14.吹っ切れる
久松の親は、都合が合わないと主張して、結局来ないことになったそうだ。
初対面のこいつの印象を考えれば、そうなるかもしれないが。人は結構変わるものなんだけどもね。当の本人は来るだけ煩わしいからと、どこ吹く風ですが。
で、そんな久松を羨ましそうに睨んでいる方がここに一名。八重川さんは今日面接を入れるということだけ伝えられていて、その時間が刻々と迫ってきていた。
「大丈夫ですよ、八重川さん!骨は僕たちが拾ってあげますから。」
「人を勝手に殺すな!なんで西條までここにいるんだ。」
「高みの見物ってやつですよ。」
かく言う深琴くんの面談は明後日であるが。こちらは俺の胃が痛い。
「次の方どうぞー。」
先にいた二人が出て行った後、暫くして八重川さんが呼ばれた。今日最後の面談だから少し時間が予定より遅くなっているが、まだ来る気配がない。
「・・・俺、先入ってるよ。」
そう言って一人で入っていってから十分後。漸く現れたご両親。・・・両親である。その時点で既に三者面談ではないのではと突っ込みたくなるが、どちらも敵に回したらいろんな意味で面倒そうなのでやめておく。
彼らは俺たちに一瞥くれ、香水の香りを振りまきながら颯爽と教室へ入っていった。
「槇が世話になっています。八重川です。」
「こちらこそ。私は担任の ・・・それからこちらは副担任の橋本先生で・・・」
「それで、問題行動とか、大丈夫でしょうか?」
母親の甘ったるい声が聞こえてくる。真っ先に出てくる言葉がそれとは、恐れ入る。
「は、はい。そんなこと、全くありませんよ。ご安心ください。え、えっと。それからお友達もたくさんできたみたいで・・・」
「それは驚いた。それじゃあお前、そちらの方は治ったのか?」
「・・・・・」
「ああ、先生。その友達っていうのは
男なんでしょうね。」
「え?えっと、男の子が大半ですけど・・・」
「あはははは。だろうね。お前はやはり出来損なのままか。」
父親の笑い声が聞こえてくる。
悔しい。なぜこんなに悔しいのだろう。今すぐ乱入して殴り飛ばしてやりたい。
「俺は出来損ないじゃない。」
「は?何が違う。なあ槇、何が違うんだ?折角ここまで育ててやったのに、孫の顔一つ見せられないんだから。なんでお前みたいな欠陥品が生まれて来たんだろうなあ。・・・おい、聞いてんのかっ!」
俺の中で何かが切れる音がした。これまでの話、これまで起きたこと、これまでの時間、様々なことが一気に頭を駆け巡る。
少なくとも槇さんは、そんなことを言われなきゃいけないような人じゃない。
堪えきれずに扉を開くと、いつの間にか胸ぐらを掴んで立ち上がっていた父親が、まさに彼を殴ろうとしていた。一瞬動きを止めたその拳は、きれいに俺の手の中に収まる。
「あ?てめえ他所様の家庭事情に首突っ込んでんじゃねえよ。」
「他所様?なんですか、それ。今彼がどこに住んでいて、どういう生活をしているかも、あなたがたは知らないんでしょう。軽い言葉で存在を否定した人に、他所様なんて言われたくないです。」
「はっ、お前か友達ってのは。残念だよ、あの学院放り込めゃ出てきてすぐに警察行きだと思ったのによ。」
悔しくて仕方がない。なぜ俺が保護者じゃないんだって、思ってしまうくらい悔しい。なぜ槇さんがそんなことを言われなきゃいけないのか、全く理解できない。それとも、そんな親の特権でも、あるのだろうか。
「でもお前も災難だよなあ、お友だちだと思ってたら次の日には足開いて誘ってくるような・・・」
「ふざけるな!最近の彼を知らないくせに、学院での彼も、この学校でのことも知らないくせに、親だからってなんでも知っていると思うな!」
「浪花ストップ!八重川、早く止めて・・・」
「なんでも知ってるさ。こいつが同性愛者ということも、惨めに男たちに・・・」
「お前も少し黙れ!」
「浪花、・・・抑えろ。抑えてくれ。」
・・・・・もう少しで殴り倒してしまうところだった。理性が吹っ飛んでいた。鮒羽を目の前にしても、誰を目の前にしてもこんな強烈な感情は起こらなかったのに。
まだ力が入っている拳をやっと開く。ここで騒ぎになってしまったら、俺は八重川さんを守れなくなる。それだけはだめだ。 橋下さんがどさくさで怒鳴ってくれたのもあって、少し気持ちは落ち着いてくる。
「それで?あなたはそれ知ってて槇と一緒にいるの?」
母親が、橋下さんに黙らされている父親にかわった。
「はい。」
「そう。それじゃあ、リスク覚悟してるのよね?」
「リスク?・・・えっと八重川さ・・・槇さんは別に危険なんかじゃないですよ、俺にとっては。」
「・・・あなた、ちょっと甘いんじゃないの?」
そんなこと、言われなくてももうわかっている。
「この子にとってあなたは恋愛対象にだってなるかもしれないのよ?それがどれだけ負担になるか、本当に分かっているの?」
「俺には分かりません。・・・普通、負担になるものなんですか?」
「あなた・・・」
「それに、もしどうにかなっているのなら、とっくに手遅れですよ、槇さんと一緒に住んでいるので。」
「え、そうだったのー?先生初耳ー。マンション隣同士とかかと思ってたよー。あ、それじゃあ悟空と沙悟浄とちっこいのもそうなの?」
「・・・・・あの。今その古いネタいまやめてくださいよ。まあみんな俺の家にいますけど。」
漸く橋下さんの手から逃れた父親が、軽く咳払いをして居住まいを正した。
「そろそろ本題に入りたいのだが。そもそも今日ここへ来たのは他でもない、槇の退学手続きをするためだ。」
「なっ・・・」
「槇、もう十分遊んだんだろ?親には 子どもを真っ当に育てる義務があるんだ。わかるな。」
「そうよ。だから、また家で家族みんなで暮らしましょうね。あなたがちゃんと、女の人を愛せるようになるまで。」
「・・・それは、困ります。そもそも一緒にいたいと言ったのは俺です。家に住むように言ったのも俺です。その意味することくらい、わかりますよね。」
真っ青になっていたまきさんが、驚いた顔をして俺の方を見た。
同情なんかじゃない。友だちだからでもない。俺は、本当は喜ばしいことであったとしても、槇さんに女の子を好きになって欲しくない。身勝手すぎるかもしれないが、それが事実だった。
「浪花・・・」
「槇さん、もしかしたら怒ったの初めてかもしれませんよ。」
「その方が可笑しいんだからな!」
笑っていいのか、怒っていいのかわからないという顔をした槇さんは、ややあってお父さんの方に視線を戻した。
「・・・お前も、障害者、か。」
「お言葉ですが、同性愛はそもそも障害じゃないですよ。精神疾患の可能性があるのはストーカーの方です。
それともあなたは、異性に対してそんな卑劣なことをする人や、電車の痴漢や、女性を監禁する人は、異性愛者というだけで、同性愛者よりも優れているとでも言うつもりですか。
なぜ、犯罪者でもなく、人が嫌がることをしたでもないのに、一括りに同性愛者だからって理由だけで、できぞこないで、障害者ということになるんですか。おかしいでしょ。」
「お前にも親がいるだろ!孫の顔見せてやりたいとは思わないのか!」
「あ、僕よろしければその2人の子ども枠に入りますけど?」
「血の繋がりが大事なんだよ小僧!引っ込んでろ!ほら、親に見せたくねえのかって聞いてんだよ!」
「ああ、それは見せたいですね。それから深琴君とかきっと可愛がるでしょうし。やっぱり槇さんも会わせたいですし。」
「そうだろうなあ、じゃあおまえが同性を好きになったって言ったら、どんな顔するかねえ。」
「少なくとも、祖父は知っていましたよ。もしかしたら、両親にも話してあったかもしれません。でも多分、笑ってたでしょうね。喜びこそすれ怒られるとしたら、自分の気持ちに嘘ついたときでしょうし。」
「結局自分からは言えてねえんじゃねえか。怖えんだろ?否定されるのがさあ。ホモってそんなもんなんだよ!」
「・・・まあ、祖父は面白がりやな所がありましたからね。たぶん言っちゃってると思うんですけどね。」
「自分の口で言ってみろよ!」
「そうですね。今度お盆の時にでも、言いに行くことにしますよ。・・・じかに言いたくたって、さすがに三途の川を渡って行くわけにはいきませんから。」
小三は俺にとってはもう昔のことだが、ここまで引き伸ばして提示すると中々相手には効果抜群だったらしい。
口ごもっておとなしくなってしまった。
「じゃあ、えっと浪花君でしたっけ。槇のことお願いしちゃっていいかしら。」
母親切り替え早過ぎだろ!なんなの、その変わり身の早さは。そもそも最初から示し合わせていたのかと疑いたくなる決断力だ。
「もちろんですけど・・・」
「僕も、僕もついでにお願いしますよ!」
「西條は明後日が怖いだけだろ。ちょっと引っ込め。」
「久松さん横暴です!」
久松が捕まえて退場してくれた後、頭を抱えた父親を、母親が懸命に宥めていた。
「・・・仕方ないか。槇、もう好きにしろ。だがお前・・・金はあるのか。」
「それ俺も気になってたー。4人分の食費とかも、ばかにならないでしょー。」
「問題ないです。どうも、西條さんが出してくれているみたいで。」
「そうか・・・槇、お前はそれで、本当にいいのか。」
しっかり頷いてくれる。それを合図にか、両親が席を立った。
「あ、待って!通知書を ・・・」
「いらん!あー、いくら相手が男だからって、浮気だけはするなよ。・・・じゃあな」
去っていく二人。やはり同性愛は許せないらしいが、一応認めてはくれたらしい。
で、その後散々深琴君に拗ねられ、怒られた。
「わかってはいましたよ?いましたけどね。もう少しシチュエーションとかなかったんですか !僕も普通に廊下で聞いちゃったんですから、失恋ですよ?たしかに最初からお兄さんできたーとか微妙に思ってましたよ?それもみ消すためにいろいろやってたのに、結局僕、弟じゃないですか!普通に嬉しいですけどショックな感じもするんですよ?途中で思考読めなくなったの 、もしかしたら本当に恋しちゃったかもとか思ってたら、ブラコンこじらせた感じだったんですから!ほら、お兄さん大好き、みたいなあれですよ?それを白昼堂々あなたは・・・
「つまりです!面白くないだけでそういう点での衝撃がないんですよ、なんか僕、やっとだ! って微妙に嬉しかったときショックだったんです!わかります?ねえ、ねえ!」
「西條、ちょっと落ち着け。」
「だって久松さん、酷いじゃないですか!同盟組んだのに・・・もしかして確信犯なんですか?そうですか。もう当分口聞きませんからね!」
「・・・いや、いつもだいたいお前から話してるし。」
「だから、それをしないって・・・」
ああ、なんか癒される。三人で教室から出ながら、結局二人とも八重川さんを心配してたことが、 一番嬉しかったことに気づいた。
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