7.懐かしい入学式
今日が入学式ということだが、今年は他人事ながらお祝いムードも出せる気がして来た。中学高校の入学式の気分は最悪だったが、今年はそれでも楽しみがあるおかげで憂鬱が軽減されている。八重川さんが来たら、あのキッチンでは初になる人に作るためのお菓子作りもするだろうし、料理を作りすぎても食べてくれる胃袋、神田くんもいる。両親が来てくれた入学式を思い出さなければならないほど、今年はこれが寂しくない。
朝からそんな調子で微妙に浮かれ気味だったのが災いし、途中で調子に乗ってランニングなんてやっていたら結局時間ギリギリで到着。もう入学式は始まってしまっている。が、仕方がない。俺はいくつかやることがあるから遅刻だ。
まず、弁当を隠し、教科書を隠し、それから職員室で遅刻の申告をしたら、クラスで待機を言い渡された。
・・・でさ、なんでみんな普通に参加してないわけ?そう言えば昨日深澤さん、このクラスは免責事項が多いとか言ってたな。
「のろいねー。ははは。」
中村中田ナ行は悪夢か。昨日は気にしていなかったが何気に席が近い。大学考えてないなら学校に来る意味ほとんどないんだが。
「臆病者健在ってな。」
まあいいや。ギャラリーは。しかし今日鮒羽は休みか。
・・・・・待てよ。待てよ待てよ。西遊記メンバープラス深琴君に事情説明しておいた方がよかったのでは?完全に敵視されている鮒羽、どこかでばったり会っちゃった瞬間に何かされないとも限らん。蟠りが完全になくなったとは言いがたいが、病院送りはさすがに気の毒だ。今からでも電話しておこうかな?いやいや、そろそろ卒業ってタイミングは色々多忙だからって、昨日も電話しなかったんじゃないか。
そのうちにチャイムが鳴り、自制が解かれる。ムズムズと動き出すのは本当に春の虫のごとくだ。さて、逃亡するとしようかな・・・・・
「せんぱーい!!ああ、久しぶりっす!」
「うん?神田君・・・」
嬉しいけどさ。扉が開いてるのをいいことに、数メートル先から飛び込んできましたよね。
「あ、卒業おめでとう。」
「ありがとうございます!それから、俺クラス隣っすよ!」
「もしかして、編入試験通って?」
きょとんって。君まさか年齢考えずに入ったの?
「早いですよ、神田さん。・・・浪花さん!」
飛びついてくる可愛い子。心のオアシス深琴くん。
「僕、高校入学許可してもらえたんです!それで、八重川さんだけは特殊免許まで頑張っちゃってるので、入学は遅れてしまいますが・・・」
「ちょ、ちょっと待て。まさかみんなうちの高校入るとか?」
「当然っすよ。何のために卒業したと思ってんですか!ご飯のためだけじゃないっすよ!」
ある程度予想していないでもなかったけど・・・まさか深琴君まで入ってくるとは思わないじゃないか!もしかしてもしなくても、そのまま大学とか行っちゃうのか?それは色々と勿体無い気もするんだけど。
しかし、この二人がいるってことはだな。
「でも神田さん、経歴がクリーン過ぎて残念でしたね。久松さんと違って・・・」
「ああ?」
「あ、久松。」
やっぱりか。雷鳴の音。久々にみるぞ、この大男。
「お前、調子乗ってこの1ヶ月で鈍らせたりしてないよな?」
「誰に向かって言ってんだよ。俺が手抜くわけないだろ。」
「どうだかな。」
「なんだと?」
腹ただしいのも変わらない久松、暫くツンケンしていたところに。
「お黙り!」
頭にバシッと。なんだか懐かしい痛みだなと思ったら。
「君らほんとに懲りないねえ。」
「橋下さん!!」
え、まさかのオーバー二十歳で高校入学?制服は免除されているか、さすがに。いやいや、普通にうれしいんですがね。このクラスだけ年齢差がとんでも無いことになりはしませんかね。
「まさるん、顔に出やすいよね。高校生になるわけないでしょー、俺、教師。今年からここに入ることになったんだー。補助教員としてだけどねー。」
ちょっと待って?ねえ、ちょっと待ってよ!色々突っ込みたいところだけど、結局何、折角学院卒業して、皆んなと・・・特に、C組で一緒に頑張っていた人たちとはほとんど会えなくなるとか思ってしんみりしてたのに、皆さん高校に通うんですか、そうですか。未だ会ってないの、遭遇率高そうとか思ってた谷崎先輩と勇子さん、それから夜間の黒部さんくらいなんだよな・・・。
で、改めて今目の前にある現状を整理すると?
神田と深琴君が飛んで来て、それから久松が登場、背後に橋下さん・・・いつの間に回り込んでいたんだろう?なんかもう、皆さん目が点です。当然です、当然ですよ。顔面偏差値おばけがいきなり乱入してきたわけですから。
「教員免許とか、どうしたんですか。」
で、空気も読まずに聞きたいことだけ聞く久松。なんかすでに懐かしいの域だ。
「あの学院、大抵の資格とか免許取れるよー?君らみたくトレーニング重視派でぼんやりしてても、二、三くっついてるはずだけどな・・・」
それに普通に答える橋下さん。
「俺、二つくらい、いつの間にか付いてたっす!先輩どうでした?!」
「え、俺普通に卒業資格だけだと思うんだけど・・・」
神田君に振られ、もしかしたらと思って認定バッチを取り出して見る。・・・どうやって見るんだろう。このハイスペックバッチ。
橋下さんが見兼ねて、 にやにやしながらバッチを受け取ると、やっぱりねとかいいながら見せてきた。
「君ねー、普通に9クラスでついていった上特殊コースマンツーだったでしょ。20個くらいあるよ?ま、俺には負けるけどね。」
どんだけ資格とったんだ?この人は。ま、久松が苦虫つぶしているところを見ると、勝ったんだろうね。快感。
「ち、調子にのるなよ?卒業成績は俺の方が良かったんだからな!」
「一月余分にいたじゃないか。」
「んだと・・・」
「はいはい、おだま・・・」
「うおおおおお!!橋下さん、う、うわあああ!!」
感涙にむせぶ筋肉。一緒について来たらしい深澤さん苦笑。休み時間がいつの間にかとんでもないカオスになり始めている。身長差50センチくらいある巨人と小人に筋肉隆々が混ざると、神田や橋下さんが普通に見える。
「そ、それに夢のくにちゃんまさきゅんの実現!」
「僕もいますってば!」
手足ばたばたさせる深琴君が可愛すぎる。なんですか、この可愛い生き物は。
「西條までいるのか!・・・」
「もしかしなくてもさー、西條ってまさるんと同じクラス?」
「もちろんです!一応脱獄歴あるので、問題児ですから。」
あ、忘れかけてた前髪処分フラグ。ほとんど どうでも良くなっているんだが。
「そうだ、忘れるところだった!浪花はもう入ってくれることに、深澤さんはマネージャーで、筋肉同好会を結成したのだ!」
「俺入る!楽しそう。」
「 僕、浪花さんがいるなら入りたいです。」
「・・・・ひとついいか。そのギャグ みたいな名前の同好会、需要あるの?」
「久松、よくぞ聞いてくれたあ!顧問には小林という、元学院教諭がついてくださったのだ!それに伴い、学校外からもエントリーがあったのだ!」
「え、そうなの?」
初耳です。というか、深澤さんはそれでいいのか?
「気骨ある少年たちで、顧問も気に入られた。これで、筋肉、技術を落とすことなく生活できるぞ?」
歓喜の叫びをあげる久松、深琴君。 脱走歴二回の神田は微妙な表情ですが。
「お、まさるんランク上げしたんだー。すごいすごい。」
「ランク?」
「・・・・・これ言うとまた戦いになりそーだから、やめとくよ。」
因みに参考までに。優さんの情報によると、通常、EからFランクから始まるが、霜月の卒業生はだいたいCかDからだという。このランク次第で、護衛できる人物の階級が決まるらしい。因みにAランクを取得すると、ほとんどそんなことを気にしないで仕事にありつける。つまり、深琴君が実は国家元帥だったとしても問題ないわけだ。
「でも、これだけの期間でAランクなんて凄いですよ、浪花さん。」
「変な挑発されたの、ちょっと気に入らなかったから・・・」
「あれほど、危ないことしちゃダメって言ったのに。」
だって、忍川さんが間接的に、時間内でコンプリートは不可能って言ったんだもん。しょうがないんだよ深琴くん。
「はっ、保護者同伴とかどんなだよ。」
首締めにあった中田が思い出したようにちょっと遠くからヤジを飛ばしてきた。俺はともかく、この集団に茶々入れられるとは中々肝が座ってらっしゃる。
「君誰?」
「中田 太郎って言いまーす。っていうかさ、教師が肩持つとかダメっしょ。 教師は平等が原則っすよね?」
「いやー 、俺ね、一応教師として雇われたんだけど、このクラスの補助教員って位置づけなんだよね。
まあ形式的には、だけど。
それで中田、君平等が当たり前って言ったけどさー。生徒間で不平等なのに、教師が平等でどうするのー?それって何の補助もせずに、皆んな平等に接していれば幸せとか思ってるのかな。だとしたら相当お気楽だよねー。
あ、それから浪花と久松は学院の課題やりなよー、授業は体育だけ受ければいいからー。話つけといたから安心してねー。」
「ありがとうございます!」
些か不安になっていたコンプリートがぐんと近づいた。
「うぜえ。わらわら出てきやがって・・・」
佐倉が殺気立つと、自然深琴くんを庇う体制になる。俺に手を挙げるのは勝手だが、他は我慢ならない。
この時チャイムが鳴りヘタレ先生が登場し、神田と蒲原さんは教室に戻っていった。が、緊迫し始めた教室の中が静まるはずもなく。
「その二人は自己紹介を・・・」
「いらねえだろ!こんなやつの仲間とか、興味ねえし。」
あ、これ花岡さんですよ?なんだか中村以外はレベルアップしてる感じですね。
それにしても。俺のせいで彼らの評価まで下がるのは我慢ならない。本当なら八重川さんが来るまで待つつもりだったが、しかし久松のようなやつ、橋下さん、蒲原さん、もしかしたら他の人たちまで低い評価をされてしまうのは、絶対にいやだ。それに・・・八重川さんが来た時、周りの人たちの扱いがひどかったらどうだろう。それまでに俺の評価が改善されていなかったら、彼にまで類が及んでしまうかもしれない。
だが、前髪切っただけで変わるのか?保証はどこにもない。ただ・・・俺には守らなきゃいけない、何を引き換えにしたって守りたい人達がいる。それは身体的な暴力からだけじゃなく・・・精神的なものからだって!こっちの方が数十倍きついんだからな!だから、できることはするんだ。
「・・・深琴君。切ってくれる?」
嬉しそうに笑う深琴君と、ため息を吐く久松、橋下さんはにやにやしている。あ、そういえば唯一久松だけは知らなかったな。
「あとで、ちゃんと理髪店行きましょうね。」
ってさ、前置きもなくほんとばっさり来たね!?工作用バサミでよくぞばっさりと、こう、ばっさりと。
確か先輩の言葉を借りれば犯罪レベル、中野曰く想像を絶する顔、ただの恐怖だろ!
「・・・おまえ・・・喧嘩売ってんのか!」
「は?なんだよ。目が三つの何が悪い!」
「あ、鏡どうぞ。」
深琴君が取り出して来たので恐る恐るのぞいてみたが。
「・・・・普通に眼二つに鼻一つだな。よかった。」
橋下さん爆笑。いや待て。俺にとっては重大事件だぞ!?バケモノみたいな顔で見せられないっていうなら、目が 四、五個あったっておかしくないと思ってたんだからな!
「まさかさ、まさるん、ほ、ほ、んとに、それ、言ってんの?」
笑う橋本。声震えすぎですよ。
「・・・いや、だって、小学校の時から一度も鏡なんて見てませんから、なんていうか・・・想像を絶する犯罪レベルの化け物のような顔って言ったら、パーツの一つ二つ増えててもおかしくないかな・・・と。」
久松は頭を抱え、深琴くんは笑う。さてクラスは・・・
目が点。いや、普通に部品揃ってるのらいいとしてくださいよ!絶句するほどの何物も潜んでないぞ?
「おまえ・・・絶対もう鏡見んな!その認識のままでいろ。その方が絶対面白い。」
「あ、久松さん。それ僕も賛成です。手入れとか僕がしますから、鏡見ないでくださいね?」
・・・え。なぜ?まあいいけどさ。それより不気味なクラスメイト。普段嘲笑ってる人たちまでなんかメガテン。そんなに衝撃的でした?伐採ショー。・・・やっぱりあいつがいるところで切った方が良かったのかな。いやいや、そこまで気にしなくてもいいか。
「そういえば、鮒羽さんって・・・」
「それはいいんだよ。もう。」
やっぱりちゃんと、八重川さんにも話しておこう。ものすごく一方的に縁を切られた感じだが、だからと言って今更過去のあれこれを蒸し返すのも気分のいいものじゃない。許すだの許さないだのの問題でもない気もするし。
そんなこんな、結局その日はその後何事もなく半日で終了した。
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