初めての大統領令
「……分かってるよ……」
オーフェの脅しとも取れる言葉を受けても、俺にはそう答える以外になかった。
でもそれで、とりあえずの踏ん切りをつける事が出来た。
まずはこの場をどうにか乗り越えよう。
その後の事はそれからだ。
俺はとうとう石段を下りきり、この場を取り囲む群衆の前へと立った。
俺よりも背の高い男達が、奇異の目で俺を舐め回す様に見ていた。
「……ん?」
そして俺はある事に気付いた。
俺を見ていた視線が一つ、二つと俺から離れて、最後には全てオーフェの所へと注がれていったんだ。
今や俺の方を見ている者は一人も居らず、その場に居る全員がオーフェの事を見ていた。
俺達に近い人達は、オーフェに話し掛けるタイミングを窺っている節すらあった。
「あ……あの……女神さまで在られますか……?」
そして遂に意を決したのか、その場にいた者達の中で恐らく最も高位なんだろう、立派な髭を蓄えた老人がオーフェへと話しかけた。
確かに今の状況では、オーフェが女神に見えても仕方ない。
今となっては、それだけの美貌と雰囲気を纏わせていたのだから。
でもそれじゃあ、彼等の目に俺はどう映ってるんだろう……?
「いいえ、私は女神様ではありません。女神様の御遣わしになった、只の天使でございます。オリベラシオ……とお呼びください」
でもオーフェは老人の問いかけを即座に否定して、自分を「天使」だと言ったのだった。
これには老人を始めとしてその場の殆どが驚いていたけど、最も驚いたのは多分俺だった。
「あなた方が女神さまに祈り、助けを乞うて待ち望んだ人物はこちらの少年ですよ」
俺には向けた事のない優しい笑みを浮かべてそう話したオーフェは、俺をそう紹介すると僅かに俺の背中を押した。
俺はふいに押されたと言う事もあって、前のめりになったかの様に数歩前へと進み出てしまった。
「な……なんと……! あなた様がそうでしたか!」
これに老人は驚き、そう言葉を零した。
そして、俺も驚きの余り絶句してしまっていたのだった。
「あなたは、この世界の住人に乞われた神が遣わした人物……と言う設定になっています。それらしく振る舞ってくださいね」
唖然とする俺の耳元で、オーフェは小さくそう囁いた。
その時、僅かにオーフェから漂って来た良い匂いに、俺は思わず照れてしまった。
「なんと……この少年が……そうですか……そうですか……」
顔を赤らめている俺の眼前で、今度は俺に視線をやって老人がそう驚きの声を上げ、何度も納得していた。
有難がる老人の呟きと殆ど同時に、ザワザワと騒ぎ立てる波紋が部屋中へと広がっていった。
「そうですよ。あなた方の世界を、国を救うのに際して、女神さまは直接その手を下す事などありません。人間であるあなた方を救うのは、やはり同じ人間であらねばならないのです。私は、この者の案内役にして補佐役と言った所でしょうか。私自身が直接手を下す事は無いと心得て下さい」
オーフェがそう説明し終えると、その部屋に居た人々すべてが彼……彼女に対して頭を下げて、その言葉を了承する姿勢を示した。
その光景は、俺に向けられたものでは無いにしても結構壮観だった。
「さあ、ここであなたが何か言葉を掛けてあげるのです。そして、あなたがリーダーであると言う事を、少なからず彼等にアピールするのです」
平伏する人々を前にして、オーフェが三度俺の耳元で囁いた。
今や女性の姿をしているオーフェは、お世辞抜きにして良い女……いや、美しくグラマラスな女神だった。
そんな女性神に囁かれると、流石に俺もゾクゾクとしてしまう。
「……何を赤くなっているのですか?」
でも、そんな俺の考えなんかアッサリ見抜かれたのか、冷めた声音に変わったオーフェが冷たい視線と一緒にそう言葉にした。
「わ……分かってるって!」
慌てて俺も小声でそう答えた。
状況は分かったものの、何をどうして良いのかは未だに分からない。
ただ、何事も最初が肝心だと言う事は俺も分かっている。
俺はこの世界に降臨した、チート能力持ち (制限付き)の異世界人。
そして俺の使命はこの世界のこの小国を、絶対権力者たる大統領となって導かなければならない。
俺の一言が今後の俺の方針となり、延いてはこの国の指針となるのだ。
「み……みんな、聞いて欲しいっ!」
やや声が裏返ってしまったが、その事でこの場にいる誰かが笑ったり馬鹿にする者はいなかった。
僅かに顔を上げた人々の目には、尊敬と期待の眼差しが込められているのが分かる。
どうやら俺が女神の遣わした人間だと、この場の誰もが本気で考えているらしかった。
なる程、これならこの国の絶対権力者として、何でもやりたい放題なんじゃないか?
少なくともこの場の雰囲気から、俺の言う事に異を唱える者等出るとは思えなかった。
俺は意を決して、声を張り上げて俺の考えを述べる事にした。
そう!
俺の希望を、願望を、欲望をこの場で高らかに宣言しようと思ったのだ!
「俺の名前は
オーフェの話では、この国はまだ大統領になった者はいない……つまり俺が初めての大統領って話だった。
だったら勿論、「大統領令」が発令されるのも初めての筈だった。
「おおっ!」
俺の言葉で、周囲からはどよめきにも似た声が次々に上がった。
彼等にしてみれば、恐らくだが「大統領令」と言う言葉さえ初めて聞く言葉だったんだろう。
俺も最近までは知らなかったが、現実世界では今、とある大国で新しく大統領になった人が次々と「大統領令」を発令して色々と騒がれていたのを覚えていた。
だからこの言葉も出て来たんだが、効果はテキメンだったようだ。
周囲の人々の目が、更に期待と希望でキラキラと輝いているのが分かった。
それ程俺の言葉を心待ちにしている様に思えた。
「俺の発する初めての大統領令っ! それはこの国に俺の、俺だけの楽園……そう、俺のハーレムを作る事……だっ!」
室内に発せられた俺の声が、静まり返った壁や天井に当たって何回も反響した。
誰も、一言も発しない。
それ程、俺の言葉は衝撃的だったんだろうか?
「……あ……あれ……?」
しかし流石に、その場に流れ出たおかしな空気を俺も感じ出していた。
僅かに後ろを振り返ると、オーフェが眉間に指を当てて首を左右に振っていた。
「あ……あの……」
すると俺の前に立っていた老人が、おずおずと俺に声を掛けて来た。
俺は自分でもロボットかと思う動きになって、首をギギギッと前へと向けた。
「非常に申し上げにくいのですが……そのような事に従う事は出来ません」
「……へ……?」
老人の言葉に、俺はそう返答する以外の言葉が出せなかった。
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