3-4
今回の旅におけるエルドール村滞在日数は三日。
診療を終えた後、リラはそのままイバラの家を間借りすることになった。
その代わりに、普段医士が常駐していないために疎かになっている村民の健康診断を行うことになっている。
エルドールの全人口は150人余り。そのすべての人を相手にしながらも、リラの頭はイバラの言葉で埋め尽くされていた。
「兄様の真意って何…?私の何が、いけないの…?」
ぐるぐるぐるぐると、思考は同じところで右往左往を繰り返す。
この旅は、リラにとって待ちに待った希望だったはずだ。
これでやっと、一歩前に進めるのだと確信していた。
『それでも、私はこの道を歩いていくしかないんです』
その言葉が、リラの全てだった。
今更止まることなんてできないのに、この先の道が全く見えてこない。
完全に迷走していた。
しかし同時に、リラの頭は少し違った方向で一つの結論を導きつつもあった。
何か、自分にできることを為さなくてはいけない。そうしなくては、誰も認めてはくれないのだ。
そう、心のどこかで思い始めていた。
「次の方、どうぞ」
次から次へと健診の患者はやって来る。そのほとんどが健康で、たまに病気の人がいてもそれもリファンで診た人たちと同じ、どれも似たような日常病ばかり。
焦りが募っていく。
自分はこんなところで何をしているのだろうか。
自分が本当にしたいことは、すべきことはこんなことじゃないはずなのに。
自分はこんなことをするために、早く医術士になったのではない。
口には絶対出せない思考が浮かび上がっては消化されないまま消えていく。
彼らがユノを比較して、自分を軽く見ているだけなのだと、自分に言い聞かせていた。
まだ、自分にも希望は残されている。大丈夫だ。
どこか、まだ自分も兄も知らない場所へ行けば、きっとうまくいくのではないか。そんな甘い希望が、リラの中に巣食っていた。
新しい患者を見つければ、きっとうまくいくはず。
そんな思考に占拠され始めた頃、エルドールでの三日間が終わりを迎えようとしていた。
「今日、皇都に戻るんだったな」
「はい、お世話になりました」
「いや、こちらこそ。村人たちまで世話になった。それから、ナツメの事も」
「いえ、それが私の仕事ですから。ナツメの事については、帰ってみないとなんとも…って、あ!」
突然、リラが素っ頓狂な声を上げた。その様子につられてイバラも珍しく狼狽える。
「どうした!?」
「施療院の方に連絡するのを忘れていました…。流石に何の連絡もせずにナツメを連れ帰ったりしたら…」
師匠の怒る姿が目に浮かぶ。ただでさえ短気なあの老女が、突然弟子候補などと言って連れ帰ったら、今度こそ本当に絶縁されかねない。
イバラから吹き込まれた言葉に囚われて、とんと失念していた。
「そういうことか、なら今からでも手紙を出せばいい。私の魔術を使えば皇都であっても一刻もあれば届く」
「ですが」
「心配しなくていい。魔力は低下しているが、その程度の事は朝飯前だ」
どうしようもなにも、本物の魔術士ではないリラにはそんな芸当できやしないのだから選択肢はない。
急いで適当な紙に綴り、イバラに託した。
手紙を持ったまま家の外に出ると、イバラはそれを高く掲げ軽く目を閉じて集中を高める。
『
特殊詠唱。イバラだけの言葉で紡がれる魔術が、現実のものとなって世界に顕現する。
鳥に似たイメージを付与された手紙は、風に舞う羽のように浮き上がったかとおもうと西の皇都へ向けて勢いよく飛び立った。
「すごい…」
鮮やかな魔術に感嘆の息が漏れる。魔女という呼び名は伊達ではないらしい。
一通り感心した後、出立の準備に戻ろうとしたリラを、聞き馴染みのある声が呼び止めた。
「リラさん!!」
黒衣の青年、リファンの医術士チョウジがそこにいた。
息を切らし、汗でぐしゃぐしゃになった顔。ところどころに砂や草の切れ端のついた黒衣。おそらく山の中を走ってきたのだろう。
それほど急いで自分を呼びに来るとはどんな緊急事態か。
リラの中に最悪の想像がよぎる。
「チョウジさん?どうしてここに?」
「ジシャ老士から言伝を。アニラ村に急患が。おそらく奇病に分類されるものらしくて」
「アニラ村…」
想像とは違う内容に、リラはほっと胸をなでおろした。と同時に患者という言葉に目ざとく反応する。
ジシャ老士が自分を呼び戻そうと思うほどの患者。放っておけるはずもない。
「分かりました、すぐ向かいます」
「お願いします」
アニラはエルドールより山中を少し南に下ったところにある。地図上は一直線上にあるが、それは道もない山の中。
一度リファンに戻って、山を登りなおすのが一番の近道だろう。
「アニラなら、一度リファンに戻ることになりますね…」
「あの!」
とっさにナツメが声を上げた。
「私、ここからアニラまでの近道知ってます。地元の人しか通らないから、ちゃんと整備されてないけど。それを使えば、山を下りる必要はないかと」
ナツメの申し出に、リラの目が輝く。
「今は時間が惜しいわ。案内を頼めるかしら?」
「もちろんです!」
ナツメが嬉しそうに頷いた。この子はどうやら頼りにされて喜ぶタイプのようだ。
急ぎ出立の準備を整える。ガルバで集めた薬草はチョウジに預け、両手に自分のカバンを抱えた。
村の入り口ではナツメとイバラが先に待っていた。
「リラ、ナツメを頼んだよ。それからユノにもよろしくな」
「分かりました」
「今度来た時、私の質問への答えを教えておくれ。あんたならきっと、いつかユノの真意を理解できる日が来ると信じてるよ」
「ありがとうございます」
イバラのその言葉は、今のリラにとってはいまいち信用しがたいものだった。
しかし、今はそれどころではない。
この先に、リラを待っている患者がいるのだから。
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