異世界! ……異世界!?

 ―――異世界っ!


 異世界って、あの異世界だよな? 

 巷でよく騒がれている、全く違う世界へと飛ばされて、今までとは違う自分の様に活躍出来るって言う、正しく夢の様な世界……だよな!?


「い……異世界って……あの異世界かっ!? 俺が勇者になって魔王を倒して、綺麗な女の子達とイチャイチャ出来るって言う……あの!?」


 俺は即座に思いついた事を、何の考えも無く口に出してオーフェに問い詰めていた。

 だけど俺のテンションに反して、オーフェは小首を傾げて疑問符を浮かべた様な、何処か不思議な表情で俺を見つめた。


「……あなたの認識で、『異世界』と言う物がどう捉えられているのかは分かりませんが……今あなたの言った事は概ね……違います」


 そして彼の口から出た言葉は、俺の言った事を否定したものだった。


「……え……?」


 出鼻を挫かれた……と言う訳じゃないけど、勢いを見事に往なされて、俺は意気消沈した言葉を漏らすしか出来なかった。


「異世界と言うからには、あなたの暮らしていた世界とは全く違う世界へと赴く事となります。ですが、そこに魔王なる者は存在しませんし、あなたが勇者になると言う設定でもありませんね。当然、可愛い女の子達に無条件でちやほやされる様な、そんな特異な設定もなされてはいない様です」


「……え……?」


 淡々と説明してくれるオーフェの話を聞いて、俺はもう一度バカみたいな言葉を漏らすしか出来なかった。

「異世界」と聞いて過度な想像をしていた反面、その全てを否定されれば、後に残るのは混乱しかなかったんだ。


 今考えれば、俺の言った事はかなり雑で都合の良い設定の異世界観だけど、俺の中で「異世界」と言えば、大体さっき言った様な内容な筈だ。

 世間で流行ってる異世界関連のラノベやマンガ、アニメなんかを見れば、殆どそう言う設定だしな。


 自殺した俺。


 そして現れる神 (女神じゃないけど)。


 示される異世界転生と来れば、チート能力を駆使して、悪の魔王相手に異世界ヒャッホイがテンプレだった筈だった。


「あなたが選ぶ事の出来る異世界はただ一つです。赴いた先で小国の大統領となって、そこでその国を支え、立て直し、繁栄へと導くと言う設定の下、見事にそれをやり遂げなければならないと言うものだけですね」


「……は……?」


 オーフェの説明には、色々と聞きたい事が含まれていた。

 でも余りに聞くべき事が多くて、俺の口からはまたしても間抜けな言葉しか出てこなかった。

 そんな俺に、オーフェの方は説明を終えたとでもいうのか、更なる解説が出て来る様子はなかった。

 だけど、このままその異世界とやらに飛ばされる訳にはいかない。


「……あのー……質問しても良いのかな……?」


 俺は彼に、恐々とそう言葉を投げ掛けた。


「ええ、勿論ですよ」


 それに対してオーフェは、さも当然とばかりにそう答えた。

 つまり、聞かれた事には答えるスタイルの様で、彼から率先して説明してくれると言う事は無い様だった。

 俺は、とりあえず疑問に思う事を聞いて行く事にした。


「……大統領って言ってたけど、その世界って俺のいた世界と同じ様な所なのか?」


 折角異世界って所に行って、大統領と言う“絶対権力者”になれるって言うのに、今まで居た世界と大して変わらないなら余り意味がない様に感じたんだ。

 どうせ行くんだったら、俺としてはファンタジーな世界が良いと思った。


「いいえ、違いますね。文化レベルで言えば、あなたの世界に照らし合わせれば、今から数百年遡った中世ヨーロッパに近い世界観でしょうか? そこには魔獣や魔物が跋扈して、剣や魔法で戦いを繰り広げている世界となっています」


 おお! 

 やっぱりファンタジー色が強い世界設定だった!

 やっぱり異世界と言えば、剣と魔法が王道だよなー! 

 ……でもそれで、勇者や魔王がいないってのはどういう事なんだろう……?


「俺が大統領になるって言う小国は、どういった状況に置かれてるんだ?」


 もしその国が平和なら、その大小に関わらず俺は絶対権力者として楽しい生活を送る事が出来そうな気がする。

 なんたってやりたい放題なんだからな。


「あなたが大統領として就任する国は、強大な5つの国家に囲まれた小国です。周辺国家とは微妙な関係を保ち、何とかその存在を認められていますが、どの国に攻め込まれても瞬く間に滅ぼされてしまうでしょう」


 でも残念ながら、その期待はあっさりと打ち消されてしまった。

 まぁ、唯の (元)学生でしかない俺が大統領として就任するんだ。

 そんなに恵まれた状況である筈はないよな。


「それで、そんな小国で、なんで俺みたいな子供が大統領になれるんだ?」


 絶対権力者として舵を切るのは良いとして、下手をすれば瞬く間に滅ぼされて即座にゲームオーバー、異世界生活も終わってしまうだろう。


「その国は設定上、つい先日まで王政国家だったのです。それが軍部のクーデターにあい、国民主権の国家へと生まれ変わったばかりなのです。民主国家として進めていく為には、今までの役人や貴族王族、軍部が政治のトップに立つ事は良しとされず、さりとて国民にはまだまだ民主政治に知悉ちしつしている人物は存在しません。そこで神託に従い、神世より緊急処置的に指導者を召喚すると言う事が執られるのです。あなたはその召喚に応じて、その世界へと赴くと言う設定なのです」


 なんだか有りそうで無さそうな設定だなー……。

 指導者を召喚するって言う所は如何にもなんだけど、別にそんな設定にする必要もなかった様な気がする。


 ……ん……?


 そこで俺は、さっきから少なからず感じていた違和感に気付いた。


「なぁ、オーフェ? さっきから頻りに『設定』って言ってるけど、その異世界ってのはオーフェ達が作り出した物じゃないのか?」


 さっきから説明するオーフェの話し方は、なんだか誰かが作り出した設定を読み上げている様に感じられたんだ。


「ええ、違いますよ? この異世界は遥か以前、あなたの様にこの空間へと招聘された人物が作り出した世界なのです。全ての設定は、その『最初の人物』が作り上げた設定ですね」


 はぁ? 

 何だって!? 

 じゃあその世界には既に先客がいて、俺はそいつらとも協力しなければならないって事なのか? 

 いやそれだけならまだしも、もしかすると戦わなければならない可能性もあるのか?


「誰かが作ったそいつ好みの異世界だったら、わざわざ俺が行ってその国を救ってやる必要なんて無いんじゃないの?」


 俺はなんだかやる気を削がれて、そうオーフェに問いかけた。

 俺の様な人間の作った土壌ってのが、もうそいつ色に塗れた世界の様で嫌気がさしたんだ。


「残念ながら、この世界を作った人物は攻略を断念しました。自身で設定した世界でしたが、余りにも攻略が厄介だったようで、思っていた様にはいかなかった様です」


 何だそりゃ? 

 それじゃあまるで、思いついたままに造り始めたゲームだったけど、自分の思っていた様にいかなかったから投げ出したって事じゃないか。


「それで、なんでそいつの作った世界を俺が攻略しなければならないんだよ?」


 どうせなら俺も、自分の思い通りな世界を作って、自由気ままにその世界を冒険したいと思った。

 まぁ、そんな事は多分許されないんだろうけどな。


「あなたの住む世界を含めて、実は『世界』と呼ばれる空間は無数に存在します。そして、それ等はもう飽和状態となっております。勿論、見事に攻略されて閉ざされた『異世界』も存在しますが、多くは完全に攻略される事のないままに、捨て置かれているのが現状です。我々神としては、放置状態である異世界の攻略条件を早々にクリアさせ、早くその世界を閉じたいのです」


 なるほど、だから俺がその世界へと行かされるって訳なのか。


「でもその話だと、他にも選べる異世界があるんだろ? 俺は他の異世界を希望したいんだけど……」


 聞くからにややこしそうな世界じゃなくって、どうせならもっと単純で爽快そうな世界設定が良いと思った。

 そしてオーフェの話しぶりだと、多分そんな異世界も存在していると思えた。


「残念ながら、そんな都合の良い要求は承諾出来ません。忘れてもらっては困るのですが、あなたは二つの内に一つを選べるだけでも幸運だと思わなければならないのです。それとも、現実世界の方へと戻りますか?」


 途端にオーフェの視線が冷たいものへと変わり、俺へと突き刺す様に投げ掛けられた。

 その瞳には「調子に乗るな」とでも言うように、有無を言わせない雰囲気が込められていた。


「……そ……それで、その世界を作った人はどうしてるんだ? もう成仏しちゃったのか?」


 俺は話題を変える為にそんな質問をした。

 本当は、その世界を作った人物がどうしてるかなんて興味なかった。

 ましてや、自分で作った世界の攻略を諦める様な人物に興味の抱き様がない。


「いえ、まだその世界に居ますよ? ……カエルになってね」


 冷たさに侮蔑も含めて、オーフェはそう返答した。

 でも俺は、即座にその意味を理解する事が出来なかった。


「……え……? 今……何て言った……?」


「カエルになって、まだその世界で暮らしていると言ったのです。言い忘れていましたが、あなたもその世界での攻略を諦めたり、その世界で死んでしまったりすれば、カエルに強制転生させられて永遠に暮らす事となります」


 俺はオーフェの言葉に絶句してしまい、何も考える事が出来ずにいた。

 永遠にカエルって……どういう事なんだ……?


「あなたは、その『異世界』へと赴くのです。再び自分の世界へと戻るも棒に振ってね。本当ならば、完全に消滅させられるしかなかったあなたの魂に、僥倖ぎょうこうとしか言いようのないチャンスが与えられるのです。そんなチャンスを再び無下にするのですから、それ位のペナルティは当然と言えますね」


 俺には、その話に文句の付けようもなかった。


 本当は「ふざけるなっ!」と叫んでやりたいんだけど、流石にそんな事は出来ないと理解している。

 彼の言うように、大きなチャンスを貰っておいて一切のリスクがないなんて、それこそ虫の良い話だからだ。

 それでも、まだ疑問が湧かない訳じゃない。

 そもそも小国とは言え、その国の絶対権力者として降り立っているのに、なんでこの世界を作った人物は攻略を断念したのだろうか? 

 それに、俺以外にもこの世界に挑戦した者はいなかったんだろうか?


「この世界の創始者とは別に、攻略に挑んだ者は全部で13人。その全員が全て途中で投げ出して、カエルとなってその世界で暮らしていますね」


 俺の疑問を見透かしたようにそう付け加えたオーフェは、「くくく」と喉を鳴らした。

 まるでその姿を見て来たかのような物言いには、戦慄すら覚える程だった。


「それではこれで最後です。あなたは、もう一度自分の世界へと戻り天寿を全うすべく努力しますか? それとも、異世界へと赴いてその世界を攻略する為に励みますか?」


 オーフェが最後の審判宜しく、俺にそう質問を投げ掛けて来た。

 どちらを選んでも失敗すれば俺にとって地獄でしかない選択を、この嗜虐的な神はどこか嬉しそうに問いかけて来た。

 勿論、そんな表情をあからさまに顔へと浮かべている訳じゃない。

 だけどその雰囲気は、紛れもなく楽しくて仕方が無いといったものだったんだ。


「……『異世界』に行く……。その世界を攻略してやるよ」

 

 俺にとっては究極の選択でしかない。

 再びあんな苦痛はごめんだけど、永遠にカエルってのも絶対に嫌だ。

 でも救いがあるのだとすれば、その異世界を攻略する事が出来ればカエルにならずに済むって事だ。

 だったら俺の選ぶ選択肢なんて、二つじゃなくて一つしか無かったんだ。

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