6.クッキング・スタート!
「初めまして、チャロナさん。私は料理長のシェトラスと言います」
「自分は副料理長のエイマーだ。よろしく」
シェトラスさんは、私くらいの年齢の娘さんがいてもおかしくない感じの、素敵なおじさま。
エイマーさんは、女性でもクールビューティでとっても素敵。アイスブルーの涼しげな瞳がちょっと猫っぽいけど、私以上に背が高いしスタイリッシュだし、料理人なのがもったいないくらいだ。
元居た地球でなら全然問題ないけれど、ここはファンタジーあふれる異世界だったから少し。
「ちゃ、チャロナ=マンシェリーと言います。今日は私のワガママを聞いてくださってありがとうございましたっ!」
本当に、自分のワガママでこんな素敵な厨房をお借りしていいのかと思うけれど、しっかりお礼は言わなくちゃ。
ただ、ロティを肩に乗せたまま出来るだけ腰を折ると、シェトラスさん達から小さな笑い声が聞こえてくる。
「これはこれは、可愛らしいお嬢さんですな?」
「ええ、料理長。肩に乗せている契約精霊も実に愛らしい」
なにがツボになったかはわからないけれど、合格点はいただけた感じ?
「ふふ、そうでしょう? チャロナちゃん、お二人は旦那様がお小さい頃から仕えていらっしゃるのよ」
「メイミーと私はほとんど同期だが」
「あら、エイマーさんの方が先輩ですよっ」
実に和やかな雰囲気で癒されます。
ロティはロティで、エイマーさんに抱っこしていいか聞かれたので自主的に行っていた。
クールビューティさんに、赤ちゃんがいたんだと思わせる雰囲気になるが、エイマーさんはエルフでもハーフエルフでもないから耳は尖っていません。
「ところで、チャロナさん。食事はお口に合いましたかな?」
「すっごく美味しかったです!」
パン以外は、と言うのは今は内緒。
私も、今の段階で日本にいた時のようなパンを作れるのは半信半疑だからだ。
それをここで実証すべく、厨房をお借りするんだもの。
やるしかない!
「少しメイミーに聞きましたが、錬金術に料理とは不思議ですが…………我々は一通りの道具と材料を揃えばよろしいかな?」
「は、はい! お借りします!」
レクター先生のように、多方面に知識を得ていらっしゃるようではないので、ひとまず用意だけお願いしました。
材料は、
強力粉
常温のバター
砂糖
牛乳
浄化水
塩
卵
イースト(乾燥のがあった)
以上。
『ご主人様〜いよいよでふね〜!』
「うん、頑張ろう!」
シュミレーションなどは部屋で暇つぶしを兼ねてやっていたが、多分成功するはず。
多分とつけちゃうのは、今までの錬金術がうまくいった試しがないから。
(でも、やるだけやるんだ!)
そして、再び日本の美味しいパンを口に出来るようにするのが目標。
今回選んだのは、主食で無難なバターロールの予定。
『で〜は!
「〜〜……っ、ロティ、
ひと前だから、出だしが恥ずかしいだけで済まないけれど、決めたからには私もロティに続いた。
私が号令をかけると、ロティの赤いイヤリングがチリリンと音を立てる。
『
続いて、ぽぽぽんと彼女の周りにキラッキラのスモークが現れて、ロティを覆っていく。
ここまでは、シュミレーション通りだ。
スモークが消えていくにつれ、調理台にいたはずのロティの姿が、業務用より少し小さめなパン用のミキサーボウルに変わってた。
『最初は材料を入れてくださいでふ〜!』
「了解!」
後ろでなんか異常に驚かれたのは、今はスルーさせていただき、手早く材料をボウルに投入していく。
スキムミルクがないから、水と牛乳の量を調整してからボウルに投入する。まだ材料を入れただけなのに、パン屋の時の仕込みを思い出すようで楽しくなった。
「ロティ、スタートボタンはあるの? それとも合図すればいい?」
『速度変化の横にありゅ、赤いボタンでふ! 速さはロティが管理ちまふので、ご主人様はしょの間にジャム作りでふ!』
「わかったわ。……っと、これね?」
言われた場所には、ロティのイヤリングに似た赤いつまみがあった。
そこをカチッと鳴るまで下に切り替えれば、大きな釣り針みたいな撹拌翼が動き出して、少しずつだが材料を混ぜ込んでいく。
『
「よし、私はジャム作りね! っと……シェトラスさん、コンロの方もお借りしていいですか?」
さっきから誰も声を掛けて来ないので不安になったが、少しぽかんとしてた三人は、私が声をかければ『はっ!』っと我に返った。
「い、いや、すみませんな。コンロもご自由にお使いください、何かお手伝いは?」
「じゃあ……今から言う材料の場所をお聞きしたいんですが」
「私も手伝おう。人手が多いことに越したことはないから」
「ありがとうございます!」
メイミーさんは、出来上がり次第お茶の準備はしてくださると一旦離脱。
人手が増えたことで、せっかくだから三種類のジャムを作ることにしました。
シェトラスさんはマーマレード。
エイマーさんはブルーベリー。
私は定番のイチゴジャム。
パンはともかく、ジャム類は絶品だったから心配しません。
むしろ、前世のパン屋でも仕込む機会が少なかった、私が作るのはおこがましいかもしれないが。
とりあえず、ロティの仕込みが終わるまで急ぐ急ぐ!
『あ〜と、5分で生地を確かめてくださいでふ〜!』
灰汁取りをしてる際に、ミキサーボウルのロティからそんなアラームが聞こえてきた。
エイマーさんに鍋をお願いして少し見に行けば、たしかにいい具合に生地がまとまっている。
「うん! 綺麗な卵色。バターもたっぷり入れたし、美味しいバターロールになりそう!」
関心してるとすぐに『チェックでふ!』と声が上がり、一度ミキサーも止まったのでためらわずに生地を触る。
「え、そんな⁉︎」
エイマーさんから声が上がったので振り返れば、私に声をかけるつもりでいたのか結構近くに立っていた。
「ど、どうかしましたか?」
「あ……驚かせてすまない。君が生地にそのまま触れるのに驚いてしまって」
「え、普通に触りませんか?」
「専用の手袋はあるんだ。さっき持ってこようと思ったけど」
マザー達とは作る機会がなかったが、この世界のパン作りって、どうやら素手で触れるものじゃないらしい。
けど、私はただ生地の具合を確かめるわけじゃないので、そのまま少量をぱくりと。
これも当然、エイマーさんを驚かせてしまった。
「な、ななな、何を⁉︎」
「……うん。甘みも塩気も程よい……これなら大丈夫!」
「わ、わざわざ味見を……?」
「今回は初回だからですが! ソースの味見をするのと同じですっ」
「…………生地の味見がソースと同じって」
あ、いきなりやり過ぎたかもしれない。
調理法の違いが結構あるからじゃ、エイマーさんが少しだけふらついてしまった。
まだコンロにいたシェトラスさんの方は、何故か楽しそうに笑っているけれど。
「それも錬金術の一つかもしれませんが、面白いですな? エイマー、いちいち驚いてたらキリがないよ?」
「は、はい……」
ロティ以外にまだ前世について、誰にも何も話せてないけれど、知識についてはあまりおおっぴらにし過ぎちゃいけないかも。
でも、だけど、恩返しに美味しいパンを作るのには妥協したくはない!
そこだけは、とミキサーボウルから素手で、ロティの用意してくれた銀のボウルに生地を出していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます