第5話 座った状態では自分の太ももすら見ることが出来ない

「おとうさん…どうして」


 紅鏡の日の朝、授業が休みなので自室でのんびりと本を読もうとしていた私は先生からの急な呼び出して学園の応接室へ通される。

 こんな人目の多いところで真紅の魔女様へ謁見するのか?と完全に意識がそれていたところに突然の父親との対面というイベントが始まり、私は柄にもなく狼狽えてしまった。

 

 両親は私が出て行ってしばらくしてから王立魔法学園の援助でのどかな田舎町に仕事を斡旋してもらい、この6年間真面目に仕事を継続していたお陰でその功績が認められ、領主の家で下働きをすることになったという話を父がしんみりとした様子で話し始める。

 子供…つまり私の妹や弟も3人も設けたらしく幸せに暮らしているのならよかった。

 今回、急に王都へ手紙と荷物を届ける仕事を言いつけられたのでついでに私の顔を見に立ち寄ってくれたそうだ。

 なんにせよ、こうして私のことを思い出してくれて、この場に立ち寄ってくれたというのは、もう二度と会うことはないと思ってあのような手紙を残した身からしても嬉しい物がある。


 なるほど、これが真紅の魔女からのお礼か…と脳裏にチラリと人形のような麗しい金髪の少女を思い浮かべると、妄想の中の少女は意地悪く微笑んだ気がした。


「なぁウーデル。お前を待っている間に先生方から聞いたが、今年で学園は卒業なんだろう?

 ここでみたいな華やかな生活はさせてやれんかもしれんが…お前がよければまた一緒に暮らさないか?」


 突然の申し出に私は再び狼狽えた。

 確かに、私は幼い頃より魔力のコントロールも出来るようになったので街や村を破壊することはもうないだろう。

 だけど、私のようなが、両親や妹弟のような所謂普通の人間と共に暮らしていけるのだろうか…。

 思わず自分の胸元に目を落とす。

 座った状態では自分の太ももすら見ることが出来ないこの肥大化した乳房を持つ私が田舎町なんかに行ったらまた両親の心は疲弊してしまうのではないか。

 父親は、普通の善良な人間だ。普通の善良な人間が私のような異様な人間と離れたことで辛かった日々を忘れ、一時期の憐憫や娘に対する愛情で先のことも考えずに愚かな提案をしているのだ。


 私は、座った自分からは見えない場所ふとももの上に置いた手を握りしめて、目の前の善良な父親を見る。


「おとうさんがそう言ってくれるのはうれしいんだけど…私、やらなきゃいけないことがあるから」


 咄嗟に嘘を吐いた。

 父親が何かを言おうと立ち上がろうとする。やめてくれ。これが私たちがお互い健やかに生きていく上での最良の選択なんだと叫びそうになるのを抑えて私は肩を掴もうとしている父親から目を逸らした。


「ウーデルのお父上…彼女のすべきことについてはこの私がお話しいたしましょう」


 急に扉を開いて現れたのは見覚えのある金色の髪、そして静かに輝く翡翠色の瞳…。

 頭上高く括った髪の毛は毛先に向かうにつれクルクルと螺旋模様を描いている真紅のタイトなローブを身に纏った女性がそこにはいた。


「ねぇ、ウーデル?あなたは勇者として魔王を倒さないとならない。そうでしょう?」


 私の方をクルッと振り向いてウインクをしたことで確信をした。これは真紅の魔女と同一の存在だ…と。

 彼女は父親の肩に白く美しい手を置いて元の席へと座らせると、自分も長いローブの裾を軽く持ち上げながら、私の隣へと優雅に腰を下ろす。


「申し遅れました。

 わたくし、王立魔法学園の理事長グレース・マグヌムと申します」


 グレースと名乗った壮年の美女が恭しく頭を下げると、父親は顔を赤らめながらつられて頭を下げる。

 私も一応頭を下げてみる。

 魔王と戦う?私が?全くの初耳でどういうことか理解が出来ない。


「ウーデルの父上はご存知かもしれませんが今、この王都とその領地は私たちの結界によって平穏が保たれている状態なのです。

 しかし、結界もそろそろガタが来ていましてね。

 ウーデルの父上の住んでいるところも含めてを国境の際のある村々は見捨てるしかないのか…と私たちが苦渋の決断をしようとしていたところへ、この学園の首席であり、伝説の再来Zカップの魔導拘束具ブラジャー所持者の彼女が名乗りを上げてくれたのです。ねぇ、そうでしょう?」


 柔らかく微笑みながら、壮年の美女に姿を変えている真紅の魔女は私に微笑みを向ける。

 ワンテンポ遅れて雰囲気にのまれた私は彼女に話を合わせてしまう。


 あっという間に話は進んでいき、私は勇者に仕立て上げられ、納得をした父親は私と共に生活をするという答えへの解答はすぐに求めないということで自分の村へと旅立っていった。


 応接間の中から見送った父親の背中が見えなくなってすぐに後ろを振り返ると、真紅の魔女は煙のように消えていた。特に別に出口があるわけでもないし、私の横をすり抜けられるはずもない。


 部屋の中を呆気に取られていると、小さなカードがテーブルの上に置いてあった。

 そこには、お茶会のお礼の時のような美しい筆跡でこう記されていた。


『サプライズはどうだった?

 貴女の驚く顔が見れて私としてはとても満足だった。


 私からのお礼がプレゼントになるか嫌がらせになるかはウーデル、貴女次第だと言える。

 貴女が何を求めてこの世界へ来たのかを思い出して、私に物語の結末を教えてほしい


 愛しい迷子の少女に愛をこめて 真紅の魔女』

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