13.橋下さんの面談

でさ。確かに、一番にしたよーとか言ってましたけどさ。面談予定表からすら外れている今日の放課後にというのはイレギュラー過ぎはしないだろうか?

「ごめんねー。まあでも、早い方がいいと思ってー。」

普段通りあまりちゃんとしているとは言えない橋下氏。担任の先生もいないし、これまで以上に面談らしくない。

「あ、浪花は成績とか別に問題ないし、まあ、久松と所構わず喧嘩しそうになるのだけはやめなさいってことだけ。はい、終わり。・・・ここからは面談とかじゃないよ?ちょっと、アドバイスというか。それじゃあ、これからする質問には正直素直に答えてねー。

まず、まさるんは恋愛感情はどんなものだと思う?」」

ツッコミどころは質問以前に満載だ。そもそも面談の場所になる教室ですらなく、ここは鍵のかかる進路指導室だ。赤本がずらりと並ぶここでやるなら、いっそ普通に進路指導にしたほうがよかったのでは・・・と思ったら根本的に話すことが違うらしい。

これは橋下先生との面談というよりは、霜月学院にいた先輩としての、橋下さんと話すと思った方が正しいかもしれない。

「・・・すいません。まだよく、わからないです。」

「そう言うと思ったよー。じゃあまず・・・どっちからにしようかな。えっとね。まあそれじゃあ・・・神田。あのお馬鹿ね。ずっと一緒にいたいと思う?」

「え、それはもちろん。 」

「じゃあ、『俺、一年海外留学することに決めたっす!』 とか言ってきたらどうかな?」

「ちょっと心配っていうのと、寂しくなるなとは思うけど、がんばれーくらいかな。」

「うんうん。そうだろうね。じゃあ、親しい友人ができたっす!って言ってきたら?」

「嬉しいですよ。本来社交的な感じなのに、勿体無いってちょっと思っていたりしますから。」

「それじゃあ、神田はまさるんにとってどこらへんの位置なの?」

「仲間というより、友人とか弟みたいな感じですかね。」

「その認識は間違ってないと思うよ。それじゃあ、次久松ね。彼が危機的状況だったら?」

「取り敢えず助けて、後から嫌味の一つも言いたい感じ。」

「ははは。それじゃあ、彼が禁錮刑になったら?」

「バカだなと思う。・・・けど、ちょっと張り合いがないかな。」

「それじゃあ久松は?」

「ライバル。」

「ま、それ以外ないよねー。じゃあ。西條。もしあの子に恋人ができたらどう思う?」

「えっと、ちょっと面白くないし、相手次第では禁固刑もいとわない感じです。」

「すっごくいい人だったら?」

「ちょっと寂しいけど、末長くお幸せに、って感じ。」

「そうか・・・えーと。じゃあ、実は彼には大好きなお兄さんがいた、と発覚したら?」

「そ、それはショックですね。」

「じゃあ、西条の位置は?」

「可愛い、守ってあげたい弟・・・かな。」

「いい線いってると思うよ。じゃあ。やっさん。そうだね・・・もし、ものすごく強くて勝てなそうな人に彼が襲われていたら?」

「何がなんでも助けます。」

「うんうん。それじゃあ、 もしやっさんが、突然ボランティア精神に目覚めて半年海外に行くって言い出したら?」

「俺もそれに参加します。」

「・・・じゃあ、女の子の友達できたって報告してきたら?」

「それは普通に嬉しいです。なんの気遣いもいらない、外部の人と話すことも大事だと思うので。」

「それじゃあさ。・・・恋人ができたって言って来たら?」

「そ、それは・・・」

想像した途端、胸が痛み出す。俺はいつの間にか、八重川さんの思いに寄りかかって、絶対に変わらないと思い込んでいた。実際にそうだったとしても、それはあまりに酷い甘えだ。

「・・・いやです。」

「じゃあ。八重川の立ち位置は?」

「・・・・・恋愛、対象?」

「そうだね。まああとはさ。片時も離れたくないー、とかある?」

とにかく頷く。体温がわかる距離にいてほしい。

「じゃあ、ちょっと触ってきたりとか、近くに寄った時、心拍数はあがる?」

「病気を心配したくなるくらいには。」

「それは立派に恋だよ。・・・って言っても実感わかないよね。だから先に進まないんだろうし。ただ、その・・・いろいろ取り返しのつかないことになる前に、一応彼に対する感情が友情とかではないこと、頭では理解していて欲しいんだよ。・・・不思議そうだね。例えばね、君が八重川に向ける感情か、八重川が向ける感情かに中田あたりが勘付いてしまったとき。自分の感情に嘘をついているかどうかすらわからなくなったら、いやでしょ?

・・・でも、それより厄介なのは、本当のところ三者面談なんだよ。俺もやっさんのご両親のことは全然知らなくて、何事もなければそれでいいけど・・・もし何かあったとき、うじうじ考えていたら手遅れになる可能性だってある。客観的な事実だけは、胸に収めておいてバチは当たらないのさ。」

別に結論を急げと言っているわけではない、と念押しされたが、本当は早いなら早いに越したことはない。いつまでも煮え切らないなんて、八重川さんにとっていいこととは思えない。

「それに、たまにあるケースでね、いなくなって初めて、恋だった!ってわかっちゃうこともあるんだよー。それは嫌でしょ?うん・・・それから、これは俺からのお願いなんだけど。・・・これから何があって、どんな結論にたどり着いたとしても、一人にはしないでやってほしいんだよ。できれば、守ってやってほしい。俺だってずっと一緒にはいられないから。」

「約束します。・・・なにがあったって。」

考えてみれば橋下さんは、学院に入って来た八重川さんを一番気にかけていたのだ。それは立場が変わっても変わりはしない。深琴君が大人になっても心配なのがかわらないのときっと同じことだ。

「これで本当に終わり。あ、そうそう、体育の先生がヒイヒイ言ってたから、ちょっとは加減してねー。」

外に出たら、もう廊下の人通りはまばらだった。その中に八重川さんを見つけて、なんとなく、霜月学院で倒れた時、出てくるのを待っていてくれたのを思い出していた。

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