第6話 お前に睾丸を地面に引きずる痛みがわかるか?

「なるほどな…お前も俺と同じZカップ持ちってことか」


 あっという間に辿り着いた魔物の領域の中心部にある古城の最上階…魔物の出すという赤黒い霧に包まれた地上が窓からは見えている。

 私と、魔王と言われた男は数回魔法をぶつけ合った後、しばらくにらみ合いを続けていた。

 そこで何かに気が付いたのか、魔王はそんなことを口にしたのだった。


「…どういうこと?

 Zカップ魔導拘束具ブラジャーは現状私専用にしか作られていないはず…。私以外にZカップの人間がいたら騒ぎになっているはずよ」


「ああ…人間から捨てられて魔物として生きてきた俺は…人間とは言えないのかもしれないな」


 目の前の白銀の髪を持つ顔の整った男は、苦々しい表情を浮かべて私のことを睨み付けてくる。

 足元を覆っている彼のスカートのような布部分になにか罠があるのかもしれない…と魔王の下半身に警戒して目を向けると、腰の辺りに見たことのあるベルトが目に入った。


「腰に魔導拘束具ブラジャーのベルト…貴方は一体…」


「お前は、乳房が膨らむ体に生まれてまだ幸運だったよなぁ。

 それは別としても、だ。

 俺以外にも肥大化した体の部位を永続的反重力魔法で浮かせている奴がいるとは思わなかったぞ」


「どういうこと?」


 口元を歪めるようにして笑いながら、魔王は私を見据えながら構えていた両手を下ろす。

 隙だらけの姿で彼を殺すのなら今がチャンスだ。しかし、私は彼のことを倒すよりも話の続きが気になってしまう。


「俺は…お前と同じ無限に魔力を生む体の部位を持つ稀人。

 お前と違うのは、それが睾丸だっていうことだ」


 足元にはためいている布を魔王が勢いよく掴んで乱暴に取り外すと、隠されていた部分が露わになる。

 彼の足と足の間には魔導拘束具で覆われた、地面に今にもついてしまいそうなくらい巨大な睾丸がぶら下がっていたのだ。

 あまりの衝撃的な光景に私は思わず口元を両手で覆った。


「お前に睾丸を地面に引きずる痛みがわかるか?

 俺は血反吐を吐くような思いをして永続的反重力魔法を身に着けたんだ…」


 言葉を失った私に、魔王と呼ばれている男は更に語り掛けてくる。


「いかがわしい夢を見て目が覚めたら股間から射出された魔力によって友人や親を地面のシミにしていたことに気が付く絶望がわかるのか?」


 いつのまにか、魔王は私の目の前に立っている。

 私も似たようなことをした。大切な両親の家を全焼させ、村を追われた。

 村人から石を投げられ罵倒された。

 彼の生い立ちを知ってしまった私は、彼を打ち滅ぼそうと思えなくなっていた。


「俺は生まれた村の生き残りによって魔物の領域に捨てられた…だが、俺は魔物に喰われて死ぬどころか、睾丸の作り出す魔力で体は勝手に再生した。

 こんなことをするために俺は死の間際にあんな願いをしたわけじゃない…」


 吐き捨てるようにそう呟いた魔王は、急に優し気な表情で私の顔を見た。

 彼の冷たく青白い手が私の頬を撫でるが不思議と不愉快ではない。


「なぁ、お前も俺と同じだろ?

 異様な見た目、異様な力を恐れた人間どもはお前を虐げる。

 一緒に人間に復讐しないか?」


「それは出来ない」


 静かに言い放つ。確かに魅力的な提案かもしれない。

 それでも…それでも私は人間に復讐しようとは思えなかったし、なぜか魔王である彼にも復讐なんてやめてほしいと思い始めていた。


「そうか。そりゃ残念だ」


 彼は、私の頬から手を離すと寂しそうに笑って距離を開けた後、最初に出会った時のように殺意のこもった目で私を再び睨み付ける。

 深呼吸をして刺すような殺意を受け止める私の脳裏にふとこんな光景が浮かんだでくる。

 それは魔王の稀人になる前の記憶なのか、緊張が見せた幻覚なのかわからない。

 震えた手で書いたような字は見たことのない布のぬいぐるみや丸く銀色に光る筒に塗れていたような気がした。


『わたしは誰かを助けたい。困ってる人を助けて、悪い人を懲らしめる…そんな漫画やゲームの主人公みたいになりたかった。

 どうしてこうなっちゃたんだろうね。わたしたちなにがまちがってたんだろう。

 好きだったけどもうお金は渡せません。お詫びに死ぬね。役立たずでごめんなさい

 やまもと ゆりこ』

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