3.ナビゲーターシステム



『ご主人様〜〜ご主人様ぁ〜〜ご〜しゅ〜じ〜ん〜しゃま〜〜〜‼︎』


「ごっふ⁉︎」



 妖精みたいな女の子は、何故か号泣しながら私の胸……じゃなくお腹目掛けて飛んできて、そのままタックルしながら抱きついてきた。



『ずっ〜と、ず〜〜っと待ってたんでふよぉ〜〜! もう16年も寝てりゅの疲れてたんでふぅううう!』


「ぎぶぎぶぎぶ! ちょ、結構苦しぃ! 一旦離れて!」


『でふぅ?…………あ』



 やっと自分の仕出かした事に気付いた妖精ちゃんは、ようやく体のサイズに見合わない力を緩めてくれ、一旦私から離れてくれた。



「げほっ……え、何? 君、誰?」



 さっきまで頭に聞こえてた機械音からは、たしか『ナビシステムなんたら』って言ってた気がする。


 妖精ちゃんは私から離れると羽を使って宙に浮いてたが、私の質問を聞けば、大きなアメジストのような瞳から大粒の涙をこぼし始めてしまった!



『ふ、ふぇ……っ、ふぇえええええんんん! ご、ご主人様が、ご主人様がぁあ!』


「あああああ、ごめんごめんごめん! と、ととと、とりあえず泣き止んで⁉︎ 誰か来ちゃう!」


『あいれふ、ご主人様!』


「切り替えはやっ!」



 兎にも角にも、この子の主人とやらは私らしいので、ひとまず状況確認をしよう。


 それとさっきメイミーさんが使ってた調理台を使ってお水を汲み、妖精ちゃんにも渡してあげた。小ちゃくても3歳児くらいの大きさだからか、コップもなんとか持ててたけど。



『ありがとうでふ、ご主人様ぁ〜』


「ど、どういたしまして。えっと……私はチャロナだけど、あなたはなんで私をご主人様って呼ぶの?」


『自分がご主人様の『ナビ』だからでふ! お水おいち〜』



 くぴくぴとお水を飲みながら答えてくれても、それだけじゃまだわからない。



「もうちょっと具体的に教えてもらえる? 君の名前とか」


『ないれふ。自分はご主人様の、チャロナ様だけが使える『幸福の錬金術ハッピークッキング』のナビゲーターシステムでふ』


「え、え?」


『ご主人様の前世で言うところの、車のナビと似たモノと思ってくださいでふ!』


「う、っわ、車なつかし! 私免許なかったけど……うん、わかる。つまり、AI?」


『でふでふ。ただし、意思はこの世界の精霊と同じと思ってくだしゃい』


「じゃあ、一種の契約精霊?」


『でふ!』



 ただそれが、錬金術と何が関係あるのか。


 不思議な存在って事は、この世界がファンタジーそのものなのと魔法、モンスター、精霊が存在するのですんなり受け入れられる。


 だから、好奇心がどんどん湧いて来て、お腹に受けた痛みなんてすぐにどっかに行ってしまった。



「君が言ってた、その錬金術ってなぁに?」


『ご主人様が作った『食べ物』で相手を幸せに出来る錬金術でふ!』


「…………もしかして、生産?でも、料理?」



 まさか、一から作るわけではないよなぁと思って聞けば、妖精ちゃんは小さな首を強く縦に振った。



『でふ! もし、ご主人様自身が家庭菜園で生み出した食材を使えば、食べしゃせた相手に文字通り『口福こうふく』を与えられまふ!』


「…………それって、美味しい食べ物なら普通じゃないの?」


『違いまふ! 【枯渇の悪食あくじき】から300年経った今、ご主人様の前世の知識、現世の知識を組み合わせれば最高のご馳走が作れまふ! 特にパン!』


「パン⁉︎」



 メイミーさんが言いかけた、パンの製造口伝の間違いや過去最大規模の飢饉の伝説。


 孤児院にいた頃、教訓の一つとしてマザー達から聞いたことがあった。



「400年前、そこから100年にも渡って世界中に広まった飢饉。文字通り、食べるものがそれこそ土まで及んで人々は狂いに狂って食の有り難みを忘れかけた。そして、天から恵みを受け取ったものの口伝は途絶えかけ、元のレシピの大半が失ったとされる?」


『でふでふ! その中でも主食のパンやお米は間違った調理法として定着しちゃってるんでふ! 再現が可能なのは、異世界の知識を持ったご主人様だけでふ!』


「……ほんとに?」



 それこそ、『いにしえの口伝』と崇められる程の美食の数々。


 今のチャロナの持ってるレシピは、孤児院でマザーが教えてくれたのや生産ギルドから一部買ったアレンジレシピ。


 それを、あのパーティー達に美味しく食べてもらおうと日々頑張ってはいた。一応、二年も炊事番を任されてたので悪くはなかったらしいが。



「けど、それがなんで『チャロナ』なの?」



 脱退させられたとは言っても、生産系の職業ジョブも大して適性はなかった。


 それが、このナビちゃんらしい妖精が出てくる直前の機械音声で、どうやら可能にはなったらしいが。


 質問をとりあえずすれば、ナビちゃんはお水を飲み干して口をごしごしする。



『自分はまだ初期設定くらいしかないので、わからないでふ。ナビシステムが学習して、ご主人様のレベルも上がっていけば真実に近じゅくかもしれないでふ!』


「ふぅん? 車のナビもだけど、動いてるし持ち歩き?出来そうだから……スマホかタブレットみたいなのかな?」


『わかりやすく言えば、そうでふ!』



 ふむふむ、実現可能でも感覚的にはゲームと似たところがあるみたいだ。


 となれば、試したい事がいくつか思い浮かぶけれどすぐに実行は出来ない。


 ここには、まず食材と呼べるものがないからだ。それに、まだまだ質問は尽きない。



「ねぇ、悪食のせいで失われたパンの製造法とかって……『あまね 千里ちさと』の記憶を蘇らせたから可能だよね?」


『でふ!』


「それが……チャロナに付けられた本来の特典?」


『でふでふ! ご主人様にしか出来ないのでふ!』


「……そう」



 異世界転生者はいなくもなさそうだが、パンは日本の家庭で作る手法だったらこの世界には不向きだ。


 まず、家電製品が存在しない。


 千里の場合は、運良く窯焼き手法で製造してたので可能っちゃ可能。



(なるほど、ポーションは薬品。武器加工は鍛治仕事や付与師に近いから魔力が結構いる)



 ただ、錬金術って名がつくから多少は魔力を必要とするのだろう。やり方は、とりあえずこの妖精ちゃんに聞くしかないが、彼女はくいくいとネグリジェの袖を掴んできた。



『ご主人様ぁ〜〜』


「あ、うん。なぁに?」


『自分に名前をくださいでふ!』


「名前?」


『それが、初期設定の完了になるんでふ!』



 ここのところだけ、ゲームのチュートリアルな気がしてきた。


 だって、なんだか一時期だけハマってたロールプレイングゲームのような、育成ゲームのような。


 ほとんどのほほんと進んでしまってるけれど、消える様子もない妖精ちゃんを邪険にはしたくはない。



「名前、ね? なんだか、孤児院の子供達に付けた以来だなぁ」



 ある程度物心ついたのと、巣立ちするまでマザー達を手伝ってた間だったけれど。


 あの頃は、花や星を意味する言葉で付けてた覚えはある。だけど、この妖精ちゃんにはそれだけで付けていいものか。



(千里の記憶まで戻っちゃったら、日本語とか外国語まで浮かんでくるし……)



 パン屋にいた頃は、パンの名前の由来について、商品名などなど……とにかく、各国のパンを取り揃えていた。


 色々浮かんだけれど、どれも彼女に似合いそうなのが見つからない。



「ウーネ、ディーネ……リティ、ロティ……あ、そうだ! ロティ!」


『でふ?』


「地球のどの国だったかは忘れたけど、パンのことを『ロティ』って呼ぶ国があったの! 可愛い響きだし……ど、どうかな?」



 当てずっぽうではないけど、パンの意味である言葉の中では結構気に入っていた。


 由来の国を思い出せないのはまだ記憶が蘇って一日程度だから無理ないが、妖精ちゃんはその単語を聞くときょとんって感じに目を丸くし出した。



『ロティ……でふか?』


「う、うん。美味しいパンを作るのが私の使命のようなものなら、導いてくれる君にならって」



 それも嘘じゃない。


 この世界に生まれて、何か役に立てるのであれば、この子は私の大事な相棒になるんだもの。生半可な名前なんて付けられない。


 妖精ちゃんは、空のコップを左右にゆっくりと揺らしながら何か考え込んでいた。


 AIと似た感じと言ってたから、何か情報処理をしてるのだろうか?



『…………でふ! ロティ、いただきましたでふ!』



 コップを置いてからぴょんとベッドから飛び上がり、妖精ちゃんはくるくると天井近くまで浮き上がっていく。



【初期設定完了。ナビゲーターシステム、個体名『ロティ』と登録されました。アップデートを開始します】



 ロティ、と決まった途端にまた天の声のようなのが頭に響き、ロティはロティでくるくる回りながら鱗粉のようなのを振りまいている。


 そして、それはただのアップデート演出だけじゃなかった。



『アップデート〜ぉっ、完了! チュートリアル、ファストステージぃ〜か〜んりょ〜うっ!』



 いちいち言葉貯めるの可愛すぎるよこの、このっと突っ込み入れたい!


 けど、目の前の妖精ダンスはまだまだ続いた。天の声込みで。



【ナビゲーターシステム名、ロティに新機能搭載。



 ①錬成指導

 ②無限∞収納棚

 ③錬成チュートリアル完了後のボーナス付与



 今回のアップデートは以上になります】




 なんか、数は少ないけどどれもとんでもなかった。


 天の声はまたぷっつりと聞こえなくなったが、ほぼ同時に飛んでた鱗粉の色が緑から赤に変わっていく。


 やがてそれらは、ロティのちっちゃくとがった両耳に集まってしずく型のイヤリングになった。



『これで、ロティは正式にご主人様のナビゲーターに登録完了でふ〜!』



 ちっちゃな白い手で敬礼する姿が可愛い。


 思わず吹き出しそうになったけれど、ロティは真剣なのだからなんとか我慢した。



「……うん。これからよろしく」


『さっそくパンを作りに行くのでふ!』


「それはまだ無理」


『え〜〜……なんででふか〜』


「ここ、お貴族様のお屋敷だもの。あと私、一応けが人!」


『そうでふた〜〜』


「けど、厨房?が使えるかどうかは聞いてみるよ」



 メイミーさんもだけど、まだ名前を伺ってないあの美男子な旦那様にも恩返しがしたいから。


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