一人部屋にて ③

なぜ、こんなことになってしまったのだろう。

天も地も赤く染まり、目の前に広がる荒野には毒のような川が流れている。

人間の一生の、なんと儚く脆いものか・・・

足元に転がっている死体からは川の流れを思わせる鮮血が流れ出し、その目に光はなく


「おいちびっこ。それまさか、遺書じゃないよな?」

血塗れに見える久松さんはゾンビのごとく起き上がり、僕の肩をがっしと掴んでいた。


事の発端は言わずもがな、料理である。メンバー随一のお馬鹿、神田氏をこの部屋に招き入れてしまったことが引き起こした大惨事は、順を追っても恐らく理解しきれる代物ではない。


しかし預言者神田は確かに、こんな未来を予測させる言葉を残していた。


『料理は学だ』


名言も、馬鹿が使うと迷言に変化することを僕は学んだ。いや、もっと以前、守護神浪花が初めて山入りを果たした時、学んでいたはずであった。


過ちは繰り返す。学んでいても行動を伴わなければ意味がない。分かっていても止められなかった、この悪魔を。


事の発端は、料理の鬼浪花氏の手料理に飢えた二匹の狼が聖地巡礼と銘打って、この神聖なる部屋に雪崩れ込んだことである。


弘法筆を選ばず。


だが素人は筆を選ぶ。


つまり、彼らは同じ場所で料理をすれば、魔法のように再現されるという錬金術のごとき、また飢饉に襲われた村人の信仰のごとき発想から、徐に卵を取り出したのであった。


「助けは、来ない・・・」

「久松さーん!!」


力なく崩折れる彼に、すでに生命の気配はなく、悪夢のような部屋・・・荒野の中、屍を晒している。ただ一人立っているのはすでに、悪魔の笑みを浮かべた神田大魔神のみであった。


走馬灯のように思い出されるのは、なぜか当然のように爆発した哀れな卵と、砕け散ったその殻も化学の力によりタンパク質を合成できるという神のような発想で湯せんにかけられ、さらにその中に塩だの醤油だのが入れられる記憶だ 。

当然なんの反応も示さない卵の殻に苛立った短気な魔術師神田は殻を制服せしめんと、すでに食材とは呼べぬものまで購買・・・物売りの爺さんから買い込み、片はしから鍋に放り込んだ。


料理は化学だとのたまって。


彼の理屈はこうだ。

料理は化学、つまり化学によって生み出されたもの。即ち、化学によって生産された物体も、必ず料理になるはずだ、と。


何と何が反応を起こしたのか、すでにわかるような状態にはない。因みに炭酸水に塩を入れただけでも反応が起こるのだ。人間の叡智の数々が闇鍋のように茹でられれば、世界の終わりが訪れても不思議はない。


さよなら世界、さよなら輝ける明日・・・



「ってことがあったんですよ、浪花さん。」

もちろん、ありのままには伝えらません。きっと卒倒して神田さんが地獄の三丁目を見ることになるに決まっていますから。でも、過分にデフォルメしたこの話を聞いている浪花さんに、ついこの間まで生活していた部屋が異空間になっていることを伝えたらどうなるか、知りたいような、知りたくないような気がしています。

「電話、そんなんでよかったのか?」

「あれを見て、よくそんなセリフが出て来ますねっ!」

八重川と空気の読めない魔王神田氏が受話器を奪い合っています。本当に、皆んなから好かれる人なんてろくなものじゃないですね。好きなものは好きですけど。

「僕決めました。久松さんには僕のサポート係になってもらいます!」

「・・・それさ、友達じゃだめなのか?」

「そうとも言うかもしれません。浪花さん攻略同盟です!」

さて、これで協定を結びました。神田さんは恐らく泣き落としでこちらにつくでしょう。八重川さん、絶対に負けませんからね!

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