2.恩人との出会い、と食事
短いが、艶のあるスミレ色の髪。
同色の切れ長の瞳。
薄くも形の良さそうな唇。
健康そうに日焼けした肌なのに、ほっぺを撫でてくる手はタコがあってもすべすべ。
そして、それらを活かすかってくらい男前過ぎる顔と体格。
さっきも思ったが、乙女ゲームか神絵師様の美麗イラストから抜けて出てきたんじゃないか?ってくらいのイケメン度。
冒険者として、この世界をそこそこ巡ってきた中でも、こんな大層な美男子様はいなかった。
ちなみに異世界なら、って美形率の多いエルフとやらは残念ながらこの二年でちらりともお見かけしていない。
が、目の前にいらっしゃる命の恩人らしい旦那様とやらは、私に声を掛けてからほっぺを撫でてると同時にずっと見つめてくるばかり。
「……体温も安定。血色も落ち着いてる上に、皮膚の状態も悪くはない。完治には近いが、怪我の具合もあるからまだ安静は必要だな」
どうやら、触診のようなのをされてた模様。
別に魔法医者さんはいるらしいが、この旦那様も医学を心得ているのか的確な診断をされている。
全部言い終わると、旦那様はやっと私のほっぺから手を離してくれました。
(し、ししし、心臓、ばっくばくだよぉ⁉︎)
だから、離れたとは言え、まだ部屋にいるおっとこ前で美の象徴とも思えるほどの男性に、まさか触られるとは思わなかった。
「旦那様。包帯は変えたばかりですが、傷口はほぼ塞がっていました。あとは経過をレクター先生に診ていただくところです」
「そうか」
「それにしても、いらっしゃるのであれば私などに申してくださいな? いくらお連れになられた方でも」
「たまたまだ。目覚めてなければ、すぐ戻るつもりだった」
「あらあら、本当でしょうか?」
メイミーさんの意味深な発言に、旦那様はふいっと顔を背ける。
これは、前世でたまに耳にした、俗に言うツンデレと言うのだろうか?
旦那様の目元もだが、耳もだんだんと赤くなっているから。実物を目の前にすると、確かに少し可愛いと思う。恩人に対して不謹慎でも。
だけど、忘れてはいけないことを思い出した。
「あ、あの…………ありがとう、ございました。助けていただいて」
さっきのアドバイスについても色々聞きたいが、まず何よりこの言葉を伝えよう。
あのまま誰にも見つからずに気を失っていれば、メイミーさんが教えてくれたように風邪をこじらせて肺炎になり、最悪命を落としてただろうから。
傷が痛まない速度で首を折ると、今度は大きな手が頭を軽く叩いてくれた。
「礼など良い。俺は、ただ怪我人を見過ごせないだけだ」
「お世話好きなのも、でしょう? それにお連れになった時の御顔はいつもと」
「……メイミー」
「はいはい。年長者としての発言はこの程度に。ところで、旦那様? 手ぶらの割には、扉からいい匂いがしますわよ?」
「いい、匂い?」
メイミーさんが言うまで気づかなかったが、かすかに香辛料のような匂いがしてきた。
それも、三日以上も何も食べてないお腹に叩きつけるほどの美味しい食事の匂い達。
「……三日も起きずにいたんだ。いい加減、体が参るだろうと思ってな」
「お運びしますね?」
メイミーさんはなんて事のないように返事をしたが、屋敷の主人自ら客?に料理を持ってくるのだろうか?
恐れ多いと同時に、この旦那様の性格がいまいち把握しにくいと思っていたが、体は空腹に忠実だった。
メイミーさんが押してきたワゴンの上には、美味しそうなクリームスープとパン。
「……では、俺が居れば必要以上に緊張させるだろうから失礼する。とりあえず、養生しろ。話などはそれからだ」
旦那様はまたぽんぽんと私の頭を撫でてから、私が引き止めようとするよりも前にそう言って出ていかれてしまった。
(……とりあえず、全部治してからお話?)
滞在理由を拾った本人が決めたのであれば、私に拒否権はないようなもの。
むしろ、ありがた過ぎて涙が出そうになったが、ご飯が待ってるので軽く目をこすった。
「まだ起きたばかりだから、食べさせてあげるわ」
「い、いいえ、そんな⁉︎」
現在は16歳でも、この世界じゃ十分に成人年齢。
いい大人が、これまた美人さんに食べさせていただくなんて恥ずかし過ぎます!
「まだ起きてすぐなんだからダメよ? しっかり食べて、落ち着いてからお風呂にも入りましょう? そっちでも手伝ってあげるから」
「わ、私、16歳です!」
「歳は関係ないの。ほら、口開けてちょうだい?」
もう既にスタンバイ済み。
美味しそうなクリームスープがスプーンの上に。
もしや、旦那様はこの事態になるから退席してくださったのだろうか。それだったらたしかに緊張するだけですみません! ありがとうございます!
それに、押したところで引くようなメイミーさんじゃなさそうだし、お腹は限界なのでもう観念して口を開けることにした。
「…………ふぁっ」
ゆっくりと流し込まれた、優しい味のクリームスープ。
出汁も丁寧にとってあって、クリームも濃厚だけど、舌の上で優しくとろけていく。お野菜も病人用にほろほろになるまで煮込んであって歯が必要ないくらい。
ひと匙欲しくなると、恥ずかしさを忘れて小さな子供のように、なくなるまでメイミーさんにお代わりをお願いした。
「焦らなくていいし、必要ならお代わりも持ってくるから」
「じゅ、じゅうぶんでず……」
美味しくって美味しくって、自分の作ったものは当然のことだが、今まで冒険してきた各地の美味よりもはるかに超えてて。
生きてて良かったって、記憶の有無抜きに思えた。
「パンも一応あるけれど、食べれそう?」
「いただきますっ」
ただこの時、スープの美味しさにある事を忘れていた。今までの、庶民のパンの激マズさについてすっかりと。
それが貴族階層にあるわけないと思い込み、またひな鳥のように与えられたパンを口に入れてもらい噛む。
が、味は多少マシでも、千里の記憶が戻って間もない私にはそれすらマズく感じた。
(お、美味しくない!)
とりあえずは咀嚼するも、柔らかくもなく、ボソボソとしてて噛みにくいし飲み込みにくい。
味は多少甘くは感じるが、食感の悪さが印象強くて他がうまく感じ取れず、感想が言いづらい。
だが、メイミーさんには表情で全部伝わってたのか、苦笑いしていた。
「別にあなたが庶民だからとか関係ないのよ? 旦那様や私達使用人が食べてるパンも同じなの。やっぱりおいしくない?」
「だ、旦那様も、ですか?」
あんな美男子ですら、粗末にも近い味のパンを食べてるなんて信じられなかった。
「ええ。口伝の衰えか、あの伝説通りか。王族でも然程変わりないそうよ。庶民でもそれは同じって聞くけど」
「も、もっとまずいです……」
「あら、そうなの?」
結局パンは無理に食べさせてもらわずに、残すことになった。スープとだったらちょうどよかったかもしれないが、お代わりする気にはなれずにメイミーさんには下げてもらった。
「一時間くらいしたら、お風呂の準備するから少し横になっててね?」
「はい」
寝付くのはもう無理だったが、体力を回復するのにはまだ横になる必要はある。
それと、せっかく生きられたのだから色々状況整理をしたかった。
「今の私は、チャロナ=マンシェリー。前世は二●世紀の日本出身で、パン屋の製造員
享年がいくつだったとかは、ブラックアウトしたような感覚でしか思い出せない。
だから、事故死なのか病死なのかもわからなかった。
けれど、今の異世界で生を受けて、基準となる成人年齢まではその記憶は魂かどこかに封印されて目覚めず。
それが、崖から落ちた事で衝撃を受けただけでほとんどの記憶が戻ったのは、やっぱり奇跡に近い。
「でも、性格が変わるとかそう言うのはないなぁ」
チャロナと千里も、ごく普通の女の子なせいか、これと言って特に変化はなかった。
チャロナは物心付くかどうかで捨てられたのもある。
それと、孤児院のマザー達のお陰で素直に育ってきた。冒険者としては、弱っちいものでしかないが。
「で、性格は置いといて!」
異世界に生まれ変わったのなら、何かしら出来る事があるはずだ。
千里の記憶の中でも、パン屋に勤めてた辺りで読んでいた小説とかコミックの知識が、絶対役に立つはず。
日本と違ってここは、魔法も錬金術もあるファンタジーが実在する世界だから。
「もともと私の
ポーションも武器に効果を付与するのも、どれもが失敗続きで成功した試しがない。
だから、何か条件が足りなかった可能性がある。
チートとは言わずとも、異世界に転移か転生に付き物の特性としては関連性があるはずだ。
【条件が満たされました】
ほんと、不意打ちをついたように、頭の中から機械音が響いてきた。
【個体名、チャロナ=マンシェリーが前個体の記憶をダウンロードした事により条件が発動】
「ちょ、は、え、えぇ?」
【保留状態の『錬金術』より抽出。特性『
「待って待って⁉︎」
何が何だかわけがわからないうちに、機械音はどんどん言葉を紡いでいき……やがて、起き上がった私の目の前がいきなり緑に光り出した。
『や〜〜っとでふよ、ご主人様ぁあ〜〜』
そして光の中から、今の私と同じように緑の髪色をした妖精っぽい女の子が飛んできた。
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