03 中塚は身長を盛っている
今回の殺人者はトンカチもとい
私は夢の中の光景を何度も思い返している。
時間は夜で、多分屋内っぽくて、えーと。
「何してるんだ」
学校はとっくに終わってとっぷりと日が暮れ、どっかからテイクアウトしてきたコーヒーを飲みながら仕事帰りの
身長がさ、と私は答えた。
「
「まあそんなもんだ。公称175、実際171」
「詳しい。何で。あやしい」
「あやしくはない。前に職員室で、身長縮んだって話してたからだ。健診の後に」
「おのれ中塚、私の新ちゃんとそんなお喋りを。……まあいいや、新ちゃんそこに立って」
素直に立ち上がる新ちゃんめっちゃかわいい。好き。
私は玄能を握っていることにして新ちゃんに殴りかかった。やっぱりちょっと違う。
新ちゃんが身長177センチ。私はふよふよと背伸びしながら何度か殴るモーションをして。
「……なるほど、犯人、中塚より背が高い!」
「僕くらいの身長って感じがしたな」
「男かなあ」
「そうとは決めつけられない」
「振り抜きが速くて手の様子が見えなかったから、男か女か若いか老人か全然分かんないんだよなー」
しゅっ、とまた一度やると、新ちゃんはふと思い付いたというような口調で、
「野球みたいだな」
と言った。
野球。野球ねえ。
「さっきからそれ、ずっと
「……確かに。両手で持ってたな」
バイオテロ中塚は体育教師で、野球部顧問だったということを思い出す。
暑苦しかったなあ。うざかったわ。野球部がこの世で一番偉いみたいな生き方してたし、マネージャーやれと言われて秒で断ったら、こんな栄誉を受けないなんて何て礼儀知らずだ、せっかく誉めてやってるのにお前自分が何言ってるか分かってるのか?何様のつもりだ?みたいな反応されたあのときから私は中塚をヒト型の生ゴミだと思って生きてきた。あれは入学直後の四月十日のことだった。ゴミって大学卒業できるんだな。
あまりにも趣味に合わないので、私は中塚と中塚の愛してやまない野球部とはかなり距離をおいて高校生活を送ってきた。
「部員に恨まれて殺されたってことはないかな」
私がつまらんことを思い出している間にも新ちゃんは犯人のことを考えていた。そうだよね、ごめん。私はちょっと反省する。
新ちゃんには死んだ人の霊が見えている。心残りを訴えようと霊は新ちゃんに取り憑く。私には見えないし聞こえないけど、その霊が成仏するか別の誰かに取り憑くまで、新ちゃんは霊につきまとわれ何事かを訴える声を聞かされ続けるのだ。新ちゃんは霊に言葉を聞かせられないから、黙ってろと言っても通じない。
祓うこともできなくはないんだけど、それはそれでまだ弊害があるんだよな。
つまり新ちゃんは現在進行形であのクソうざい中塚に昼夜問わず粘着されてるわけ。授業中も、お風呂入るときも、買い物するときも、仮に今から私になんかエロいことをするとしてもそれもすぐ側に中塚がいるわけ。想像するとまあ、めっちゃ最悪。気持ち悪い。
早くバカ中塚をなんとかして、新ちゃんに静かな日常を取り戻してもらわなきゃならない。
ということで、私は忌憚なき意見を述べた。
「中塚を恨んでる部員なんか、一山いくらで売るほどいるんじゃないの? 私の代だって、荻野や松本のことがあったじゃん」
荻野。試合前に不運な貰い事故で負傷し出場できなくなったことをものすごい勢いで責められ、それきりレギュラーを外される、練習試合や合宿は当然来ないよな?という態度を続けられるなど完全に干されて精神的にヤバイ感じになっていき不登校。
松本。かつての絶対的エースの弟というだけの理由で一年でスタメンにぶっ込まれ上級生に睨まれる中、案の定チームの足を引っ張り、自分の責任を棚に上げてそれを責める中塚に耐えられなくなり退部を申し出るも許されず、腹いせかなんかで炎天下のグラウンド五十周を言いつけられ熱中症で倒れたのだが中塚が放置したので搬送が遅れた結果、身体の震えなどの後遺症が残り野球どころではなくなった。
「まあ松本ではないな。あいつ、手の震えはまだ全然治ってないもん」
松本は私と中学が同じで家も近い。転校してしまったけど今どんな風なのかは知ってる。
立ったままコーヒーを飲みながら、新ちゃんは考えている。あーあ、ちゅーしたい。今ならちょっとコーヒーの味がすると思う。
「近い」
冷たく言われて、私はぶすくれながら身体を引いた。何だよケチ。
「ごちゃごちゃしてきたな。まとめよう」
いつもの作業だ。確定していることを改めて新ちゃんが列挙していく。
中塚は昨日午後九時頃まで野球部の練習に出ていた。
校内で最後に中塚を見たのは、 地理の教師で男子
そして翌日の今日、中塚は無断欠勤した。
携帯にかけても電源が入っていない。固定電話はない。家に行っても応答なし。なしというか縁側が開けっ放し、キッチンの照明つけっぱなし。同居家族はいない。別居している妻に連絡したが何も知らないという。
それから、車がなくなっていた。
「あん?」
私は玄能素振りを止めて新ちゃんを見た。
何だ、とこちらを見た幼馴染みに、私は告げる。
「車はあったよ。六発殴り終えるまで車はあった」
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