5.作る前の身だしなみ









 *・*・*








「…………うん。綺麗にかさぶたになってる。これなら、多少動いても開くことはないよ」


「じゃあ……」


「いいよ、少しくらいは動き回っても。僕も、許可します」


「ありがとうございます!」


『でふ!』




 あれから三日後、私チャロナは、傷も体力もほぼほぼ完治しました。


 主治医になってくださってた、タレ目の可愛い魔法医者のレクター先生にもお墨付きをいただけたので、思わずガッツポーズを取る。


 ロティも嬉しくて、膝上で真似してたけど。



「ただし、低いからって崖から落ちたのに変わりないのと、少しは打ち身もしてるんだから……痛むようなら無理はしない事」


「はい、先生!」


『あいでふ!』


「なんでロティまで返事するの?」



 可愛いけど、契約AIに意味があるのか真似してるのか。


 と、私は魔法知識が不足なので単純に思ったが、レクター先生はくすくすと笑い出した。



「あながち間違ってないよ? 普通の契約精霊も、契約主の身体と繋がってるから体調を整えてくれる場合もあるんだ。ロティちゃんは、まだ契約したてだろうけど役割はわかってるみたいだし」


『あいでふ〜! 三日前にご主人様と契約しちゃので、ちょっとじゅつでふが治癒能力を使いまちた』


「それで、かさぶた出来るの早かったのか。納得だね」



 錬金術師にも契約精霊がつく事はたまにあるらしいが、レクター先生曰く、小さくとも意思のはっきりしてるロティのようなケースは珍しいみたい。


 今は私のお膝辺りでぴょんぴょんジャンプしてるロティは、羽が生えてる以外はちっちゃなエルフの赤ちゃんにしか見えない。


 だからか、レクター先生はあやすようによしよしって緑の髪を撫でてくれていた。



「けど、失った血や体力までは戻らないから、そこはチャロナちゃんの回復能力次第だからね?」


「はい」



 それは当然だ。


 あれから会えていない旦那様のお陰で繋いでいただいた命。


 冒険者として生きて行くかはまだわからないが、無理は禁物だもの。


 私は先生にしっかりと返事をした。



「リハビリも軽い散歩を日課にしてたし、ね? 厨房に行ってももう大丈夫だよ」


「美味しく出来たら、先生にもお持ちします!」


「はは、ありがとう。けど、せっかくなら先に旦那様の方がいいんじゃないかな?」


「い、いきなり、はその……っ」



 冒険者の経験があるからって、例のパン以外は美食三昧の日々を過ごしてきたはず。


 それを、拾っただけの小娘が作ったものなんて、すぐに食べてもらえるなんて思っていない。そりゃ、多少は恩返しはしたいとは考えていたが。



「大丈夫大丈夫。乳兄弟の僕が話を通しておくし、出来上がったら持って行きなよ?」



 この先生、今さらっと凄い事言った!



「ち、乳兄弟って……せ、先生、お貴族様ですか⁉︎」


「んー、まあ位は低いけど貴族出身ではあるかなぁ? 旦那様に比べたら底辺だけども」


「それでも凄いです!」


『でふぅうう!』



 メイミーさんは聞いていないからわからないけれど、きっといいところのお嬢様のはず。


 前世の小説知識程度しかないが、たしかそんなような。


 でも、間違った知識のまま認識してちゃダメだから、この際確認しておこう。



「レクター先生が旦那様の乳兄弟って言うことは……幼馴染みのような関係なんでしょうか?」


「そうだね? うちの母は旦那様の乳母だから、必然的に彼に仕えてる形だけど。仕事以外では身分とか関係なく接してるよ」


「……メイミーさんも、少し砕けた感じでした」


「あはは。あの人、一応僕の姉だから」



 だから、年長者〜とか言っていたのがやっと理解出来た。


 よくよく先生の顔を見てみると、目の色は紺色に近く雰囲気もお姉さんのメイミーさんとよく似ていた。


 髪の色はメイミーさんと同じクリーム色。ただ、先生の方が少し色味が強い。


 それらを意識すると、二人が姉弟なのがよくわかった。



『てんてーとメイミーおねーしゃん、似てるでふ〜!』


「そう? まあ、歳そんなに離れてないしね?」



 先に言おうとした台詞を、ロティに持ってかれてしまった。


 けれど、旦那様程の強烈さはなくとも、美形な男性が小ちゃくて可愛い妖精をあやしてるのは見てて微笑ましい。


 だから、少しだけ眺めていると、軽いノックの後に話題に出てたメイミーさんが入ってきた。



「せーんせ? 診察は終わったかしら?」


「終わりましたよ、メイド長」



 このやり取りは、一応仕事中でも身内らしい感じ。


 お貴族様でも、庶民とそんな変わらないんだと関心してたらメイミーさんに顔を覗かれた。



「うんうん。包帯も取れたし、傷も前髪で隠れてるわ。さすがは我が弟」


「ほとんどは、そこのロティちゃんのお陰だよ。やっぱり、性質問わずに契約精霊だからかな?」


「あら、そうだったわね? 出てくる前も熱の下りが早かったのはそのお陰かしら?」


「多分、ね。ところで、姉さんは何しに来たの?」


「診断次第で、チャロナちゃんに良い知らせをしようと、ね?」



 にっこり笑う表情から、私はもしかして、と顔を上げれば彼女はさらににこにことほっぺを緩めていく。



「メイミーさん、まさか」


「あなたの期待通りよ? 料理長の許可がもらえたし、傷もだけど体力も回復してるのなら知らせてあげようかなって。これからでもいいそうよ?」


『行くでふ! お料理、作りに行くでふ!』


「たしか錬金術の一種って僕も聞いたけど、料理か? むしろ錬金術の原点とも言えるし不思議じゃないね?」


「そうなんですか?」


「うん、簡単に言うと​──」



 そこから少々レクター先生の錬金術講座がスタート。


 基本は私も冒険者訓練所でレクチャーされたのと同じ。


 素材と素材を組み合わせて作るポーションや、武器なんかに効果を付与させる魔法技術の一種。


 元はただの薬湯作りから始まったものの、それを更に辿れば、すべて素材を組み合わせて完成させる料理にまで戻るとか。


 それこそ、【枯渇の悪食】以前のはるか昔には料理の鉄人も『錬金術師』に組み込まれてたらしい。


 だから、ロティの言ってた幸せを運ぶ『幸福の錬金術ハッピークッキング』もそこから来たのかも。

 順調にロティと私のレベルを上げて、アップデートしたらわかる事だから、今は保留にしておこう。


 レクター先生の解説も、そのあたりでちょうど終わったからね。



「僕もついて行きたいけど……仕事はまだあるから、見に行くのはまた今度にしようかな」


「魔法医者は引っ張りだこだもの?」


「カイルが鍛錬だからって、しょっちゅう傷作るのが悪いけどね……」



 誰の事だろうと思ったが、レクター先生の話をよく思い返せば、浮かぶのは一つ。


 乳兄弟の間柄である、あの美形で筋肉ムッキムキの旦那様の事だ。


 未だに名前は聞けていないが、カイルと言うのはあだ名かもしれない。

 前世でも今でも勝手なイメージを持ってるせいで、大貴族の御子息のお名前は結構長いと思うのだ。



「じゃ、少し着替えてから行きましょうか?」



 旦那様の事は聞けなかったが、ここでお着替え決定となったのでレクター先生は退室。


 もう一度、完成したらおすそ分けしに行くと伝えれば、『楽しみにしてる』とメイミーさんに似た微笑みを返してくれました。



「私の古着でごめんだけど、どうかしら?」


「ぴったりです!」



 この間のも、散歩に行く時の服もそうだったらしいが、今お借りしてる黒いワンピースもぴったり。


 仕上げに、汚れても大丈夫と言って渡されたフリルたっぷりのメイド風エプロンを着れば完成だ。


 鏡で見れば、カチューシャをしてない以外はメイドさんとほとんど変わらなかった。少しコスプレみたいで恥ずかしいが、作業工程を考えればこの方がいい。


 ズボンはこの世界じゃ、女性の場合冒険者以外は生産関連の仕事をする人限定なので、基本的には履かない。


 私は一応キュロットのようなのにレギンスを履いてたから、孤児院以来はなかったもの。だから、特に違和感は持たない。



『ご主人様〜可愛いでふぅうううう!』


「ありがと」



 さて、時間も限りがあるので急いで一階に向かう事になった。


 ゆっくりゆっくりメイミーさんについて行く途中、彼女がいきなり振り返ってにこにこ微笑んできた。



「実は、ちょっとだけ聞こえたんだけど…………レクターに旦那様へ差し入れしたらって言われてたわね?」


「無理です無理です! いくら冒険者をされてた事があったとしても、庶民のご飯なんて!」



 ご姉弟揃ってなんて事を言うのだろうか!



「ふふ、戻られてからまだ半年だもの。むしろ、懐かしがるはずだわ」


「​───────……え、お、おいくつですか? 旦那様って」


「レクターと同じで、22歳よ?」


「えぇええええええええ⁉︎」


『ふぉおおおおおおおおおお』



 あまりの若さに思わず肩にいたロティと大声を上げてしまった。


 周りに私達以外いなくてよかったが、メイミーさんはこちらの反応がわかってたのかくすくす笑うだけだ。



「ちょっと老け顔なのよ、あの方。お小さい頃は本当に可愛らしかったけれど、成人されてからも今もあんな感じなの」


「あ、あんなって……すっごくお綺麗なのに」


「ずっと見てきたから、私は免疫ついちゃったのかもね?」



 なんて贅沢な事だ、と感心しそうになった。


 それより、まだ口を大きく開けてるロティに軽くデコピン。



『でふぅ?』


「君は直接お会いしてないでしょ?」


『てへぺろ〜』



 AIでも、ちゃんと個別の意識を持った精霊だから感情豊か過ぎる。


 可愛いから、思わず許しちゃうけど。



「着いたわ、ここが厨房よ」



 食堂らしい大きな扉を過ぎて、専用口らしい金属の扉の前に案内された。


 メイミーさんがノックをしてから中に入らせてもらうと、広い厨房なのに待ってたコックさんはお二人だけでした。

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