

を解放させる事にした。


「んーチュッ。姫ちゃんしゅきぃ」


 控えめに姫の唇を求める薫子の巫女の力が解放される。


「漆黒に染まる剣姫とのキスにより我、来たれり」


 姫は軽く頭を横に振りながら呟く。


「よりにもよってこいつの力を使うのか……」


 薫子の力の中でも少し苦手としているのが今の状態だ。

 幼かった剣を持ち始めた頃の自分とダブり体中がなんともいえないむず痒い

気分にさせられてしまう。


「クククッ、感じる、感じるぞ。聖なる力に守られしモノよ。我が力の前に平

 伏すがいい」


 いつもとは違う祝詞が紡がれていく。


「血、暗黒、影、闇、死に属する神達共に恐み恐み申す。我の腕に封印されし

 力を解き放つ礎となるがいい」


 全方向に向けて腕の様な触手の様なモノが放たれ、周囲が暗く染められてい

った。


「俺は巻き込まれたりしないのか?」


 少し心配になり呟くと暗闇の中からすぐに返答がきた。


「我が魂の拠所である漆黒の姫を傷つける事ができるだろうか。いやできない

 !剣姫は我が腕の中で昏くなる世界を見届けるがいい」


 姫はもうどうにでもなれというつもりで見届ける事にした。もしも相手が牙

を剥く様ならその時は薫子を守ろうと、剣に手をかけたまま。


「我が闇に染められる前に姿を顕したらどうだ?」


 その声に反発したのか暗闇に染まっていた周囲が一瞬にして光を取り戻す。

 そして、目の前にはまるで入って来いと言うかの如く朱色の鳥居が現れた。


「クック。聖域を持つモノよ。そうでなくてはな。さぁ剣姫よ、参ろうか」


 姫はこの薫子の力がやはり苦手だと再確認した。

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