困惑に苛まれて
「ですから、その様な申し出を実行する事は、例え大統領の命令であっても出来ません」
「……へ……? 何で……?」
「何故……と申されても……。我等も詳しくは存じませんが、“大統領”とは今までの支配者達とは違う存在であると伺っておりますゆえ……」
老人に再説明されても、俺にはその言葉を理解する事が出来なかった。
大統領と言えば絶対権力者。
どんな命令も出す事が出来るし、国民はその命令を実行する“義務”がある筈なんだ。
それなのにこの老人は、その「大統領令」を拒否すると言っている。
「……おい、オーフェ。どういう事なんだ?」
俺は思わず、後ろで控えているオーフェに小声で問いかけた。
これじゃあ、最初に聞いていた話とは違うと言わざるを得ないじゃないか。
「……そのままの意味でしょう? あなたの命令は、大統領として相応しくないと言う事なのでしょう」
でもオーフェの答えは、老人の回答を肯定するものだった。
ただ、それだけを説明された所で、俺の発した「大統領令」の何処が悪かったのかすぐに分かるものじゃあない。
―――言い方がストレート過ぎたのかな……?
俺に思いつく事と言えばその程度だったが、考えてみれば確かにさっきの言い方は余りにも直接過ぎた様に思う。
もう少しオブラートに包んだ方が、まだ受け入れやすいのかもしれないな。
「ゴメンゴメン、ちょっと言い方が悪かったかもしれない」
俺は愛想笑いをしながら、目の前の老人にそう告げた。
彼はこちらに併せて笑いを浮かべているけれど、どうにも上手く行っていない……どこか乾いた笑いになっている。
―――やばいな……あんまり失敗出来そうにないな……。
何となくだけどその老人を見る限り、そして周囲の雰囲気を感じる限りで俺はそう思った。
「それでは、改めて『大統領令』を発表します!」
今の段階で、根拠のない俺の自信は鳴りを潜めてしまっている。
さっきまではどこか俺は特別だ、俺は何でも出来る、何をしても良いと思っていた。
召喚された地で、神を連れ立って降り立ったんだ、そう思ってもおかしい事じゃないだろう?
でも、俺が自信を持って言い放った「大統領令」は一蹴されてしまった。
失笑されたとまで、俺は感じているくらいだ。
そもそも俺は、それ程メンタルが強い訳じゃない。
もし強い精神力を持っていたなら、俺は俺の人生を諦めるなんて選択をしていなかった筈なんだ。
だから改めて言い直すと言っても、それはそれでそれなりの度胸なり決意が必要となっていた。
でも、やっぱり自信がないのに違いはなく、結局こんな恐々とした言い方になってしまった。
再び注視される俺。
その視線もさっきと違って、少なくない不信感が宿っている様に感じられる。
―――今度は失敗できない!
そんな強迫観念が俺に圧し掛かって来ていた。
でも大丈夫だ。
さっきの様な直球ど真ん中で言うんじゃなくて、少し遠回しに言えば良い。
つまりこの老人を始めとして、ここに集まっている人達が受け入れやすい言い方をすれば良いんだ。
「まずはこの国で景色の良い場所に、俺だけの宮殿を建てて貰います。そこで、俺の選別した人達を集めて住まわせようと思います」
これだけ言い方に気を使えば、この人達も受け入れやすいだろう。
つまりは俺だけのハーレムを作るって事だけどそれには触れないで、俺の住まいを建てるって言えばこの人達も頷きやすい筈だ。
「……あ……あのー……非常に申し上げ難いのですが、そう言った個人的要望も……」
「あなたは先程から、何を言っておられるのかっ!?」
老人が俺の言葉に答えようとしたその時、傍らで控えていた女性が俺の前に立ちそう言い放った。
まっすぐ伸びた綺麗な金髪に美しい碧眼を浮かべた、とても端正な顔立ちの女性。
でも今は、その瞳に困惑と怒りの光が宿っていて俺を睨み付けている。
よく見れば、その頬には刃物によるのだろう大きな傷跡が残って、折角の美人が台無しになってる。
衣服は周囲の人達と同じ物を羽織ってるけど、その下からでも分かる大きな胸の膨らみが、彼女のナイスバディ―を物語っていた。
「え……な……何……?」
そんな美人が俺に詰め寄って抗議の声を上げたんだ。
いきなりの事で、俺は自分の意見を言う事も、その事に対する反論も出来ないでいた。
元々、こんな美人と至近距離で話す機会なんか今までにもなかった。
こんなシチュエーションでなくっても、ちゃんとした会話が成立していたかどうかも怪しいものだった。
「あなたは先程から、自分の要望ばかりをおっしゃられているっ! これでは、今までの支配者達となんら変わらないでは……っ!」
「お……およし下さい、ミシェイラ殿っ! 彼は、神が我々の呼びかけに答えて御遣わしになった方ですぞっ!」
「しっ……しかし長老殿っ!」
ヒートアップして行くミシェイラと呼ばれた女性を、長老と呼ばれた老人が窘めた。
俺は、オロオロとその光景を見るしか出来なかった。
そもそも、なんでこのミシェイラと言う女性が怒っているのか、俺にはその理由が理解出来なかった。
「……如何でしょう? ユートもこの世界へと訪れて間もありません。本格的に政務を執り行う前に、宜しければ部屋をお借りして休ませては頂けないでしょうか?」
そんなミシェイラと長老に、オーフェは優しい言葉でこの場の収拾を図った。
彼女達もこの状況にハッと我へと返って、赤くなって小さくなってしまった。
やっぱり、天使 (と言う設定)であるオーフェの存在と言葉はかなり影響力があるらしい。
それに俺も、彼女の意見に賛成だった。
どうにも俺とミシェイラ達には、大きな認識の隔たりがあるらしい。
ひょっとすれば彼女達は、大統領がどれ程権力を有しているのか良く分かっていないのかもしれない。
それならば一度別の席を設けて、ゆっくりと説明しなければならないんじゃないだろうか?
「し……失礼しました、オリベラシオ様。神の御使い様の御前で余りにも無様な醜態、お許しください。確かに彼はまだこちらへ赴いたばかり……。これは私どもに配慮が足りませんでした」
完全に恐縮してしまったミシェイラの横から、長老がオズオズとオーフェの提案に賛成する旨を口にした。
どうやら、ここで口論が続けられる事は無さそうだった。
「それでは私が案内いたします……どうぞ、こちらへお越しください。ミシェイラ殿、あなたも同行なさって下さい」
長老の言葉に、ミシェイラは恥ずかしそうに俯いたまま頷いた。
こう言った所は年相応の女の子にしか見えないなー……。
「さぁ、私達も彼に続きますよ」
動き出さない俺の後ろから、オーフェがそう声を掛けて来た。
その言葉で漸く我を取り戻した俺は、先を進む長老とミシェイラの後についてこの建物の出口へと向かった。
道を開ける群衆の中を進んで行く俺達に、何とも不思議な視線が投げ掛けられている事に気付いた。
それは期待と不安、羨望と嫉妬、畏怖と好意……。
様々な意味を込めた視線だったけど、そのどれもが全て俺へと注がれていた。
さっき同様、言うまでも無くそんな注目を浴びる事なんて今までになかった俺は、そのどれにも答える事なんて出来ず、気持ち的には逃げ出す様にその場を後にしたのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます