Smells like teen spirit

三河得

第1話 与野篤武曰く

「おとなになったら、おれがけっこんしてやるから」

 家が近い。親同士の気が合った、そんな些細なことで小さい頃からずっと一緒にいた女がいて。これは幼稚園の頃に俺がそいつに言った言葉だった。

「……ふん」

 その時の反応は今でも忘れない。その女は、とろくさい性格な上にはっきりとものも言わないヤツで、鼻から息が出るような曖昧な返事をされたのだ!……なんて言って、俺も夢で見るまで忘れてたんだけど。

 まあ、あいつにしてみたら今でもその約束は有効だと思っているんだろうな。なんでかって言うと、中学3年にもなって毎日、朝学校へ行くのにわざわざ家まで迎えに来るんだよ。そいつ。

「篤武ー! 結花ちゃん来てるよ!」

 で、母さんの声で目が覚めて部屋の時計を確認すると、針は7時半になってた。

「は?」

 思わず声が出た。早すぎじゃね?

 俺らが通っている中学は、例えば8時15分とかに家を出て走れば間に合うくらいの距離だ。だから、結花がこんな時間に家を出ているのははっきり言って頭がおかしいと思う。

「篤武! どうすんの?」

 1人でぐだぐだと考えていると、また母さんから声がかかった。いちいちうるさい。

「今行く!」

 このまま放っておいたらまた声をかけられるだろうという面倒くささから、がなるように答えた。がなった後、すぐに喉が痛くなって後悔する。いつもこうだ。

きっと母さんは、人にしつこくすると嫌われるってのがわからないんだろうな。

 さっさと着替えを済ませてリビングに向かう。母さんがきっと何か、朝食を用意しているだろうと思ってのことだった。

「え? 食べるの? 結花ちゃんもう学校向かっちゃったから。追いかけなさいよ」

 が、俺の考え通りにはならなかった。

 仕方がないからトースト用の食パンを1枚、生のままで咥えて家を出ることにした。女向けの古臭い漫画みたいでなんか嫌だけど、何も食べないよりは良いだろう。

 目標の後ろ姿を見つけるまで、ダッシュしながらパンを食べる。呼吸のし辛さと、口の中の水分が奪われていく感覚、走っている振動でパンを落としそうになるところから、二度とこんな真似はしないと決意をする。っと、そんなことをしてる間に結花発見!

「おっす! 今日も歩くの遅いなお前」

 左手でかじりかけのパンを口から取って挨拶の言葉をかけながら、学生服を着た結花のスカートに右手を伸ばしてふわりと持ち上げた。

 ……なんだ、体操服着てやがる。

「……そうね。私の歩幅よりあんたの歩幅の方が広いみたいだし、一緒に歩くの嫌だし、先に行けば?」

 持ち上がったスカートがそのままひらひらと元通りになるのを待つか待たないかのタイミングで結花が淡々と話す。

 挨拶の言葉が気に入らなかったのか、スカートめくりの恨みか何か知らないけど、嫌な感じの言葉を投げかけられた。ったく……俺らの挨拶っていったらいつもこうだろうが。何を今更。

「冗談だろ冗談! お前が寂しくないように追いかけてやったんだろ?」

「別にいい。私、あんたのお母さんからのお願いがなかったら1人で学校行くから」

 朝から機嫌が悪いのか、やたらツンケンしてくる。さてはあれの日か?

「機嫌直せよー! そうだ。手、握ってやろうか?」

 そういう日には優しくしてやるに限る。うんうん。

 そう考えて提案をしてやったのだが、鬼のような形相で「は?」と威圧されたもんだから、しばらく黙っておくことにした。


 俺と結花は近所に住んでいるから、幼稚園から中学まではもれなく同じ所に通うことになった。そんでもって毎朝家に寄って行くもんだから一緒に学校に行くことになって。

周りから「夫婦」とか呼ばれるのもだるいのに、なんでこんなめんどくさいことするかね。

「あ、そうだ」

 思い出して話し始めようとしたら、ちょっと後ろを歩いてた結花が俺を睨み見た。

「今日さ、昔の夢見たぜ」

「……昔って?」

 懐かしいだろ? と語りかけてみたが、ツッコミを受けた。

「昔は昔だよ、幼稚園の! 結婚してやるって約束、したよなー?」

 言うが早いか、結花は顔を真っ赤にして走り出した。俺を追い越すように前へ進んで、学校の方へとずかずかと行ってしまった。

 そんなに照れなくても良いのにな。

 これ以上早く学校に行ってどうすんだよ、なんて思いながらゆったりと学校に向かった俺が、次に結花の姿を見たのは校門のところだった。挨拶のために出て来てる、担任の浅賀と何か話してる様子だった。

 結花はさっきまでの態度と違って、なんか笑ってる。

「お、与野。今日もしっかり来たな」

 なんかその光景にイラッとしてそのまま門をくぐろうとしたところ、浅賀がわざわざ話しかけてきた。

「あっす」

 ちゃんと挨拶すんのとかダサいしだるいしで、適当に声を出した。こういう時に浅賀はねちねち小言を言ったりしないから楽だ。今年うちに来たばっかの新入りだからって、3年も通ってる俺らには口出ししない、シュショーな態度も良い。

「ちゃんと挨拶しなさいよ!」

 が、結花がその隣から文句を言って来た。いちいちうるさいな。

「お前だって俺に挨拶してねえだろが!」

 ムカムカして、結花に近付いて怒鳴ると、右足を1歩引いたようなポーズを取って、目線をちらちら横に動かしながら黙ってしまう。ほら言い返せない。論破。

「与野、そういう言い方は良くない。小田島はお前のためを思って言ってるんだろう?」

 浅香が俺を怒るように言う。その時に結花が「は? ちがっ!」なんて両手をぱたぱたさせて慌てるように叫ぶ。

 はあ。そういうことね。

「わーかった、わかった。結花は俺にしっかりして欲しい訳ね」

 怒り沈下。これだからツンデレの女ってめんどいよね。

「浅賀先生、違います! 違う! 違うから! って、篤武寄るな!」

 浅香に言い訳みたいにぎゃーぎゃー言ってる結花をなだめてやろうと歩み寄ると、俺の胸を押しのけようとしてきた。

 だから、そのまま腕を引いて抱き寄せて、キスをした。

「はい、仲直り」

 流石に担任が見てる前で恥ずかしいからディープなのはしないけど、顔を離してなだめる言葉をかけた。

「おいおい与野、そういうのは場所を考えて……」

 なんて、いちいち俺を怒る浅賀と、何も言わずにアホみたいな顔の結花。徐々に学校に来始める他の生徒。

あー……また夫婦とか言われるわー。まじつれーわー。

と思った瞬間、俺の左のほほが熱くなった。

バシンっというような音も耳に入って痛い。え? 何?

 よろけそうになりながら右足を踏ん張って、正面に顔を戻すと顔を真っ赤にして怒った表情をしている結花がいた。

「おいおい小田島、もうちょっとやり方が……」

 さっきと同じような言葉を繰り返す浅賀の言葉を遮るように、結花が叫んだ。

「最っ低!」

 それだけ言うと、結花は俺たちが歩いてきた方に向かって走って行った。

 え? なんなんだよ……。好きなもん同士だからいーじゃん。場所はアレかもしんないけど。

「と、とりあえず与野は保健室行っとけ? 先生は小田島の家に連絡してくるから」

 慌てる大人の姿ほどカッコワルいもんはない。けど、顔も口の中もじりじり痛かったから、その指示には従っておく。


 保健室の先生に薬を塗ってもらったあと、教室に入ると1時間目が始まってた。

 扉の音から俺に集まった目線が、なんか鋭かった気がする。

「与野、とりあえず座れ。教科書は50ページな」

 社会のハゲオヤジがなんか言ってきたから、俺はとりあえず自分の席に着いて教科書を適当に開いた。

 扉を開けてから気付いてたけど、結花は席にいない。


 そのまま1日の授業が終わっても、学校に戻ってこなかった。


   続く

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Smells like teen spirit 三河得 @Toku_mikawa

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