7.発酵とカッテージチーズ


 次は、大事な大事な発酵の工程だ。



「ロティ、変換チェンジ!」


『あいでふ〜! 変換チェンジ発酵器ニーダーポット!』



 ミキサーボウルから、少し大きめのオーブンレンジに似た白い発酵器に変身。


 温度や湿度調整は?と思ったが、ロティが既に設定してあるそうなので、ガラスがはめ込んであるフタを開けてからボウルごと生地を入れる。


 タイマーみたいなのも、ロティの管理下なので問題はないようだ。



「ほぉ? 何故その箱のようなものに入れて生地を?」


「パンをふっくらさせるため……ですが、シェトラスさん達はいつもどうやって?」


「バットかボウルに入れて自然に放置ですな? そのままでも膨らみますから」



 間違ってはいないが、大量に生地を発酵させるとかでは色々変わってくる。


 あのパサつき感については他にも原因があるだろうが、冷蔵庫はあるのに普通の発酵器がないのなら、それは無理ないかもしれない。


 悪食のせいで、肝心の発酵が伝わらずじまいか、これだとガス抜きも怪しい気がする。


 けれど原因はひとつとは限らないから、ここで結論づけてはいけない。



「待っている間に、カッテージチーズも作りますね!」



 話題を変えると、シェトラスさんもだがエイマーさんにも首を傾げられた。



「チーズ、はわかりますが、カッテージ?と言うのは?」


「私も初耳ですね?」


「すっごく簡単に作れるんですよっ」



 時間は有限。手早く作ることに。


 小鍋半分ほどの牛乳を入れて温め、沸騰直前まで温めたらレモン汁と塩少々加えて混ぜるとあら不思議?



「「な、なんですかこれは⁉︎」」



 二人とも驚くのは無理もない。


 液体だった牛乳が少量の調味料を加えただけで、固体に分離しちゃったんだもの。



「これが、カッテージチーズです。エイマーさん、すみませんがガーゼみたいな布をザルの上に乗せてくれませんか? あと、ボウルも」


「わ、わかった」



 弱火でじっくり温めてから、用意していただいた布の上に開けて、出来たホエー液をしっかり切る。


 チーズの部分は、ガーゼ布で優しく包んでホエー液を絞る。


 出来上がった、手作りカッテージチーズはお皿に出せば綺麗な真っ白。



(やった! パンやお菓子にだけじゃなく、料理にも使える万能チーズ!)



 本来はクリームチーズを作りたかったが、水切りの時間がヨーグルトを使っても一晩はかかってしまうので。


 とりあえず、簡単に出来るカッテージチーズを作ってみたのだが、見るからにいい出来。


 これを、ずっと見つめている二人に味見してもらうのに、少し加工しよう。



「はちみつは少し多め、塩胡椒をは少々……これをクラッカーに乗せれば……出来上がりです!」



 簡単カッテージチーズのはちみつがけ。


 これが結構やみつきになったなぁと前世知識を思い出すが、お二人はなかなか手を出さない。


 まあ無理もない。庶民はともかく、未知の食材を目にしたら誰だってこうなるだろう。



「ロティっ…………って、まだ発酵中だった」



 真っ先に食べたがりそうなあの子にあげようにも、発酵器に変身と仕事中なので食べるなんて無理だろう。


 だけど、私が呼べばロティは箱をカタカタと動かしてきた。



『どうちまふた〜?』


「あ、うん。パンじゃないけど、ちょっとしたおやつ作ったから食べないかなぁって」


『食べまふぅう!』


「けど、そのままじゃ」



 すると、箱からロティの腕が生えてきて、来い来いと手招きしてきた。



『ここにくださいでふ〜!』



 なかなかにシュールな光景だったが、言われた通りにクラッカーを乗せてあげると、腕を収納するタイミングでクラッカーも取り込まれていった。



『…………もぐもぐ。ふわわわわわ、おいち〜でふ! ちょっとしょっぱくて胡椒が効いてて、あとにあっま〜いはちみつががが』



 箱がウキウキしてるのがわかるくらい震え出し、左右にちょこちょこ揺れだした。


 なのに、中の生地はボウルごと固定されてるのか動かないって不思議な状態。



「お、美味しい?」


『これ、これ、あっまいのもいいでふけど、もっとしょっぱいのも美味ちいと思いまふぅ〜!』


「そ、そっか。考えとく!」



 すると、後ろから服のこすれる音が聞こえてきたので見てみれば、エイマーさんとシェトラスさんがクラッカーを手にしてた。



「よく見ると……美しい」



 そして、シェトラスさんは口ひげにチーズがつかないよう慎重に口に運び、半分ほど食べてくれた。


 もぐもぐと口が動くのを見守って、待つこと数分。


 シェトラスさんもだが、あとに続いたエイマーさんの目も丸くなっていった。



「な、なんと斬新な⁉︎」



 シェトラスさんは、余程の衝撃を受けたのか残りのクラッカーもペロリと平らげてしまった。


 また、もう一個手に取ってから観察をして、味わうように食べてから私に近づき、両手を掴まれてぶんぶんと振られる。



「これは素晴らしいですよ、チャロナさん! これも錬金術なのですかな!」


「い、いえ、普通に……料理ですが」


「なんと!」



 やっぱり、【枯渇の悪食】のせいで、料理知識が色々欠如してるのかもしれない。


 もしくは、もともとなかった料理なのか。


 エイマーさんの方を見ると、クラッカーのクズがついた指を見つめながら全然動いてなかった。



「エイマー、さん?」


「……あ、すまないっ。本当に美味しくて……つい浸っていたんだ」



 慌ててしまう様子から、どうも味の感動に浸ってた模様。


 調味料を揃えただけで難しい料理じゃないのに、そんなに美味しかったのだろうか?


 私も残ったひとつを口に入れれば、懐かしい甘じょっぱさと優しいチーズの風味に舌触りが広がった。



(明太子ディップにしたら、絶対美味しいだろうなぁ……)



 アボカドも捨てがたいが、おつまみにするとしたら魚卵系は欠かせない。


 が、明太子どころか魚卵加工の習慣がないこの世界じゃ、諦めるかロティに聞いて再現するかどうか。


 ともかく、発酵終了までまだ時間がかかるのでお片づけしようとしたら、味に浸ってた間にエイマーさんが済ませてくれました。



「あ、ありがとうございます!」


「これくらい、大したことはないよ。パンの方も楽しみにしてるから」


「は、はい!」



 クールビューティの微笑みをいただけるなんて眼福です!



「それに、未知なる錬金術をこの目で見られるんだ。下町育ちの私でも見たことがない調理法を披露してもらい、感謝するよ」


「え? エイマーさんは、お貴族様ではないんですか?」



 てっきり、このお屋敷の方達は上下問わず貴族出身と思ってた。


 エイマーさんは小さく首を振ると、ご自分の事を少し話してくれました。



「貴族ではなく、豪族だな? ここは身分問わず志願者が多いし、街育ちも何人かいるから」



 身分問わず、実力でお仕え出来る……この世界の貴族のついては曖昧にしか知らないが、旦那様は元冒険者らしいし、ひょっとして貴族としては異質かもしれない。


 なら、と、ほんの少しだけ浮かんだ考えがあったが、今ここで口にしてもと喉の奥に飲み込んだ。


 それと、ロティの方から鐘のようなメロディが聞こえてきたので、振り返った。



『発酵完了〜でふ!』



 厨房全体に響き渡るように声が広がり、フタも自然と開いた。


 ロティ監修のもと出来上がった生地は、倍以上に膨れ上がって柔らかそうだったが、まずはフィンガーテスト。


 指に粉をつけ、第二関節まで生地に指し、空いた穴が、ちょっとだけ小さくなればOK。



「うん、大丈夫!」



 これを専用カッターのスケッパーで、分割。


 計りは、ロティが電子タイプのに変換チェンジしてくれたので楽チンだった。


 取れた生地は少なめに作ったので、一次成形で簡単に丸めて15個。


 これをバッドに並べて、ベンチタイムとして濡れ布巾をかけて15分発酵だ。



「手を一度洗って……あ、ロティ。次は」


『あい、天火機オーブン変換チェンジでふぅ!』




 こちらかたら指示を出す前に、もう変身してくれた。


 あと一工程だけだからか、シュミレーションで学習したお陰か。


 小ちゃな妖精ちゃんでも、仕事が出来るAIはえらい。


 変身したオーブンは、家庭用より少し大きい黒光りの箱型だった。


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