1-4

 リラ・メディカはまじないが使えない。

 仮にも医術の大家に生まれながら、その才能は絶望的であった。

 試験に合格することはできても、まるで実線には使えない。それが兄や師匠がリラに下した評価だ。

 しかし、それを突き付けられてもなおこの場所にいることを選んだのは、リラ自身だ。

「お前さんは魔力が強い分、自分で上手く制御できとらんようじゃのう。不器用というか、馬力が強すぎるというか」

「…褒められていないということだけは分かりました」

「医術士の使うまじないは、魔術の一種じゃが、その力ははるかに弱い。弱い分、使う魔力は少ないが、使い手の繊細さが求められるというもの」

 つまりは繊細さが足りていないということか。

 自身は魔力を持たないこの老士は、それでも膨大な経験によって培われた慧眼で、並みの医術士よりもまじないに対する造詣は深い。その目による分析は今までの評価とは少し違っていた。

「不器用ということですか?」

「不器用というよりも、魔力量が人の使える領域を凌駕しているという状況じゃの。どれだけ器用な人間でも、容量を超えるだけの魔力をいっぺんに扱うことはできない」

「…それでは、私はどうしてもまじないを使えるようにはならないと?」

 口に出してから聞かなければよかったと後悔した。ここで肯定されてしまえば、希望が立ち消えてしまう気がした。

「そうは言っておらん。ただ、おまえは医術士よりも魔術士に向いておるようだとは思う」

「私は、医術士に向いていないのでしょうか?」

「さてな。仮にもメディカ家の人間、才能がないわけじゃああるまい。ならば、練習あるのみ。お前さんが焦る気持ちも、分からなくはないがな」

「老士…」

 老士はリラの抱える事情を知っている。

 そのことを悟って表情を険しくしたリラに、ジシャはただ老獪な笑みを向けた。

「さ、とにかく今すべきはここの片付けだ。大釜を洗って!あぁ、薬術書が台無しだ!」

 ジシャの掛け声に大慌てで動き出す。今日は朝から掃除三昧だ。

 どれもこれも自業自得。リラはそう自分に言い聞かせ、まずは汚れた黒衣の裾を絞るところから始めた。


 結局リファンで過ごした四日間の間、リラは一度もまじないを使うことを許されなかった。

 そのことを悔しいと思うと同時に、どこかで安堵している自分がいる。

 リラはそのことを認めたくなくて、必死に目の前の仕事に従事して日々を消化した。

 四日目の朝、リラが出立の準備をしていると、ジシャ老士が薬草籠片手に姿を現した。

「次はどこへ行くんだ?」

「ガルバ村とエルドール村へ。」

 ユノから託された二人の患者。その患者たちが暮らしているのは、リファンよりさらに先、国境山脈中腹に点在している小さな村だ。

 リファンまでとは違い、これらの村までひたすら徒歩で登る以外交通手段はない。

「そうか、山へ行くのなら、ついでに薬草を取ってきてくれんかの。お前さんが大量に無駄にしてしまったから」

「うっ…分かりました」

「ガルバ村に向かうなら地湧滝に寄ると言い。そこでなら、良い薬草が取れるはずだ」

 そう言って差し出された薬草籠を、リラは無言で受け取った。

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