2.爆弾は投げられた

ものすごい提案をされて頭真っ白になって迎えたテスト最終日。よりによって数学。終わって仕舞えばあとは知らん。どうにでもなれよだ。

それにしてもあの子、どこであんな言葉覚えてきたんだろう。凄いを通り越して怖いよ、今時の小学生。

「おい浪花!その邪魔臭い前髪切り落としてやろうか。」

俺より背低いくせに生意気言ってんじゃない!へらへら笑うな!って、まあ俺無駄に背が高いだけで運動も勉強も何もできない上に、沼男ばりに癖っ毛の前髪おばけで口下手だからもういじめの標的ひゃっほいなんだけどね。

「やめとけよ、佐倉。こんな気色悪いやつに絡むだけ時間の無駄だ。」

ちなみに、俺にも友人はいるよ。一応。猫だけど。それも最近見なくなっちゃったけど。それでも、なぜだかまだ生きている。呼吸をしている。理由は?死ぬのが怖いから。爺さんが遺してくれた財産が残っているから。なぜか俺名義で購入されていた無駄に広いマンションがあるから。・・・家にあの子がいるから。

「馬鹿かな。」

「やっと自覚したのか?はっ、佐倉は甘いよな、こんなみすぼらしい前髪一つで笑ってんだからさ。まあ、俺の記憶違いでなけりゃ、お前の顔なんて化け物以外の何者でもなかったわけだ、隠したくもなるよなあ、浪花君。・・・そろそろお遊びの時間だろ?根暗お化けの雅都君?」

今から俺に暴力という名の遊びをしようとしているのは、幼馴染の鮒和ふなわ一臣かずおみだ。学年でも三本の指に入る長身の俺より背が高い、稀有な存在・・・でも今日は遠慮願うよ、なんといっても多分・・・多分だけど心配してくれそうなあの子がいるからね。

「・・・おい、どこ行く気だよ。まさか帰るつもりじゃないだろうな。」

佐倉は太っちょでなんとなく不潔感のある、 団子鼻の典型的なカースト最下位層の雰囲気が滲み出た、弱い者が大好きな男だ。で、なんで鮒羽が俺に絡んできた途端に離れたかといえば、彼が間違いなくバラモン並みに最上位に君臨する王様だからだ。

・・・そんな王様が、カーストからも外されてそうな俺になぜかご執心。

「お前に俺からの誘いを断る権利があるとでも思ってるわけ。」

「今日は都合が悪いから。だめだ。」

鮒羽がなぜ王様か。一にも二にも顔がいい。ふつうに美形。そして運動神経が何を取っても並外れている、勉強もできる。・・・俺に対して以外は、優しさと厳しさのバランスがいいらしく、人望が厚いのだ。

こいつをみていると、つくづく神様というのは平等じゃないと思ってしまう。スタートラインは同じだった、努力が足らなかったんだ。それは納得している。・・・でも、決定的に違うもの、それは神の采配としか言いようのない運命だ。川が流れるのが当然と思っていたある日干上がる恐怖、まるで雨粒が雲の中に戻っていくかのような足場の揺らぎを彼は知らない。それが人によって持つ意味は変わってくるだろうが、俺はその後の出来事や不運をきっかけに、自信というものを落っことしてしまった。そして、転落。

この空き教室、どれくらい俺の血を吸っているのだろう。このまま肉片が散らばったら本当に生命を持つかもしれない。

「泣き叫べよ、面白くもない。忍従なんかされたって、退屈しのぎにもならないんだからな 。」

先程、いじめられっ子の素質満載と言ったが、そのほとんどは物に対する、あるいは言葉による攻撃であって、身体的な痛みを伴うものはこの男より他にほとんど受けたことはない。それも、団子虫よろしく丸まってしまうとそこまでの打撃にはならないし、刃物で腕や背を切られても、そんなに深く傷はつけられていなかったりする。王様は王様でも、イヴァン4世ではないらしい。まあ、杖で殴り殺したりしたらそれこそ人生オワリ・・・

顔が真っ青になったんだろうね、襟ぐり掴んで起こされた。

「お前、随分余裕だな。この俺に相手してもらっている分際で考え事か?」

人生終わりそうなことやらかしたの思い出したなんて口が裂けても言えない。

「鮒羽、すまないが、そろそろ帰らせてくれ。」

俺の悲鳴か。教室に響き渡って吸い込まれていく。わき腹を刺されたんだ。痛いに決まってる。

「誰のおかげで物的被害のみで済んでいると思っている?それもお前が小賢しい真似をしているおかげでほとんどできないそうだが?」

多分半世紀経っても変わらないいじめの数々。たとえばノートの切り絵アートとか、体操着水入りとか、机が幼稚園児使用になってたりとか、そんなん一度あったら二度目がないようにするのが鉄則。ま、机固定しといたのはやりすぎだったみたいだが。

しかし王様も王様だ。なにを恩着せがましいことを言っているのやら。

「・・・まあいい。傷口、消毒くらいしないと化膿するから、しっかり始末しとくんだな。とっとと帰れ!俺の視界から早く消えろ。」

この人、何気に事後処理までしてくれる。やり過ぎの自覚はあったらしい。

目先の問題は、あの子の名前をどう聞きだすか、だ。一晩一緒にいたにもかかわらず、俺が愛人発言にノックアウトされてしまったせいで風呂に入ったのさえ覚えていない。

・・・待てよ、俺も名乗ってないような・・・

「馬鹿だな・・・あれ。」

父親に連絡とか言ってなかった、あの子。公認?本当に?・・・許可したとしたら親は親で無神経だし、そうでなかったら家帰って即お縄では?

そもそも誘拐とか言ったら、普通連絡手段くらい断つでしょ!・・・あ、でもあの子にボクまだ何もしてないし、付いてきたのあの子だし・・・

「都合よく考え過ぎかなあ」

「阿呆みたいに突っ立ってないでよ、そこ、邪魔。」

今俺を軽く睨んでいる深澤さんは学年一の美女で、鮒羽の彼女。にも関わらずいじめに参加してないことは知っているが、だからこそ印象が薄かったりする。黒髪の長い典型的な美女だが、顔からは気の強さが滲んでいる。まあ顔という点で言ったら少なくともお似合いカップルだろう。

さて、次の課題は、この汚れた服・・・と言いたいところだが、実は着替えを隠し持っていたりする。学ランみたいなかさばるものはともかく、被害に遭いやすいワイシャツなんかは皺皺になっていても血が跳ねてるよりだいぶマシだと思ってね。



「お帰りなさい、浪花さん。」

人が、人がいる!それも可愛い子。今すぐ小さい頭撫で回したい。

「ただいま・・・あれ、俺名乗ったっけ?」

「保険証、ちゃんと持ち歩いた方がいいですよ。学生証まで出しっ放しはだめです。」

「学校で落としたりしたら大変だろ?だから、家に置いてあるの。」

警察が来た形跡はない。人の出入りそのものがなかったみたい・・・あれ。

「学校、行かなかったの?」

「ええ、まあ。・・・それより、身分証明のできるものは持ち歩かないと。あなた、外見がそれでは普通に不審者ですから。」

外見不審者・・・もう中身も不審者だよ!

「苦しいんですけど。」

嫌がるのわかってても抱っこして頬ずりしてしまう、猫に対してだけの欲求が目の前の子に炸裂する。

抱きしめてしまった・・・変態の自覚はあるさ。でもあったかいし、おとなしいし・・・

「俺、十分不審者だと思うけど?」

「あなたは不審者じゃなくて、立派な・・・ええと、小児性愛者です。」

雷撃を食らった主人公は、大抵息を吹き返すと思う。あくまで、主観ですが。しかしこの強烈なレッテルは・・・受け止めきれる自信がありませんよ。

「そんなにショックですか?でも、他に何があるんです。」

言葉だけで心を砕く破壊魔が、綺麗な目を持っているなんて誰が想像するでしょうね。

「親兄弟でも親戚でもないのに、真昼間に家に来いとか言ってきて。それで今も僕にしがみついて離れないなんて他に何があるんです?あ、友達カテゴリーはちょっと気持ち悪いのでやめてください。お兄さんにするにはなんとなくあなたに悪い気もするし、えっと、保護者にしては未成年ですから、結果的に」

「ショタコン・・・さ、さすがにそれはひどい。なら、取り敢えず知り合いのお兄さんでいいじゃん。」

アメリカ大陸発見みたいな顔をしている少年ですが、明らかに掃除までしてくれていたようで。男の一人暮らしにしては綺麗なこの部屋にも一日たてば塵くらい出るわけで、それがまっさらになっていた。

「あの、一ついいですか?」

「あ、悪い。」

妙な関心をしていたら、男の子を抱擁したままになってしまっていた。

「・・・今更それを遠慮されても。そうではなくて、なぜあなたから血の匂いがするんですか。それにアイロンかけてあったワイシャツ皺々だし。」

「いや、ちょっと喧嘩しちゃってね。毎日のことだから気にしないで、慣れてるからさ。」

男の子を撫でたら、心なしか暖かな気分になってきた。絹のようにさらさらなのに、たまに混じるアホ毛が愛らしい。

「あ、僕名乗ってませんね。僕は西條さいじょう深琴みことです。」

「改めて、俺は浪花なにわ 雅都まさと。別に雅都でいいから。あ、おなか空いてない?作るけど。」

西條君の笑顔はシヴァ神も裸足で逃げ出す破壊力。27歳になったとき・・・正直手放せる自信がない。

「律儀な人ですね。あの、できれば僕おうどんが食べたいです。あと、そんなに量は要りません。」

「冷凍麺になっちゃうけど、大丈夫?」

「あなたが思うほど、舌肥えてませんから。」

手伝いますと言ってついてきてくれるのは嬉しい。けど、エプロンないからな・・・今度買ってこよう!

「作るときははだかエプロンが基本では・・・」

「えっ?いや、それほとんどファンタジーというか、普通しないからね?それに俺のそれ見たって面白くないよ?」

それに脇腹!もう処置はしたけどあんまり見られたくないからな・・・いや、問題そこじゃない!この子の常識どうなってるの?

「楽しみに、してたのに。」

なんかとんでもないこと呟いてません?

「まだ言ってませんでしたね。僕、多分ほぼ間違いなく純粋な異性愛者ではありませんよ。うっかり油断とか、しないでくたさいね。」

・・・きっと誰だって要素はあるはず。ただそんな扉を叩く人物がいなかったというだけで。俺は、学年一の美女深澤さんと、同居人の西條くんの二人に1人を選べと言われたら間違いなく、いま目の前で艶やかな笑みを浮かべている西條くんを選んでしまう。

でも相手小学生!忘れちゃだめだよ、犯罪だ!

それよりまてよ、俺は進んでダイナマイトを家に招き入れたのか?

「浪花さん、お湯、吹いてますよ。」

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