*君の目線
ここ二、三日は私の帰りが遅かったせいか、見かけなかったのだが。今日帰ると普段通り、彼はベッドにだらしなく寝転がっていた。
「お帰りー。」
「君、もう少し取り繕えばイケメンなのに。」
「そんな必要ない。もう取り繕うのも飽きた。かっこいい奴は何もしてなくてもかっこいいし、美人は気取らなくても美人なんだよ。」
名言のつもりか?確かにその通りかもしれないが。
「で、最近学校は?」
「ちゃんと行ってるよ。誰かさんがうるさいから。」
ならそろそろ家に帰れと言いたい。
「ああ、そう。学校といえば昨日遠足があったんだ・・・全く、無自覚のままでいさせるのもいいが、たまに不安になる。相思相愛なら何の問題もないけど。」
・・・ここ最近話を聞いている限り、失恋した男から、息子の今後を心配する父親みたいな様子になってきている。ある意味心配だ。
「ほんと危なかったんだよなあ。もう少し自覚してほしい。」
ならその人に直接言ってみたらどうかと言って見たところ、これまで散々傷つけてしまったため、二度と話はしないと言う。それが、相手のためと言って誤魔化して来た自分ができる、最後の誠意だと。
「で、君はもう恋人も作らないと?」
「そんなこと知るか。あんたこそ、そんな体質じゃ彼女いたことないだろ。」
「許婚はいたし、デートもしたが結局、弟に取られたな。」
「うわ、それ俺なんかより悲惨だな。」
「そうでもない。三兄弟の真ん中なんて、一番気楽だよ。」
話をすりかえるなと怒られつつ、朝食を用意してやる。私の基準からすると、まだまだ痩せすぎだ。
「その遠足で、何があった?」
長くなってもいいかと言いながら、私に色々話してくれた。
「遠足で行った先、どこだと思う?プールなんだよ、これが。三年の最後の遠足は大体遊園地になるんだけど、このクラスに釣られて他のクラスも大概屋内プールだ。多分、他クラスはあの集団のせいで女子に押し切られたんだろう。」
浪花、久松、八重川・・・なるほど、その気分はわかる気がする。恐らくこの、今は自堕落な男もそんな目線に晒されているに違いない。
「・・・それにしても深澤、 蒲原と付き合ってるのかな。」
思わず指を切りそうになった。護衛対象が年下で女性とまでは聞いていたが、本名までは知らない。実際に名前が出ると中々に衝撃的だ。
とにかく変な声をごまかすべく、その女性について聞いて見る。BLもので本まで出していることは知っているが。
「俺の元カノ、一応。美女だよ。」
二度びっくりである。
「・・・君が言うならそうなんだろうね。」
「お前ほどじゃないけど。」
「いや男だよ、これでも。」
芝居掛かった驚きましたのジェスチャー。小憎たらしい男なことで。
「ああそうそう。それで、折角のプールなのに、蒲原がずっと張り付いてるって言うんで男子が絶望してた。絶対勝てないって、ビジュアル的に訴えてくるからな。」
「若いねえ。」
「おいおい、そんな年変わらないだろ。」
「この一年二年の差が大きいんだ。」
どこの爺さんだと言われつつ、派手なその集団が皆の予想を裏切らずマッチョから細マッチョだったこと、その中でも少し細めだからといって浪花が気にしていたこと、それを見ていた男子が隠れて自分の腹を気にしていたことなどを話す。
「それでさ、奴ら体脂肪率が低いらしくて、プール浮けないんだって。久松と浪花が先生に突き落とされて真っ青になってた。」
「それ、体罰なんじゃ・・・」
「いや、まあ、大丈夫だと思う。」
何を根拠に言ってるんだか。
「それでさ、溺れるかもしれないのにビーチバレーやるとか言い出して、ちっこいのまでそれに参戦したんだ。因みに、浪花は百八十センチ、久松は二メートル超えているくらいの高身長だ。その中で百五十あるかどうかのちっちゃい西條が参戦って。すごい絵面だろ?それでチームが、浪花、八重川、西條対久松、神田、蒲原になった。因みに神田は脚力がすごいんだ。入学式の時、リアルにスカイウォークしながら浪花に飛びついてたよ。」
なるほど。しかしそれは・・・ どっちに分があるのだろう。
「俺たちの予想では、やっぱり超高身長とバネがある神田、それから力が強そうな蒲原がいる方が勝つと思ってたんだけど。だって西條とか、普通に足が付くか付かないかだからって、久松と浪花がめちゃくちゃ心配して浮き輪だったんだ。・・・過保護でさ、あいつら。確かにちっこいのは可愛いけど。
でも、そんな外見なんか殆ど意味なかったな。西條が司令塔になって、鋭いアタック対応の八重川に攻撃の浪花。バランスが取れていたんだ。
それでさ、浪花がアタックするたびに外野から歓声が上がるものだから、なんで?って顔してるんだよ。普通にかっこいいから。」
その楽しそうな顔、学校ではどんな風になっているのだろう。思い出話の方が楽しいことが多いのはそうだろうが、その話をするのが私でいいのだろうか。
「それで、相手チームの方は?戦力は十分らしいじゃないか。」
「そう思うよな、やっぱり。それが、まず神田と久松がアタッカー争いになって、 蒲原のフォローを全部台無しにしたんだよ。久松ってやつは、普段は冷静っぽいのに浪速が絡むと全然ダメになるんだよな・・・」
なるほど、蒲原が推す理由がなんとなくわかったような。親友ものよりはライバル者の方が想像してて楽しいとか、前言っていたし。
「その勝負を見てた、橋下っていう・・・さっきプールに突き落としたって言った先生。あの人さ、すごいゆるそうに見えるけどかなり筋肉質なんだよ。しかも、誰かをいじめようとした奴らに容赦がない。本当は結構いい先生だよ。・・・どうした?」
「いや、ちょっと懐かしくて。」
橋下さんには学院で本当にお世話になった。家がオカルト好きで、自分自身もそうだったのに・・・体質的にも夜が向いていたのに、暗所恐怖症という致命的な欠陥を抱えていた私を支えてくれ、蒲原と引き合わせてくれた。そうでなかったら、あそこにだって居場所はなかっただろう。
「ほんとどうした。」
「いや、君がいてくれてよかったと思っただけ。」
「・・・いつも思うけど、絶対言葉が足りてないよな。まあいいけど。」
真向かいに座っていた彼は隣に移り、また話し始めた。
「それで、その橋下先生がこのチームだと分が悪いからって、独断と偏見で、浪花、久松、八重川対蒲原、神田、西條ってチーム分け。」
「ちょ、ちょっと待って。平均身長がちょっとおかしいんじゃない?」
「そう思うだろ?そしたら、今度は浪花と久松がボール争奪戦になった上、なぜか西条が八重川に対して闘志を燃やしてさ。神田とか、水面より高く飛ぶんだよ。でも八重川ってやつも凄くて、そこから繰り出されたかなり速い球も難なくとった上、ピリッピリしてた二人も黙らせたんだ。 あいつ、浪花と二人の時は天使に見えるくらい綺麗なだけなんだけど、そうじゃない時はなんていうか・・・人一人は少なくとも殺してそうな顔してんだよな。」
蒲原の脳内を推して知るべしだな。ドンマイ、八重川。
「それで、決着は。 」
「 接戦だったけど、結局低身長チームが勝ったよ。結局あれもバランスだよな。」
因みに彼は今の時点で、2人前を想定した量を何の気なしに平らげている。さすが男子高生だ。
「それで、こっからだよ問題は。浪花って奴が、本当に無用心というか、敵意に対しては敏感なくせに、自分への目線には徹底的に鈍感なんだ。その結果もう少しで襲われそうになって、人伝に八重川を向かわせたんだ。ほんと、こっちの心臓がもたない。」
本当に話していないのか。前に爺さんと約束したとか言っていたが、どういうことだろう。
「そうそう、バスの中もなかなか面白かったよ。俺の真後ろの席に西條と久松がいて、ぽつぽつ話してるんだけど、並んだ感じとか雰囲気が、もう兄弟とか通り越して親子なんだよ、身長差も。その中で浪花はブラコンこじらせた兄みたいだし、八重川は西條から見ると兄を取ろうとする嫁みたいな。」
八重川も変わったなあ。これまでツンケンしてて、普通触らぬ神に祟りなしって感じだったから。
「 それでさ、なぜか女子が騒ぎ出したから、何かと思ったら。俺の斜めうしろの席、八重川と浪花の所が注目の的だったんだ。仲よさげに寄り添って寝てて。先生が盗撮してた。・・・アウトだよな。」
「・・・・・その件は、アウトよりのセーフにしておく。」
「なんだそれ。・・・でも結局、八重川にバレてすっごい怒られてた。あの先生、普段はいい先生だけどあの集団にだけはいろいろおかしいんだ。その後なんか電話してるときとかすっごい真剣そうなのに。」
楽しそうに笑う鮒羽はやはりどこか寂しそうだった。これまで話を聞いていても、一度も自分のことも、友人のことも口にしていない。それがただの秘密主義なのか、それとも話すべきことがないのか、私には分からない。
「羨ましいのか?」
「さあね。」
必要とされないと言っている人は、私の経験上、本当は縋れる人を探している。きっと本人は自覚してないけど。
「鮒羽、大丈夫か。」
「あんた優しいな。そういう奴ほど搾取されるんだ。」
「ひどい言い方だな。・・・私にとっても、本当に君がいてくれるのはありがたいんだが。」
そろそろ本格的に眠くなって、いつもひとまとめにしている髪を解く。時計を見ると、もう朝の6時を過ぎている。
「どうして?」
「え?・・・・・ああ、まだやっばり暗いところに一人でいるのはたまに怖くてね。」
「それ、部屋のせいなんじゃ。」
「この部屋と私の設定は、暗所恐怖症を軽減させるためだから・・・。」
まだ寝たくない気分だが、ものすごい睡魔に襲われてどうしようもない。船を漕ぎながら呻いていると、鮒羽が動かそうとしてくれているのか、肩に手が回ってくる。
「まだ、寝たくない・・・」
「お前、人には帰れっていうくせに、引き止めるようなことばっかり言うよな。」
支えてもらってなんとかベッドに横になると、まだほのかに暖かさが残っていた。
「そういえば、下の名前は?」
「正隆。もう遅いから、一度家に帰りな。・・・また来ていいから。」
「 はいはい。 」
軽い返事を聞き流して、眠りを手繰り寄せる最中に、彼の顔が近づいてくる気配があった。
「正隆さん、おやすみ。」
それだけいって、出て行く音がした。橋下さんに聞いたところ、浪花にちょっかいかけていた「王様」だったらしい。今では見る影もなく大人しくなったとかどうとか。
おとなしくはなってない。彼は間違いなく、横暴な王様だ。
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