大きな、根本的勘違い

「なぁ……俺の言った事ってそんなに変だったのか?」


 長老に案内された部屋の中に居るのは、俺とオーフェだけだった。

 長老とミシェイラは、改めて呼びに来るとだけ俺達に伝えてその場を去っていった。

 もっとも、同席されても居心地が悪いだけだし、この機会にオーフェには聞いておきたい事があったのも事実だったから丁度良かったんだけど。


「そうですね……。変と言えばそうなのですが……」


 俺の質問に、オーフェは困った様な風にそう答えた。

 あのオーフェが困ってるってのも、俺の知る限りでは初めてで面白いものなんだけど、今はそれを楽しんで見る余裕もない。

 早い段階で彼等との認識の齟齬を埋め合わせておかないと、後々大きな問題になりそうだと俺には思えていたんだ。

 何と言っても、あの時あの場所を包んだ空気は、とても友好的だったとは思えなかったしな……。


「まず……あなたの考えを聞いておきたいのですけれど…… あなたにとって“大統領”とはどういった存在なのですか?」


 随分と考えていた様なオーフェの口からは、これまた初歩的な質問が出て来た。


「そんなの決まってるじゃん。絶対権力者だろ?」


 そんな事は子供でも知ってる事だ。

 その国で最も権力を持った人間。

 それらの呼称は様々だと思うけれど、その一つが「大統領」なのは間違いない事実だと確信していた。


「はい、そこっ!」


 俺が答えた間髪入れずに、オーフェは俺を指差してそう言い放った。


「えっ!? どこっ!?」


 だけど俺に指差したオーフェの言葉の意味が、俺には良く分からなかった。

 そこってどこの事だよ?


「その『絶対権力者』と言う認識が、すでに誤っています」


「……はぁ……?」


 突然、大きな声で俺を指摘したオーフェだったが、その理由を聞いて俺は間の抜けた言葉しか出す事が出来なかった。

 だいたい、俺の認識の何処がおかしいって言うんだ? 

 一般的な見解だし、そんな事は誰でも知ってる事の筈だ。


「いいですか? 大統領と言うのは『最高権力者』であっても、『絶対権力者』ではありません。その違いを、あなたは確りと認識すべきなのです」


 俺にはその時、オーフェが何を言っているのか良く分からなかった。

 言うなれば謎掛けにしか捉えられなかったんだ。


「絶対権力者」と「最高権力者」。

 この二つのどこが違うって言うんだ? 

 どっちも同じ意味だろう?


「その顔は、この二つの言葉が違う意味を持つと理解していませんね? まさかあなたが、そんな事も理解していないなんて思いも依りませんでした。これは私のミスとも言えるでしょう」


 自嘲気味に笑いながら小さく溜息を吐いたオーフェだったけど、なんだか遠回しに俺自身がバカにされたと感じられたのは勘違いでは無い筈だ。


「なんだよ? どう違うって言うんだよ?」


 だから俺の質問をする言葉にも、些か苛立ちが含まれていた。

 でも、そんな事にオーフェがいちいち反応する訳はない。


「そうですねー……あなたの世界であなたが想像する大統領は、『絶対権力者』でしたか?」


「なんだよ、良いから教えてく……っ!?」


 俺の質問にオーフェは更に質問を重ねて来たから、俺はまどろっこしくなって早期に答えを求めようとした。

 でもオーフェが向ける視線が冗談では無いと物語っていた事に、俺は自分の言葉全てを吐きだす前に閉口させられた。


 そして、考えさせられた。

 いや、思い出させられたと言うべきなんだろうか? 

 俺の時代、俺の世界で大統領ってどんな存在だったのかと言う事を。


 俺の国には大統領なんて置かず、確か「首相」がそれに当たる仕事をしてたよなー……。

 でも絶対権力者じゃないから、国会とかで四苦八苦してたっけ……。

 大統領の一番手と言えば、同盟国の大統領が最も権力持っていた筈だ。

 なんてったって大国の大統領だもんなー……。

 確か最近、新しい大統領に変わったってニュースで言っていたのを思い出した。

 色々奇抜な「大統領令」を発布して……あれ? 

 それからどうなってたっけ……?


「あなたの世界でも、どこかの国に大統領はいたと思います。その方々は、大統領になったら?」


 俺がウンウンと考えているのを見て、オーフェが先程よりも優しく何かを促す様にそう話しかけて来た。

 俺の耳にもその言葉は入って来ていたけど、俺はすぐそれに応える事が出来なかった。

 あの大統領……確か色々と反感を買って……あれ?


「言い方を変えますね。大統領はであっても、では無いと言う事です」


 その言葉で、俺は漸く思い出した事がある。


 確かその大統領が発令した物の中で、執行不可能として扱われた物が幾つかあったんだった。

 絶対権力者だったら、そんな事になる訳が無い。

 つまり、認識がずれていたのは俺の方だったんだ!


「じゃ……じゃあ……」


 俺の考えが間違ってなかったら、大統領なんて役職は決してなりたくてなる様な代物じゃないって事だ。

 こんな物は、余程の物好きしかやらないだろう。

 ガバッと顔を上げてオーフェを見つめる俺に、彼女は優しく……いや、いやらしく微笑んで言葉を続けた。


「大統領と言うのは政治的方針を打ち出し、皆を導き、あらゆる意見を纏める民主主義国家のトップと言う事ですね。その与えられた権限は絶大で、国の長と呼ぶに相応しいポジションではありますが、その存在はあくまでも民衆の為にあり、決して私利私欲で動く事など許されない役職なのです」


 オーフェが語った内容を聞いて、俺の中でガラガラと何かが崩れ落ちる音がした。


 そんなやりたくもない貧乏くじ的なポジション、なんで俺がやらないといけないんだ?

 それ以前にこの世界を作った創作者ってやつは、なんでこんな面白くも無い設定にしたんだ? 

 これじゃあ、やりたい事もやれない、やりたくない事もしなくちゃいけないって事じゃないか!? 

 俺の中で、「やる気」と言うやつが急速に萎えていくのを感じていた。


 ―――その時だった。


 俺の体から、淡い碧色の光が発せられ始めた。

 綺麗で美しい光の筈なのに、俺にはどうにも不快でおぞましい光にしか映らなかった。


「な……なんだ……? これ……?」


 おれは困惑した表情でオーフェを見た。

 でも、それを見た彼女の表情に変化は表れない。


「言った筈ですよね? あなたがこの世界の攻略を諦めればどうなるのかを」


 その言葉で、この光がどういった事を表すのか理解した。


 この光は俺をカエルにする光だ! 

 俺が少しでも諦める気持ちを持てば、この光が俺をカエルにしてしまうんだ!


 俺がそう考えた途端、光は急速に弱まり、終いには完全に消え失せた。

 どうやら俺が事実を知った事で、僅かばかりやる気が芽生えたのかもしれない。

 ……それが強制的であったとしてもだ……。


「あら、残念。初めて人間がカエルになる瞬間を見る事が出来ると思ったのに」


 そう漏らすオーフェの顔は、決して冗談を言うっている様には見えなかった。

 どうにも勘違いしそうになるけど、彼女にとって俺は、カエルになろうとなるまいがどっちでもいい存在だったんだ。


 でも俺は、八方塞がりの感を拭えないでいた。

 俺にこの国の人達を導くなんて出来ると思えなかったし、だからと言って諦めればその場でカエルになっちまう。

 どうすれば良いのか、俺には決められなかったし踏ん切りも付けられずにいた。


「……この国を作った者、それにこの国を攻略しようとした前任者達に会いますか?」


 項垂れる俺に、オーフェがそう提案して来たんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る