チート能力だよっ!
俺は現実世界へと戻るんじゃなくて、異世界へ赴く方を選択した。
大統領となり、列強国に囲まれた小国を救う為に、粉骨砕身努力しなければならない方を選んだ。
その理由はたった一つ。
現実世界へと戻って、あの時の痛みかそれに近い苦痛を長期間味わう事も、そこから回復する為に血の滲む努力をする事もまっぴらごめんだったからだ。
それなら新天地へと旅立ち、そこで面白おかしく過ごした方が百倍マシだと考えたからだった。
そちらでの攻略を諦めた暁には、俺は永遠にカエルとなって過ごさなければならないらしい。
でもまぁ……あんな痛みを再び味わう事を考えたら、元の世界へ戻る選択肢なんて取り様がなかった。
現実世界へと戻って、苦痛の日々を味わう事も御免なら、それに挫折して再びあの痛みを体験するのも勘弁だった。
死ぬほどの痛みって言葉があるけれど、どんな痛みもあの時に感じたものには到底及ばないだろう。
なんせ、本当に死ぬ時の傷みなんだからな。
あれに比べれば、カエルの方が断然マシだと思えた。
それに、あまり良く覚えていないけど、カエルなら姿を変えられても良いかな? って思えたんだ。
だってカエルって、何処か愛らしいイメージが無いか?
少なくともその時の俺には、コミカルなカエルの姿が浮かび上がっていたんだ。
「それでオーフェ……。一つ聞きたいんだけど……」
俺は異世界へと赴くにあたって、神であるオーフェに確認しておく事を思い出してそう切り出した。
「なんですか?」
オーフェは、どこか楽しそうに微笑んでそう返して来た。
でも俺には彼が、いやらしくニヤニヤ笑っている様にしか見えなかった。
「俺が異世界に行くにあたって、特殊な能力なんかが授けられたりするのか?」
俺が聞いておきたかった事と言うのは、異世界転生者にはお決まりの、神から授けられる大いなる力……「チート能力」の有無だった。
「チート能力」とは、所謂世界観を無視した「ズルい程強力な能力」の事だ。
本当は不正改造とかプログラムを指すらしいんだけど、いまじゃあそう言った特殊能力を指す言葉らしい。
そして異世界へと転生した者は、そんな特殊な能力を使って「俺Tueeeee! ヒャッホイ!」を満喫しているらしいのだ。
勿論、小説やマンガ、アニメでは、ただ主人公がそんな力で無敵に暴れ回るだけじゃあ、事件やイベントが起きようもないから、何かと不具合を起こしたりしているのが常だ。
でも、実際に物語の主人公達が使う「チート能力」をそのまま上手く活用出来たなら、大抵の世界でその頂点に立つ事が出来るはずだ。
「特殊な能力……ですか……」
しかし、オーフェの反応はかなり鈍いもので、そんな能力など無さそうな雰囲気を醸し出していた。
正直、なんの取り柄も特技も無い俺が、一切の備えも無く特殊な世界「異世界」なんかに赴いたら、間違いなく攻略するなんて不可能だと言えた。
「えっ!? チート能力とか貰えたりしないのっ!?」
だから俺の口からは、思わず情けない声が溢れだしたんだ。
なんのチート能力も無く異世界へと飛ばされれば、俺は間違いなくカエルまっしぐらだからだ。
「……はぁ……イート……ですか……」
至極真面目な表情でオーフェがそう呟いた。
はぁ……?
なんだ?
ひょっとしてオーフェは、「チート能力」って言葉を知らないのか?
それにしてもイートって何だよ……。食べてどうするんだよ……。
「いやいや、チートだよ、チート」
「……ミート……?」
いやいや、それじゃあ肉だよ。食べ物から離れないと、正解に辿り着けないよ。
「違うって。『チート』だよ。ちょー強い特殊能力だよ」
「え……と……ニート……ですか?」
確かに強いよ。
ある意味最強だよ。
でもそれじゃあ、異世界の攻略なんて不可能だよ。
それにニートとまではいかなくとも、引き籠り生活なら現実世界で嫌ってほど堪能したよ……。
「ちーがーうって! チート能力だよ!」
俺はやや大きめに声を出した。
神であるオーフェのボケも中々面白かったけれど、流石にこうボケが続くとツッコむ方が疲れて来る。
「ふむ……ヒート能力ですか……」
「いや、熱いよ! それに確かに強そうだよ! でもそんな熱血技っぽい能力じゃないんだって!」
……ひょっとして、オーフェは本当に「チート能力」を知らないのか?
なら俺は、かなり不利なスタートを切らないといけなくなっちまうぞ……。
「ふふふ、冗談ですよ。所謂、反則級な能力の事でしょう? そんな事ぐらい知っていますよ」
オーフェは涼しい顔でそう言ってのけた。
うが―――っ!
俺は神の掌で弄ばれたって言うのか―――っ!
思わずその場で叫びそうになる気持ちを、だが俺は必死でこらえた。
ここでオーフェの気持ちを逆撫でしては、彼が俺に与えてくれるであろう「チート能力」が、どんなものになってしまうか分かったものでは無いからだ。
何度も言うが、俺はなんの取り柄も無い、全く以てごく普通の高校生……だった。
そう……ただの高校生だったんだ……。
ただ人より少し空気が読めなくて、コミュ障なだけの存在だった。
そんな俺が、今のまま異世界へと飛ばされれば、結果は目に見えている。
唯一の頼みは、正しく与えられるチート能力だけだった。
「そ……それで、俺にはどんな能力を与えてくれるんだ?」
俺は極力冷静に努めながら、オーフェにそう問いかけた。
少し声が上擦ってるのは、やっぱり期待に胸が膨らんでいるせいだった。
普通の人間では持ちようのない、それこそ夢の様な力を与えられるんだ。
期待するなってのが無理な話だった。
「……全てです」
そんな俺の問いかけに返したオーフェの答えは、至極シンプルなものだった。
「……へ……?」
だから俺のオーフェに対する反応は、間抜け以外の何物でもないものだった。
「ですから、全てです。特定の能力だとか、使える能力が1つ2つ等と言う様な事では無く、あなたが望む能力ならばどんな事でも実行可能な能力です」
自分の言葉が理解出来なかったと察してくれたのだろう、オーフェはもう一度言い直した後に、更に詳しい説明まで付け加えてくれた。
「……ぜ……全部―――っ!? しかもどんな能力でもオッケーッ!?」
俺は余りの驚きに、大きな声で復唱してしまっていた。
余りにも破格で、好待遇としか言いようがない!
どんな能力でも行使可能って、それはつまり世界最強で、どんな事もしたい放題じゃないか! そんな素敵な能力が与えられるなんて!
「ええ、全部です。どんな能力でも行使可能です。ただし、私が認めたものに限りますけどね」
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