1.お屋敷で目が覚めた









 *・*・*








 涙を流し続け、そのまま疲れて寝てしまってたのか。


 次に意識がはっきりした時、私はスコールの中で倒れてたはずが室内にいた。



(…………生きて、る……?)



 目が覚めてすぐに見えたのは、綺麗な天井板。


 しかも、どこかの宿屋じゃなくてお屋敷のようなところ。


 何故かって、誰かに着替えさせられたらしいネグリジェのような服も。


 ゆっくり起き上がった時に気づいた、柔らか過ぎる羽毛布団も。


 目に入ったすべてのインテリアならぬ調度品が、華美ではあっても品の良い品々ばかり。


 まず間違いなく、資産家か貴族の屋敷に連れて来られたのだ。

 多分、お情けで。



「……ど、どこだろ?」



 あのパーティーの誰かが見つけたにしたって、こんな高級宿以上の部屋で看病してくれたとは思えない。


 一番裕福な家庭だったらしいリーダーでも、ちょっとした商家のお坊っちゃんくらい。


 私に至っては、チャロナ=マンシェリーと言う名札と一緒に孤児院に押し付けられたらしい孤児。誓って、このような豪邸で過ごせる身分ではない。


 だから、あの崖下近くで、運良くそう言ったご身分のどなたかに拾っていただけたと思ったのだ。



「……勝手に出ちゃいけないだろうし、いっ、た⁉︎」



 起き上がる時はなんともなかったが、少し首を動かしたら頭に鈍痛を覚えた。


 こめかみらしいとこを触ると、何故か柔らかな包帯が巻かれていた。親切な屋敷の主人は、使用人に怪我の手当てまでさせたのだろう。


 ありがたくも思うが、同時に申し訳ない。


 スコールや、崖から落ちた後で酷く汚れてただろうから。


 今はその荷物らしきものも近くに見当たらないから、異世界あるあるネタならば検分されてるのかも。

 それくらいは、千里ちさとの記憶よりチャロナの記憶がまだまだ多い私の知識では常識。


 素性や身分を知るのに、荷物は大事な証拠品だからだ。





 コンコンコン。





 誰かが来た。


 返事をしていいか迷ったが、ひょっとしたら声が外に聴こえていたかも。寝てる相手になら、ノックする必要もあまりないだろうから。


 私は、少しだけ深呼吸をしてからゆっくり口を開いた。



「はい、起きてます」


「あら、良かったわ!」



 声と共に扉が開くと、そこに居たのはハウスメイドらしい使用人の女性。


 嬉しそうな声色と同様に、薄青の瞳はキラキラと輝いていて、私を見ると目尻を緩ませた。淡いクリーム色のまとめた髪が特徴的な、優しい印象がにじみ出てる綺麗な人だ。


 拾ってくれた人かはわからないが、手当てなどはほとんどこの人がしてくれたはず。彼女の腕の中には、救急箱があったからだ。



「旦那様がお連れになってから寝込んで、もう三日目だったのよ。少し心配だったけれど、気がついて良かったわ」


「み、三日⁉︎」


「ええ。大丈夫、まだ傷口も完全には治ってないからゆっくりしてっていいわよ」



 前世じゃまずお目にかかれなかった本物のメイドさんは、私がベッドから降りなうように手で制してからこっちに来た。


 救急箱をサイドテーブルに一度置き、ためらいもなく私のおでこに綺麗な手を当ててから、うんと頷く。



「少し前に氷嚢は抜いておいたけど、それで良かったようね」


「あ、ありがとうございます……」


「傷は痛むでしょうけど、詳しく聞きたい事も全部包帯の交換中に教えてあげるわ。私は、ハウスメイド長のメイミーよ」


「チャ、チャロナです!」



 教えてくれるのなら、ここは素直に好意に甘えよう。


 あと、包帯を変える前に、気づかなかった備え付けの簡易キッチンからお水を汲んでくれたので、ゆっくりと飲んだ。


 野営はともかくとして、ギルド宿舎でも飲んだことがない、浄化作用が効いたすっごく美味しいミネラルウォーターでした。



「まず一つ目。あなたを見つけたのは、このお屋敷の旦那様なの」


「あ、あのような森に?」


「ふふ、無理に敬語はいいわよ? あ、少し頭下げてもらえる?」



 メイドさんことメイミーさんの説明はこうだった。


 あの雨が降る直前から、日課の走り込み(馬ではなく文字通りのランニングのようなの)をしていたお屋敷の旦那様。


 ほんと、偶然、たーまたま、私が落ちたところを見かけて救助してくれたそうです。


 旦那様は私を抱えて帰る事も出来たそうですが、一応森に来る途中まで馬で来たらしく。


 つまり、私はお屋敷までお姫様抱っこ+千里・チャロナ人生初の馬での同乗を為されたと言うことです。



「急病人が運ばれてくることは珍しくないから、逗留については気にしなくていいわよ? 身分を問わず、旦那様はとてもお優しいから」


「そ、そうですか……」



 こちらにはありがたいことばかりだが、よくあるのなら深くは追求しないでおこう。



「二つ目。身の回りの世話については、主に私を含めるハウスメイドがしてたから安心してね。はい、交換終わり」


「ありがとうございます」



 傷については、大きな裂傷はないらしく表面の皮膚が少し切れただけらしい。


 だけど、血は結構流れてたから痛むのも無理ないそうだ。



「三つ目。熱は、屋敷に常駐してる魔法医者が診てくれたわ。肺炎じゃないけど、雨に打たれ過ぎたのとストレスで高熱が出たみたい。それで、三日も目を覚まさなかったの」


「……ストレス、ですか」



 ため込んでるつもりではなかったけど、あの時は昨日の今日で脱退を宣告されたから、無理に取り繕おうとはしていた。


 それと、落ちた直後に蘇った記憶達。


 今もまだ少し混乱はしてるが、意識の中では大変だったのだろう。むしろ、熱だけで済んで良かった。



「荷物は調べさせていただいたけれど、冒険者だったのね? それなら、ストレスもあって無理ないわ。旅をしてるのなら、命がけだもの」


「い、いえ!」



 違う。


 私は、チャロナは、ちゃんとした『冒険者』じゃなかった。



「私は……よ、弱過ぎる、冒険者でした!」


「チャロナちゃん?」



 褒められるような事など、何もしていない。


 あのパーティーに加入したばかりの頃は、採取関連の依頼中心をこなすのが日常だった。


 パーティーのメンバーにもそれでいいと言われたけれど、初心者ではなくなってからは討伐や護衛依頼が増えて来て、その時は大抵その街のギルドでお留守番。


 よくて、最近までしてたような炊事などの雑用係。


 家政婦かと他のパーティーに間違われてた時期もあった。


 本当に、試験で認められた錬金術がうまく使えず、知識を詰め込んだだけのお荷物。


 そんなストレスを、私は初対面のメイミーさんに、全部伝えてしまった。



「…………すみません、お世話になってる方の前で弱音を吐いて」



 献身的に看病してくださった人の前で情けない。


 けれど、言ってしまったものはもう取り戻せない。


 ひとまず謝って、もう一度手当とかの御礼を言おうと顔を上げようとしたら、自分じゃない長い指がほっぺに向かってきた。



「弱音など、誰でもある。今生きてるのだから、次に活かせばいい」



 そして、その温かい手がほっぺを撫でて、私の顔を上向かせた。


 とっても渋くて綺麗な男性の声にそのまま上を向いてみれば……これまた、服の上からでもわかるくらい、筋肉むきむきの短髪美男子がいた!



「あら、旦那様。いつこちらに?」


「だ、旦那……様?」



 と言うことは、この美男子がお屋敷の旦那様?



(無茶苦茶若くて美形って、乙女ゲー⁉︎)



 遊んだ事はないが、前世のSNSなどの広告リンクで貼られてた、神絵師様のイラストにも負けないくらい。


 そんな人が、どうやら私の命の恩人のようです。

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