始まりは突然に
八割 四郎
序章:日常と非日常
1.始まりは突然に
やってしまった。
・・・魔が差したとしか言いようがない。全てはこの灼熱の太陽のせい。
俺は一人暮らしだとはいえ高校生だ。
友達?、恋人(まだいないけど)、隣のおばさん魚屋の爺さん屋台のにいちゃんなんかが突然上がり込んできたらどうすんだよ!
と、思ってしまうくらい動揺している。左手には可愛らしい男の子。多分小学生デスヨネ。親御さん間違いなく探しますよ。
察してください。現行犯逮捕してください。誘拐です。
背負っているのはランドセルでなく普通の黒の鞄。横断バッグとかも持ってない。・・・少なくとも俺にそんな趣味はないと言えるはずなんだが。
今日は中間テストの
でもねキミ、この物騒な御時世に、「お兄さんの家に来ない?」なんて怪しさ全開の誘いになんか乗っちゃう君も君だよ?本当に、今から何されるかわかんないよ?別に何もしないけどさ。
ちょっと、通りすがりのそこの君!ここに今から犯罪起こしますよって人、いる!ここに!
前髪だらしなく伸びてもう顔見えない怪しげな人物が、可愛い男の子と手を繋いで、マンションに入ろうとしているよ!110番しよう、すぐに、その携帯で!
・・・・・見てないようです。確かに大通りはなんとなく避けちゃったけど、いくら小道とはいえ何人かすれ違ったけど、みんな手元に夢中だ。大丈夫なの!?玄関ついちゃったけど。
「・・・えっと、ここ、俺の家だけど。」
そんな純粋な目でボクを見ないでっ! 黒い大きな瞳が不思議そうにきょとんとしている。
「・・・ いいの?」
同意求めてどうするの!このヘタレ誘拐犯。だってしょうがないじゃないか。これまで生きてきた中で、たまに一人で歩いてる子見かけた時に危ないなあとか思ったことがあるくらいで、本気で根城に連れ込もうとか考えたことなかったんだから。
「え?」
「あぁ、いや、だからさ・・・とにかく中入って。お茶入れるよ。」
ああああああ!!これ見られてたら完全に人生終わるやつ。その場でがっちり拘束されて警察きて牢屋入って、もういないはずの母親は滂沱の涙を流し、事故死したはずの父親は激怒し、まだ見ぬ恋人は連日泣き通して自殺してしまい、マスコミには小学生にときめく変態野郎として罵られ、週刊誌にはその性癖の隅々までさらされ、出て来る頃には隣のいもしないハチ公にまで白目を向かれ、就職はできず結婚なんかできるわけもなく、そうこうするうちに野良犬のように誰にも看取られずに死んで野鳥の餌になるのだ・・・。
と、そんな事態にはならずに、男の子は素直にお邪魔しますと言って入ってきてしまった。
「あ、そこのソファに座りなよ。フローリングの上じゃ冷たいでしょ。」
鞄を脇に置き、行儀よく正座した男の子が、目をまんまるにしている。驚くことじゃないよ、それとも茶色のソファ見たことなかったりするのかな。
「・・・お兄さん、僕の、恋人になって。」
「え!?」
「恋人になって。」
まだ声変わりのないらしい高い声は、落ち着いている。黒い大きなガラス玉ような目は俺をしっかり見据えて、小さな唇を、少し噛んでいる。
「・・・拒否権ないと思います。だって、僕を連れ去ったんですから。」
「ちょ、ちょっと待って。わかってたのについて来たの?」
なんてハイリスクなことしてんのこの子。そんなに刺激が欲しいの?そんなに毎日退屈?そんなに命が惜しくないの?
「当然です。・・・今時あんな誘われ方してついていく子どもがいると思いますか。」
おませさん・・・だけどさ。そんな可愛い顔してて人の家に入って無事に出てこれるとか、よく思えるよね!
「えっと・・・なら、なんで来ちゃったの?俺、こう見えてちゃんと男子高校生なんだけど。」
「ゲイ・・・ですか?」
「まだ恋愛とかしたことないからね、わかんないんだけど・・・取り敢えずどっちにもときめいたことはないかな。」
嘲笑・・・かな、憐憫かな、でも怒れないなぁ、なんでだろ。
「寂しいんですね。なら丁度いいじゃないですか。僕を同居人にしてください。学校は、父に言ってこの近くに変えてもらいますから。」
「ストップ!待って、え、ちょ、あのさ、新聞とかテレビとかちゃんと見てる?」
「見てますけど。なんでそんなこと聞くんですか?現首相の名前くらい知ってますよ。」
会話が噛み合わない。俺が言いたいのはね、高校生の好奇心とか関心のほとんどがその・・・そっち方面向いてるんじゃないかって話なんだ!
「一週間前とかもあったじゃん。監禁十五年でやっと逃げられた女の子の話とか、殺されちゃった子とか・・・」
充分俺も同罪だと思う。まあ、縛って押入れに閉じ込めるとか考えてもないけどさ。
「あなたとその事件は関係ないでしょう。それともそれらに加担してたんですか。」
「そんなわけないでしょ!それより、ソファ座りなよ。」
訝しげに腰を下ろした少年は、黒の細いリボンのついたブラウスを着て、下も同じく黒の短いズボン。靴は皮かエナメルの、つやつやした黒いやつだった。・・・少々汚れているものの、どこからどうみてもいいとこの子だよ・・・。
「それで、あなたは僕に裸エプロンの写真を撮らせたり、ネクタイか何かで拘束していやらしいことさせたりしたかったんですか。」
「・・・・・お願いだからそんなこと言うのやめて。別に何したくて連れてきたわけじゃないから。」
「知ってますよ。 」
笑うと、幼顔のはずなのに小学生という雰囲気が消えてしまうのは何故だろう。知的とさえ感じるのだが・・・あれ、なんか俺の方が嵌められたのでは?
「ねえ、お兄さん。」
いやいやありえないだろ。身長は俺の肩下くらいまでしかないし、声も高め。しかもすごく可憐だ。・・・どうしようか。ちょっと離したくなくなってしまう。逃げられないようにした方がいいのだろうか? 利発そうなくせに頼りなげなこの子を、誰の手にも渡したくない。・・・もう立派な犯罪者。わかってはいても、ここは実際に俺の家だ。
「小五の僕が二十歳になる頃、あなたは何歳ですか。」
「え、えっと・・・26、7歳かな。十年後だもんね。」
「それまで、僕を養ってください。父がそれに必要なお金を振り込んでくれるはずですから。二十歳になったら、僕はここから出て行くか、そのときまであなたが僕に興味を持っているのなら、あなたの愛人になります。」
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