第5話

 俺は今、これまでの人生で経験した事がない程に焦っている。なぜかというと、英語の課題をやるのを忘れていたからだ。昨日はチワワ姿の父さんに頼まれて半日中公園で遊んでいたのですっかり忘れていた。


 英語の先生である松本先生は課題を忘れると、次の課題の量が2倍になるので俺は朝早く学校に来て急いでやっている。 


「おはよう。隼人氏。」


 まさに千手観音像になる勢いで課題をやっている俺に誰かに声を掛けられた。振り向くとそこには小太りで、丸い眼鏡を掛けている図体のでかい男がいた。


 彼の名前は笹島 五郎(ささじま ごろう)。彼は見た目からして大のアニメオタクで1日に1回何かのアニメを1クール観ないと気が済まないほどの重症ぶりである。


 俺は面倒くさいな〜と思い、とりあえず、適当に答えることにした。


 「おはよう、笹島君。昨日はなんのアニメを観ていたの?」


 「よくぞ聞いてくれた隼人氏!!昨日はなんとあの名作である『キラキラ☆リンリン☆ランランラーン』の5期を観ていたのである!!」


 笹島は大きな声で一つ一つなかなかのアクティブな格好をつけてドヤ顔で説明した。


 ーーいや、知らねぇよ!てか、興味もねぇよ!てか、アニメの名前ダサッ!?聞いたことねぇよ!!なのに5期まであるんかい!!??


 「へ、へぇ〜。そうなんだ。」


 恐らく、この時の俺はとても引きつってる顔をしているだろう。俺は気持ちを落ち着けるために、鞄から水筒を取り出し、水分補給する事にした。


 「この作品の第13話では主人公の母親が実はドラゴンだったっていうストーリーは流石の拙者も驚きを隠せなか……….隼人氏!?」


 気づいたら俺はお茶を吹き出していた。まさか自分の家庭事情とよくわからんアニメの設定が被っていたとは……….。よし!笹島君に頼んで今日からそのアニメを見よう。俺もアニメの道に進もうではないか


 ……….とそんなことを考えながらゲホッゲホッと苦しくむせている俺に笹島は優しく背中を擦ってくれた。俺の中で笹島いい奴説が誕生した。


 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 「今日の授業はここまで。おい、犬龍。ちゃんと明日までに提出しろよ。また出さなかったらさらに2倍だからな!!」


 松本先生は大声でそれだけ言い残し、教室から出て行った。結局提出が間に合わなかった俺は先生に怒られ、課題が2倍になってしまった。くそ、今日も父さん(もちろんチワワ)を洗う予定だったがタワシで擦ったろ!!そして、今日は、課題をやるから寝れそうにないな。そうだ!!お母さんに頼んで眠たくならない魔法でもかけて貰おう。うん、完璧!!


 「け、犬龍君、今日は災難だったね!」


 今夜のプランを考えている俺に、可愛らしく1人の女性が声を掛けてくれた。


 彼女の名前は豊川 杏果(とよかわ きょうか)さん。身長は150前後で髪は茶髪でショート。そしていつもウサギのカチューシャをつけている。うちのクラスだとマスコットキャラクター的存在である。


 そして、あんまり関わったことないのに結構俺に声を掛けてくれる優しい人だ。いつも俺に話しかけてくれる時は彼女の顔が赤い理由は知らないが……….


 「そうなんだよ。昨日、俺の課題やる時間を奪った父親に鉄槌を下さないとな。」


 俺はニヤリと笑って手をグーにして思っ切り振り落とす仕草をする。すると彼女はプッと吹き出した。


 「ハハハ〜、それはやり過ぎだよ。」


 杏果さんはそう言って可愛いく笑った。てか、すごく爆笑してる。まだ爆笑してる。……….ねぇ、ちょっと笑い過ぎじゃありませんかね??


 すると彼女は次第に腹を抱えて倒れた。どうやら彼女はとても笑いのツボが浅いお方のようだ。


 「杏果さん!?ねぇ!!杏果さん!?ちょ、おま……….!!うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺は即座に杏果さんをお姫様抱っこをして保健室に直行した。


 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 「ごめんなさい!!犬龍くんに迷惑かけちゃって………」


 あれから、そこそこ時間が経過してから目を覚ました杏果さんを保健室の先生の指示で家まで送ってあげている。そして、杏果さんは少し落ち込んでいた。恐らく、俺を長く付き合わせてしまったのに罪悪感を感じているからだろうな。


 「いいって。原因は俺なんだし」


 原因と言っても、ちょっとした事を言っただけなんだけどね。


 「あ、ありがとう!!やっぱり、隼人くんは優しいね」


 杏果さんは顔を赤くしながら、俺に話してくる。何でだろう………


 「ここだけの話、私ね。とてもツボが浅いの」


 だろうね。知ってた。


 「誰も笑わないような言葉でも、なんか面白く感じちゃうの」


 だろうね。そんな気はしてたよ


 「この前は、ふと笹島くんの姿を思い浮かんだ瞬間、笑いが止まらなくて気絶しちゃったの。」


 それは重症だ。今すぐ病院直行しようか。


 「そ、それは大変だね。病院行く??」


 「行かないよ??あー、馬鹿にしてるでしょ!!」


 杏果さんはむーと可愛らしく頬を膨らませ、俺の肩にパンチをした。しかも、結構強く、思ったよりも痛かった。


 「ごめんって!!そんなに怒らないでよ」


 「じゃ、じゃあ!!許してあげる代わりに来週の日曜日に一緒に遊ぼ!!」


 杏果さんは湯気が出るんじゃないかっていうぐらいさらに顔を赤くなった。ただ、遊びを誘ったぐらいなのに………


 「え?そんなんで良かったら別にいいけど」


 「本当!?」


 「うん。」


 「嘘じゃない??」


 「嘘じゃないよ」


 「私………、もう死んでもいいです」


 「急にどうした!?生きろ!!」


 こんな感じのやりとりをしていたら、いつの間にか杏果さんの家のすぐ側まで来ていた。


 「今日はありがとね。また明日」


 「おう!!LINE交換しなくて大丈夫??」


 「わわ!!そうだね、した方がいいもんね」


 そのあと、ふるふるでLINEを交換し、俺は杏果さんと別れ、自分の家に向かった。


 そして、家に帰り、来週の日曜日に杏果さんと出かけることを母さんに伝えると


 「良かったな。隼人。お前もようやく大人の階段に1歩、登れるな。これ、受け取りな、母さんからの餞別だ」


 と、ニヤニヤしながら避妊具を渡してきた。当たり前だが、俺はそれを空の彼方の方へと全力投球して捨てた。

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