8.成形の手前でうっかり


 だけど、一個だけミスがあった。



「ロティ、オーブンで二次発酵する機能もあるの?」


『…………おっふぅ、忘れてまちた。最初はないでふ』



 お互いうっかりが発動したので、ロティは一旦元の姿に戻った。


 次に変換チェンジしてくれたのは、天板付きの発酵器。これは二段式で、オーブンにもついてる発酵機能と近い。



「これも温度や湿度って、ロティに任せればいいの?」


『あいでふ。ご主人様とロティがレベルアップちまちたら、もっといっぱい出来る事が増えまふ』


「例えば?」


『今わかりゅ事でふと、時間短縮クイックでふ〜』


「クイック?」


『料理に関しゅる、時間を短くしてくれりゅ、魔法のような技能スキルでふね!』


「……凄い」



 実際使えるようになったら、発酵の時間がぐっと短くなるはず。


 煮込み料理もだが、時間単位でかかる料理には最適だ。

 是非とも、目標の一つにしよう。


 ただ、今はロティが変身してくれた発酵器を使うのに、成形に移った。



「せっかくなので、皆さんでやりませんか?」


「「是非」」



 ただこの後、少し前に考えた予想が当たる事になろうとは。


 15個分割したので、一人につき5個担当。


 まずは、ガス抜きからと始めようとしたら、二人が異常に大きく腕を振り落とそうとしてた。



「え? お二人とも、何を?」


「余分な空気を抜くためですが……?」


「一気に抜いた方が生地に負担をかけないだろう?」



 いや、そこはあっているけれど、振りかぶりが異常すぎます!


 さすがに待ったをかけました!



「空気を抜くのも、負担をかけないのももちろんですが、勢いが良過ぎてもダメです!」


「…………そうなのですか?」



 お二人は腕を下ろしてくれたので、少しほっと出来た。



「適度に抜くことも大事なんですっ。他にも注意点はありますが、でないとパンがボソボソに」


『ご、ご主人様ぁ〜〜!』


「あっ」



 うっかり、パンが美味しくなかった事を口にしてしまった。


 ロティに注意されても、もう遅い。


 さすがに優しいお二人も、少し考え込むような姿勢になっちゃった。



「なるほど、パン作りはもしや」


「ごめんなさいごめんなさい出しゃばってしまって!」



 最後に言われそうな言葉が怖くて、シェトラスさんの疑問を遮るように必死こいてぺこぺこ謝罪した。


 まだつい最近でも、元いたパーティー達にも出しゃばり過ぎたことをして不快な思いをさせた事がある。


 記憶も戻ってなかったのに、野菜をあまり食べないメンバーに強く言ってしまったこと。


 あの時は、マザー達に言われた教えをうっかり口にしただけだったが、今は違う。


 この世界の、しかもお貴族様に料理を提供しているプロの料理人さん達。


 そんな方達の前で、いくらなんでも注意以上に失礼なことを口にしてしまったのだ!



『ご、ご主人様は悪くないんでふぅ!』



 腰を深く折ったまま謝罪してると、いつ変身を解いたのか、上の方からロティの泣きそうな声が聞こえてきた。



『ご主人様はぁ、一生懸命なんでふぅ! じゅっと……じゅっと、おにゃかまの皆しゃんにも』



 私の中にずっといたからか、見てきたのか、私の思ってた事に気付いてたようだ。


 急いで腰を上げれば、肩がカタカタと震え出してたロティが私をかばうように宙に浮いていた。



『ロティが、ロティが名前がにゃい時も、真剣に……ふぇ』


「ロティ?」



 なんだか、様子がおかしい。


 けど、すぐにロティの嗚咽が大きくなって、部屋全体に響き渡る程の泣き声に変わっていった。



『ふぇ、ふぇぇえええええええんっ、うわぁああああ』



 思わず、私もだが驚いてたシェトラスさん達まで耳を塞ぐくらいの大声。


 私今も借りている部屋で出たばかりの時も大きかったが、あれをはるかに上回る。


 赤ちゃんの体でも、信じられないくらいの大声だ。


 こんな時にどうすればって思いながら、ふいに、マザーの言葉が蘇り、慌ててロティを後ろからきつく抱っこした。



「ロティ、落ち着いて! 私は大丈夫だから」


『ふ……ふぇ?』


「真剣に思ってくれてありがとう。けど、無理はしないで?」



 ちゃんと姿が出来て、私に名前をつけてもらえてもまだ数日。


 本当に、生まれたての赤ちゃんと同じだ。


 いくらAIな契約精霊でも、ちゃんと生きてる存在。


 昔、私が泣いてる時にマザーに言われた『一人で無理しないように』と言うアドバイスを、少しでもロティに伝えたい。


 落ち着かせるように、ぽんぽんと頭を撫でてあげれば、ロティの声はどんどん小さくなった。



『で、でもぉ、ご主人様ぁ』


「うんうん。庇ってくれてありがとう、大丈夫よ? いっしょに謝ろ?」


『……あいでふぅ』



 一度ぎゅっときつく抱っこしてから、私はきちんと謝罪しようと体を起こそうとした。


 だけど、すぐにどちらかが私の頭をぽんぽんと撫でてくれたのだ。



「チャロナさんは、悪くありませんよ?」



 手の主は、シェトラスさんだった。



「パンの事もですが、訳は今我々がお聞きしてもうまくは受け止められないでしょう。しかし、美味しい料理を作るその姿勢は、我々料理人となんら変わりありません」



 そう言いながら手を離し、私が顔を上げた時は穏やかな笑みを浮かべていた。



「教えてくださいますか? 本来の正しいパン作りを」



 この言葉に、彼の後ろにいたエイマーさんも静かに頷く。


 でも、だけど。



(いいの、かな……教える立場になっても)



 孤児院ではともかく、パーティーでは一度もなかった経験。


 前世でも、パン屋にいた時は新人の子達に指導したくらいで少し自信がない。


 でも、それでも。


 出会ってすぐの人でも、頼んでくれるのなら、応えたい。


 泣き止んだロティを抱っこしたまま、私は承諾の意味で腰を折った。



「まず、生地は適度に空気を抜いて。あまり触り過ぎないのがコツです」



 あれから、話し合って成形から仕上げは私が主に担当する事になった。


 ロティは泣き止んでからは、また同じ発酵器に変身して待機してくれている。


 シェトラスさん達からは真剣な視線を感じるが、全然不快なものじゃない。


 だから、堂々とすることにした。



「手で軽く叩いたあとはっ」



まず打ち粉は手と生地に軽くはたきつける。


 丸い生地を3回に分けて折り、棒状に。片方の端を細くしておく 。
 
 


 細い方を手前に置き、真ん中から奥に向かって麺棒で伸ばし、真ん中から手前の方向にも伸ばす。幅が広いほうから転がすように丸め、形を整える。


 巻き終わりのところは、指で摘むように生地を繋げておく 。
 


 これが、バターロールの基本……どうかな?と二人を見てみると、何故か難しい顔をしていました。



「ど、どうしましたか?」



 何かまた考え込むような事をしてしまったのかと思ったけれど、シェトラスさんが急に頭を軽く振り出した。


「違う……まるで、教わった方法と違うんです」


「え?」


「私もだ。実家や下町で教わった方法とも全然違う」


「ど、どう違うんですか?」



 エイマーさんまで首を横に振ってしまうので、恐る恐る聞いてみれば、今度は二人とも苦笑いしました。



「まず、生地に負担をかけ過ぎないところですな? 私の師匠達もですが、もっと豪快に叩き潰していたんです」


「え?」


「生地はあとでいかようにも膨らむ。それを徹底してたのもあって、今日まであなたにも食べていただいたパンになっているんですよ」



 枯渇の悪食のせいで、口伝が途絶えたせいにしたって、どんな別の口伝が広まったのだろうか?



「私は王城でも学んだ事があるのですが、チャロナさんの方が丁寧で美味しそうと思えましたよ」


「そ、そうなんですか……」



 お城でもまずいって、メイミーさんが言っていたの本当だったんだ……。


 とりあえず、すぐに二人が真似る事が出来ないので、私が全部成形していく。


 バターロールは先にロティから出しておいた少し深い天板に並べて、出来上がったらフタを開けて中へ。


 ここからの二次発酵は、一次の半分ほどかかるからと注意点をお二人に伝える。



「ここも大事なんです。膨らませ過ぎても、パンの焼き上がりも随分変わるんです」



 日本の家庭で、パン作りを失敗する経験談の中でも二次発酵で失敗する事が多い。


 成形の段階ももちろんだけど、ここで膨らませ過ぎては焼く時の熱伝導で、逆に固くなる原因にもなる。


 そこで、まさかと思って私がそれを一部省いて伝えると、またお二人とも頭を抱え出した。



「あの固さは、そのせいで……」


「どうしましょう、料理長。チャロナくんのパンが我々の予想以上の味を出してくださったら、パンもですが料理の革命が起きますよ?」


「そうだな……チャロナさん、まだ焼く前までの時間はあるんですよね?」


「あ、はい」


「ひとつ、召し上がっていただきたいのがあるんです」



 そう言われて案内された冷蔵庫から、シェトラスさんは一見普通に美味しそうなサンドイッチを取り出した。


 マヨネーズも普通に存在するこの世界では、時々見かける日本と同じたまごサラダのサンドイッチだ。



「お昼にあなたへと思ったのですが……ほんの少しだけでも召し上がってくださいませんか?」



 きっと、このサンドイッチもパンが美味しくないはず。


 だけど、料理人としては気になるのだろう。


 美味しくするためへの改善点を。


 なら、私も料理人の端くれ。

 すぐに頷いて、そのお皿を受け取った。



「…………やっぱり、パサパサです」



 冷気によって冷やされた以上に、パンの白い部分がスッカスカな上に食感が良くない。


 せっかく、たまごサラダの部分は美味しいのにパンの部分がダメにしててもったいない気がした。



「やはり……ですか」



 そして、シェトラスさんは答えがわかってても疲れた様子でため息を吐いたのだった。

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