第4話 試してみたら出来た
「秘密のお部屋…やっぱり貴女のものだったんですね」
目の前に現れた金色の髪を高い位置で二つに括った少女は、私を見て意味ありげに微笑んだ。
足元にも届きそうな長い金色の髪の房はくるくると螺旋階段のように美しい曲線を描いていて、貴族が身に着けるものより遥かに豪奢なヒラヒラのついた真紅のドレスも相まって幻想的な雰囲気を湛えている。
「ここに人が来るのは何百年ぶりかな…いや何千年…まぁいい。
結界を無理矢理こじ開けるような無粋な真似をしなかったのは褒めてあげる…のだわ」
「…のだわ?」
「久し振りに人と話すのでキャラ設定がブレているだけ…なのだわ。
ええいめんどくさい。普通に話すことにしよう」
以前忍び込もうとして開かなかった扉は、今夜は呆気なく開いた。
無理矢理扉を開いたらどうなっていたのかを考えるとさすがの私もただでは済まなかっただろうということは、彼女の発する圧倒的なオーラを目の前にすれば容易に理解が出来る。
真紅の魔女は優雅にドレスの裾を持ち上げて椅子に座ると、私がセッティングしたティーカップを怪訝そうに覗き込み、訝し気にカップを手にして中に入れられた青々とした液体を見つめる。
揺れる青い液体から立ち上る湯気と香りを確かめた後、ティーカップに口を付けた彼女はほっとしたように表情を和らげると、私を見つめて薔薇の花弁のような唇の両端を上品に持ち上げて微笑んだ。
「なるほど。今はこういうものが流行りなのか。
色は不気味だし、厳密には紅茶と言えないのかもしれないけれど、そうね。悪くない」
ティーカップを置いたその手で小皿に盛られた可愛らしい猫を模した菓子を口に放り込み満足そうな表情を浮かべた真紅の魔女はどこからともなく薄い仄明るく光る板を取り出しながら私の顔をまじまじと見つめる。
「で、私に会いたかったのは紅茶を飲みながら楽しく女子会したいからってわけではないんだろう?
ウーデル・ラーブルム…
「稀人…?」
「そうか。今はもうこの呼称はしなくなったのだったね。
かつて使われていた魔力と引き換えに身体の異常発達や不死の力を得た人型の生き物への総称だよ」
手元の光る板を彼女が指で押すと何やら古代文字が描かれているのがわかる。
前世の記憶でも似たような…そうタブレットと呼ばれている機械があんな感じだったななんてことをぼんやりと思い出しながら、彼女の気だるげに動くタブレットを操る指先に見とれてしまう。
「それで、私に会いたかった目的はなんだい?」
カップに残った紅茶を再び口元に運んでからゆっくりそう問われて、自分が目の前の少女に見とれていたことに気が付き我に返る。
そうだ。目的を話さなければならない。
学園に入園してから私の身に起きたことを話している間、真紅の魔女は小さな赤い光の渦の中に手を入れて取り出したキーボードに似た道具を叩きながら時折小さな相槌を打ってくれた。
「いつの世も人というものの営みは変わらないね。くだらなく、醜く、それでいて美しい。
それにしても、永続的反重力魔法とは…いつぞやの勇者と同じじゃないか」
「そういう伝承を先生方から聞いたのでちょうどいいと思って試してみたら出来たんです。
それでも日々増えていく魔力の生産は魔力の浪費を上回っていて…それにくだらない力試し…うんざりだ」
微笑みを浮かべてくれている目の前の美少女に対して、猫をかぶるのを忘れてつい普段の口調で愚痴ってしまう。
すると、彼女は妖しく微笑みながら身を乗り出して来て、私の目と鼻の先で翡翠のような美しい瞳を輝かせながら囁いた。
「可愛い可愛いウーデル・ラーブルム、勇者である君の物語に相応しい登場人物を用意してあげよう。
そうだね…これが英雄譚になるのか、恋愛ものになるのかホラーになるのかは君次第だ」
呆気に取れれている私にお構いなしに、彼女は姿勢を正すと、鼻歌を歌いながらリズムよくキーボードを叩いた。まるで楽器のようにカチカチと軽快な音を立てるキーボードに呼応するように光る板には古代文字が記されていく。
「私にとっても骨を折る作業があるからね、数日は待っていてくれ。
いや、久々に直接誰かと話すのはなかなか楽しい時間だったよ」
そう言って真紅の魔女が手を振ると、私の目の前は真っ白な光に包まれ、いつの間にか自室の寝具の前に立ちつくしていた。
幻覚?と自分の体を見回してみると、見たこともない上質な絹のネグリジェと共に胸元に差し込まれていた手紙が一通目に入る。
『葡萄色の可愛い可愛い後輩ちゃんへ
楽しいお茶会へのお誘いありがとう。とても楽しい時間を過ごせました。
美味しいお茶と新たな物語の誕生に立ち会えることへのささやかなお礼をご用意致します。
三日後、紅鏡の日の朝をお楽しみに…
真紅の魔女より』
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