9.焼き上がりまで
けれど、ロティも最初言っていたパンやご飯の製法が、間違ったまま300年も伝わってきたにしたって……まるで、小さな子供が始める作り方と変わりない。
他に何が原因があるのかと、もう一度サンドイッチを食べてみた。
ひとつ、ふたつ。
(やっぱり、たまごは美味しいのに……パンはボソボソのパッサパサ)
それと、食べ進めているうちに、舌に粉っぽいものがくっつく。
何だろうと、行儀が悪いけど指にくっつけてみたら唾液でちょっと伸びた。
(これ……)
持ってたサンドイッチを全部食べてみても、粉っぽさは舌に残る。
まず間違いない、と不安げに見つめてきてたお二人に顔を上げた。
「これ、打ち粉のつけ過ぎも、原因のひとつかもしれません」
「打ち粉?ですか?」
「エイマーさんが専用の手袋で、生地を触るとおっしゃってましたがそれでも生地はくっつくはずです。それを少しでも解消するのに……打ち粉を生地に思いっきりつけていませんか? あと成形の時にも」
「凄いよ、チャロナくんっ。ほとんど説明していないのに!」
やはり、あのガス抜きの手前を見たお陰と味の違いを確かめられたからだ。
前世の勤めてたパン屋では、時々出張で保育園などでパン教室を開く機会があって、
その時は、子供達の手が汚れにくいように、ビニールのエンボス手袋をつけさせたりとか、好きに生地を触らせたりとか。
あの記憶が少し戻っただけで、原因がわかれて良かった。
「……私も、小さい頃はよく生地を好き勝手に触ってたので」
ただ、エイマーさんの答えには誤魔化しておく。
旦那様にも、メイミーさん達にも伝えていない事をまだこの人達には言えないからだ。
「……なるほど、粉のつけ過ぎも。これは、師匠達が知ったら天変地異の革命とも言いかねませんなぁ。最も、枯渇の悪食がきっかけで大抵のレシピは衰えていましたが」
シェトラスさんの口から、はっきりと悪食の言葉が出てきた。
ロティから少し聞けたのは、今で言ういにしえの口伝達が失われた事について。
いったい、どれほど失われてしまったのだろうか。本当に美味しい料理達って。
考えても、私達ですぐには解決なんて無理。
「発酵が終わるまでまだまだ時間があります! バターロールにならジャムやカッテージチーズ以外にも、あのたまごサラダが合うと思います。シェトラスさん、エイマーさん、作り方教えてくれませんか?」
だから、少しでも楽しく行こうと私は両手を叩いた。
お二人は少し呆気にとられていたけど、私の顔を見るとすぐに苦笑いして頷きあった。
「マヨネーズは私が作ろう」
と言うわけで、マヨネーズは作り置きがなかったのでエイマーさんが。
作り方は贅沢に卵黄タイプでたっぷりという具合に。
その間に、私はシェトラスさんとゆで卵作り。
ただ、この卵、生地やマヨネーズの時も思ったが、全体的にチョコミント柄って不思議な卵だった。
「あの、シェトラスさん……この卵って?」
「ああ。市場ではあまり手に入りにくいでしょうが、当屋敷だと専門の飼育員もいるので、贅沢に使えるんです。コカトリスの卵ですよ?」
「こ、コカトリス⁉︎」
冒険中の時は運良く出会わずとも、雄鶏とヘビとを合わせたような姿の、視線だけで相手を石化させるバジリスクのような伝説上の生き物。
それを、貴族様でも飼育可能にして常食にするなんて凄いですまない。
そんな貴重な卵を、置き場には100個単位で常備されていた。
「濃厚でソースにも絶品なんですよ、さあこれで作りますね?」
「は、はい!」
色々驚いてちゃいけない!
提案したのはこっちなんだからと私もお手伝いすることに。
まずは、一般的なゆで卵作りでも、スプーンで卵の後ろにヒビを軽く入れる。
これを水から鍋で煮立たせ、沸騰させてからスプーンで軽くかき混ぜる。スプーンから伝わる音が、だいぶ静かになったらシンクに移して流水に浸す。
殻剥きは全員で。
モンスターの卵でも有精卵のためか、つるんとキレイに剥けて見た目はニワトリのとほとんど一緒。
「白身は私が荒く切りますね。チャロナさんはくり抜いた中身をお願いします」
渡されたボウルにある黄身を、マッシャーで適度に潰す。
これが出来たら、白身とマヨネーズを少しずつ混ぜ、仕上げに塩胡椒で味を整える。
最後にひと口スプーンで味見させてもらった。
「〜〜っ、美味しいです!」
さっきもサンドイッチで食べたけど、黄身も白身もお互いを邪魔しないのに濃厚で深い味わい。
同じ原材料の卵で作ったマヨネーズもこってりしつつ、お酢が少し酸っぱくてもまろやか。
これは、絶対レタスとかと一緒にロールパンでオープンサンドイッチにしてもいいはず。
『あ〜と、3分〜で完了〜でふぅ!』
感動に浸ってると、ロティから声が上がったので三人で見に行くことに。
ガラス戸を覗くと、たしかにいい具合。
柔らかそうで、ふっくらと膨らんで焼けば絶対美味しそうな感じだ。
『ご主人様ぁ〜』
「なぁに?」
『ロティもたまご食べたかったでふぅうう』
「あ、ごめん。けど、後でパンにたっぷり塗って食べよう?」
『でふ! あ、か〜んりょ〜!』
話してる間に3分経ったようなので、天板ごと出す。
これに、水で溶いたコカトリスの卵で作ったドリュールを刷毛で塗り、今度こそ使えるロティのオーブンに入れる。
『10分から15分焼きでふ!』
余熱は既に一度目の変身で設定済みだったようなので心配はないみたい。
『出来上がり〜まで、く〜りゅくりゅ〜
出来上がり〜まで、くりゅ〜くりゅくりゅ〜っ
おいち〜おいち〜ぱ〜んが、出来まふ〜よ〜』
いきなり歌い出したので、なんだろうと思ったけど。
これは、料理でも生産部類の錬金術なのを思い出した。
(たしか、製造のチュートリアルがこれで出来るんだっけ?)
既についてた特典のようなのは、異空間収納ボックスのようなのらしいが、別の特典も今回付与されるって。
「ふふ、可愛らしい歌ですなぁ」
「ええ。では、私が今のうちにメイミーを呼んできますね」
「あ、エイマーさん。出来れば、レクター先生もお願いしたいんですが……」
「レクターくんか。わかった、一応声はかけてみるよ」
ロティの可愛い歌が続く中、私はシェトラスさんと食堂の方でテーブルセッティングをすることに。
大きなお屋敷だけれど、食堂は30人が入れればいいくらいと意外にも手狭。
ただ一点、奥のテラスに近いの窓側の席だけピッカピカだった。
「あそこは、旦那様が座られるんですよ?」
「え、ここで召し上がられるんですか?」
専用の部屋とか、個人の部屋とかそんなイメージが強かったのに、冒険者の経験があるからかどんどんそのイメージが崩れていく。
でも、やっぱり屋敷の主人だから、食べる場所は豪華だ。
「……そう言えば、チャロナさん」
「はい?」
「レクター先生はお呼びするのに、旦那様はいいんですか? きっとお喜びになられると思いますが」
「せ、せめて、皆さんの評価をいただいてから、と思いましてっ」
なんで、色んな人が旦那様に食べてもらえるように進めてくるんだろう。
レクター先生や、メイミーさんもだけど、旦那様にお仕えして付き合いの長い人って皆こうなんだろうか?
「そうですか? あの方でしたら、お気にされないでしょうしむしろ」
「……俺を呼んだか?」
「え?」
艶のある低い声が背後から聴こえてきて、まさか、と背筋がぴんと伸びてしまった。
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