慣れ果ての住処
俺達は長老とミシェイラに、休憩室にと割り当てられていた部屋を出る許可を得た。
そしてそのまま、俺達は城の外へと出た。
そう、俺達が召喚されたのは洞窟でも神殿でもなく、城の地下に設けられていた大広間の様な場所だったんだ。
そして休憩室は、その上階に当たる場所にあった。
俺とオーフェは城の正門を出て、その裏側へと回り込む道を歩いていた。
この城の真ん前、正門を潜り跳ね橋を渡った先には……何もない草原が広がっていた。
真っ直ぐに伸びた、確りと舗装されている道は南へと向かっている。
その先には、僅かだが建物らしいシルエットが浮かんでいた。
城から出たら、即、城下町。
……何ていう考えに囚われていたので、街と城が離れて造られているのには何処か違和感を覚え、オーフェにそれとなく聞いてみる事にした。
「なぁ、オーフェ。普通城って、街中に造られてないか? これじゃあこの城は、外からの攻撃に丸裸じゃん」
城が攻撃される様な場面に直面した場合、その周囲に町が築かれているのといないのでは防御面で大きく違いがあるのは、素人の俺でもすぐに分かった。
もし町が石造りだったなら、それはそのまま強固な防御壁の役目を担うだろう。
仮に木造家屋であったとしても防御は勿論、敵の足を鈍らせると言う効果は間違いなくあるし、そこに火を掛ければ火攻めにする事だって出来る。
「……いいですか? その外敵から被害を軽減させる為に、城は街と離して造ってあるのです。そもそもあなたの発想は、住人に犠牲を強いていると言う事を認識していますか?」
だけど返ってきたのは、溜息交じりの言葉だった。
その時点で、俺はまた大きな勘違いをしていた事に気付かされたと同時に、人の命を考えてもいない事に恥ずかしくなったんだ。
街が離れていると言っても、目で見えるほどの距離だ。
それこそ馬を走らせれば、ものの5分で街に辿り着けるだろう。
そんなに至近距離なら、何も不都合などある訳がない。
ちょっと考えれば分かる事だ。
逆に城の周辺に居を構えれば、余程防備が充実していないと何時、誰に、どの様な形で襲われるか分かったもんじゃない。
「あなたの言っているのは、専ら城塞都市の事を言っているのでしょうが、この世界ではそちらの方が少ないですよ? 城壁を巨大にすれば、その管理も簡単にはすみません。周囲数キロに及ぶ城壁を日頃から管理できるなんて、何処の軍事国家ですか」
呆れたように語られたオーフェの言葉は、いちいち至極もっともだった。
ゲームやアニメ、漫画の世界に毒されて、肝心の「現実問題」を直面出来ていなかったんだ。
城と街を適度な距離に保っていれば、街中で問題が起きてもすぐに駆け付ける事が出来るだろうし、もし城が攻められても、街が受ける被害は最小限で済む。
「もっとも、そうして城から守ってもらう事云々は別にして、勝手に城下町が興って繁栄していると所もありますけどね。そのような場合は、勿論後から城壁を作って守る事もあるでしょうが、だいたいは住人自らが自己責任としてそこに暮らしているのでしょう」
それはどういった経緯でそうなったのか?
王族に対する絶対の信頼や忠誠なのか?
それとも、宗教か何かなのか?
俺にはすぐに分からなかったけど、少なくともこの国の王城と街の関係は、適度な距離を置く所にあるらしかった。
グルリと回り込んだ城の背後には、鬱蒼と木々の茂った小さな山がある。
今歩いている道はそこへと続いている様だった。
迷いなく歩くオーフェはまるでこの道を、この世界を良く知っている様だったけど、元々神様なオーフェが色々と知っていたっておかしい話じゃないと納得する事にした。
でも周囲を見渡せば見渡す程、この世界は俺のいた元の世界と大差ない印象を受ける。
勿論、目に映るのどかな風景とか空の色空気の匂いは、俺のいた世界では到底感じられないものだと思ったけどな。
言うなれば自然豊かな田舎……が、眼に見える範囲全てに広がってるって感じだった。
「あなたの世界にも、これくらいの自然や風景はあったのですよ?」
「……そりゃー……」
俺の考えを見越した様に、先を行くオーフェが振り返る事無くそう言って来た。
そりゃー、広い地球を隈なく歩けばこんな自然もあるだろうけど、少なくとも俺の周辺には感じられなかった。
……と思ってた。
「いえいえ、そんなに難しい事ではありませんよ? 少し気を配れば、どんな場所にだって僅かでも美しい風景と言う場所はあるのです。あなたには到底気付けなかったのでしょうけれどね」
前を向いたまま歩くオーフェの表情は伺えないけど、多分俺を馬鹿にしたような笑みを浮かべてるんだろうなー……。
確かにオーフェの言う通りだとすれば、俺にはそんな風景や景色を見つける事は……。
……いや……1回だけある……な……。
―――あの時……。
俺が校舎の屋上から放り出されてみた夕焼けとその光に照らされた街並みは、それまで俺が見た事の無かった景色だった。
あれ程美しいと感じた景色は無かったな……。
あれがオーフェの言う、“少し気を配った”結果だったのかな……?
「ここから森の中へと入りますよ」
そんな事を考えていたら、気付けば俺達は完全に城の裏側へと回り込んでいた。
そして歩いて来た小道は、目の前に広がる森の中へと続いていた。
「この奥にその……前任者とか、この世界を作った奴がいるってのか……?」
全く人の気配がしない森林を目前に、俺はオーフェにそう問いかけた。
道が続いてるって言ってもどう考えても獣道程度で、人が頻繁に踏み慣らした後の様には見えない。
舗装もされてなければ整備もされていないその道は、少し気を抜けば見失ってしまいそうなくらいか細い物だった。
「ええ。今も元気に暮らしていると思いますよ。行きましょうか」
オーフェが笑顔でそう答えた。
でも彼女がこんな笑顔で答える時は、大抵俺にとって良い事には繋がらないんだよなー……。
既に森の中へと足を踏み入れているオーフェを追うように、俺も森の中へと入っていったんだ。
外はあんなに天気が良く、眩しいくらいの光に溢れた世界だったのに、一歩森の中へと足を踏み入れればその景観は一転してしまっていた。
隙間なく生い茂っている樹々や雑草が、森の外から射し込もうとする光を完全にシャットアウトしてしまっていた。
辛うじて道が確認出来る程度の明るさはあるものの、それでも周囲の風景は全く確認出来ない程に暗かった。
先を行くオーフェが、恐らくは魔法で光を灯していなかったら歩くのも困難だったろう。
オーフェには恐怖も何もないのか、迷いなく歩を進めている。
俺は、彼女の姿を見失わない様に後を付いて行くだけで精一杯だった。
こんな森だと、恐らく地元の人間や猟師でさえ近づかないだろう。
時折聞こえてくる不気味な鳥? の鳴き声が恐ろしさを更に倍増させていた。
イメージとしては魔女が住む森……ってやつだな。
「もうすぐ着きますよ」
今までずっと無言で歩いていたオーフェが、目的地への到着が近い事を告げて来た。
でも俺には、さっきから風景が変わった様には感じられなかった。
こんな所に、どんな物好きが住むって言うんだ……?
それが不思議でならなかった。
もし住めるとしても、なんでわざわざこんな辺鄙で不気味な場所に暮らしているのか、意味が分からないと言うのもあった。
さっき見た森の外の世界は、どこまでも広大でのどかだった。
人が住む小さな小屋なり家を建てた所で、誰かの迷惑になるとは思えなかった。
俺ならこんな場所よりも、断然外の世界に居を構えるとも考えた。
―――こんな禄でもない設定の世界を作ったんだ。きっと偏屈な人間なんだろうな……。
だからこんな陰気な場所に住んでるに違いない。
俺はそう確信を持っていた。
「着きました。ここですよ」
オーフェは木々の途切れた場所に出た途端、歩みを止めて振り返って俺にそう告げて来た。
その言葉を聞いた俺は思わず息を呑んでフリーズしてしまったんだ。
―――目の前に広がっているのは……沼……だった……。
家が建ちそうな広場でも無ければ、美しい水の湧く泉や池でもない。
大きさはほどほどにあるものの、その殆どを泥水が占めているオドロオドロシイ泥の沼地が目の前に広がっていた。
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