6.放課後

その後からの授業はオリエンテーションという名の地獄と聞かされたので早々に退散し、深澤さんに指定された化学準備室へ足を運んだ。そこは管理が杜撰な先生の住処のようになっていて、いつでも空いている上、今は明日の入学式の準備のため先生もいなかった。

人気のない部屋を改めて見回すと、散らかった書類の山と旧式のパソコンが目に入り、それから近くの戸棚には蛇の剥製がある。それから破れかぶれのソファの上に脱ぎ散らかしたシャツだのタオルだのが丸まっていて、微妙な悪臭が鼻をつく。

遠くで声が聞こえる。誰のかなど知ったことではない。小さいスペースでできる筋トレをこなし、弁当をどうしようかなどと考えていた。


昼になり、紛れも無い蒲原さんの声がして、俺の弁当をもって現れた・・・深澤さんとともに。

「俺のことは、空気と思ってくれ!他言の心配無用!」

「蒲原君、ありがとう。・・・浪花君、ごめんなさい。」

泣き出してしまう深澤さん。本当のところ、彼女とは小学校から一緒だがこれまでほとんど話したこともなかった。だから、謝られるようなことも、ないはずなんだけど。

「大丈夫?」

「私のせいなの。あの人があなたをいじめるようになったの、私のせいなの。小学校三年生の時、あの人から告白されて、私、他に好きな人がいるからって断ったの。それで、問われるままあなたの名前・・・言ってしまって。」

それで、思い通りにならないことばかり、か。・・・ちょっと待てよ。でも、深澤さん結局彼女になったんだよな?ならもう俺に関わる必要、なかったのでは?・・・一応、一応、歪に出た善意ということにしておこう。考えるのが少し怖い。

「もし、あのとき受け入れていたら、もしあのとき言っていなかったらって、後悔して、苦しくて、 それで、私から付き合いましょうって言って・・・あなたにもできるだけ冷たく当たった。なのに、あの人は変わらなかった。ごめんなさい。私がわがままだったせいで・・・あなたがいなくなってしまうまで、ちゃんと向き合えていなかったことにすら気づかなかった。夏からずっと、後悔してもしきれなくて。

お願い、今更だけど、私にできること、なんでもいいの。何かさせて!」

先程の鮒羽の表情が頭をよぎる。もう別に、なにかをして欲しいわけじゃない。特に深澤さんにはなんの落ち度もないし、小学校という結構な過去を取り上げて、なんとかして欲しかったなんて言えないしね。なんだか清々してしまった。小三のときやたら付きまとって友だちを引き剥がしにかかっていたことの理由はよくよくわかった。

とにかく、今俺が深澤さんに言えることを考えなければ。

「えっと・・・深澤さんは鮒羽が好きですか?」

「そんなこと!ありえないわ。」

「 それなら、すぐに別れてください。今のままでは、多分ですけどお互いのために良くないですから。

鮒羽がどう思っているのかはわかりませんけど、少なくとも、無理しているかどうかくらいわかると思います。もう絶対に、誰かのために付き合うなんてやめてください。俺はもう、一人じゃないし、楽しみに思えることもあります。だから、自分を責めたりしないでください。

それに元々、深澤さんはいじめに参加してなかったじゃないですか。実はずっと、鮒羽の彼女なのになんでなんだろうって不思議だったんですよ・・・俺はその事実だけで、十分です。」

「変わらないわね、浪花君。あんな酷い目に遭ったのに・・・ありがとう。私、別れ話提げていくわ。」

「何かありそうなら俺が必ず守る!そのために卒業したんだからなああ!」

「俺は・・・」

二人掛かりで止められてしまった。それから三人で弁当を食べ、深澤さんには量に驚かれてしまった。やっぱり普通より食べるんだなと、初めて実感した。

「この後の予定なんだっけ。」

「もう帰って大丈夫なはずよ。特に38組は色々免除されているから。」

「浪花、何も心配しなくて大丈夫だからなあ!また明日!」

授業開始のチャイムとともに配管伝いに下りる。携帯貴重品の類は無論身につけているし、教室には古い空のバッグしかない。それはまあいいとして。


皆んな早く卒業しないかなあ。

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