3.登場、教祖様!

いやー忘れてたんですけど。中野っていつ来るんでしょうね。取り敢えず学校始まっても多分ここで寝起きになると思われますが・・・道場は水曜休みで夕方と日曜こってりになるでしょうかね。少し不安。早々筋肉落ちるものでもないでしょうが・・・いやいやそうじゃなくて 中野来ても中々会えないよなーとだな。


さて現在、なぜか俺ね、道場の五人兄弟から土下座されてるんですよ。優さんとかその上の三人、それから中川さん他数名はぽかんとしてるんですが。

いや、俺もよく分からずに、いもしない中野まだかなーとか思ってたんだけど・・・

「浪花さん!本当すみませんでした!俺ら五人兄弟、反省してます!」

「え?・・・なんで。えっと・・・轡さんでしたよね。何かしたんですか?」

なぜそこで驚くんだよ! って、なんか周囲の人たちもなぜかざわざわしてるし・・・

本当に心当たりないんですが?え、轡さんとか別にバケツの水ひっくり返すとかしてないでしょ!?前一度やってきたの違う人でしたよね?それとも何か盗み出したりしたんですか?

「え、いや。だってその・・・」

「俺ら、掃除全部やらせちまって。情け無いっていうか。」

なんか1人目が言葉に詰まると2人目が口を開く、なんとも機能的な兄弟だ。

「だからって、俺別に気にしてないし。それから、君らが悪いんなら、俺だって特にそれについて何も言わなかったんだから、こっちだってよくなかったんじゃ・・・」

「ばかなの?」

「ここで!?」

意味のわからない状況にいた俺の元へ救世主中野!向こうでも鍛えている旨は報告にありましたが、しっかり筋肉質になっているのが新鮮。もう昔のではありません。その彼は連絡してあるからいいだろうとばかりにひっそりこの修羅場へ入り込んで来たわけである。

「浪花卒業おめでとう。・・・で、結局ヒモの線は?」

なんかものすごい懐かしい話題キタ。

「あるわけないだろ!って・・・その中身ってもしかして。」

持ってきていたのは大量の文庫本だが・・・

「蒲原さんと黒部さんから借りたよ?・・・僕的には浪花は」

とにかくストップをかけた。ほんとなに餌付けしてるんだあの二人は!

それよりこの五人、どうしよう。

「轡、それは、言葉通りでいいのか。」

ありがたきナンバーツーの龍ケ崎さんのフォロー。

「はい。・・・浪花さん、俺たちなんかよりはるかに真剣にやってるのに、一人でやらせて・・・」

低く唸る又部さんと、周囲で大きくなるざわめき。ひどい言葉まで聞こえる。

正直に言えば、轡さん達の謝罪はこの上ない衝撃であると同時に、本当はとても喜ばしいものだった。周りの様子を見れば、相当覚悟が必要だったのも、もちろんわかる。勇気ある人、それは希少で素晴らしい。だから、この五人は守りたい。あんな卑怯な周りの連中に潰されるところも見たくない。そのために必要なのはなにか。

「あの、でも。ここの道場に、全員で清掃しなければいけないという決まりは、ありませんよね。」

「確かにない。ないが暗黙裡に決まっていることだ。常識を考えろ。」

龍ヶ崎さんは間違ってませんよ。しかしそれだけじゃあ世の中回りません。

「この五人だけでなく、周りの人全員が、暗黙の了解で入りたての俺に掃除をさせたということは変わりません。でも、規範がなかったなら、俺が掃除したのも、別に誰かから命令されたのでもありませんし、勝手にやったことなんです。」

「・・・その五人だけはいいとしよう。道場関係の仕事で多忙だった五人と中川他帰りの早いのもよい。あとは全員残れ。浪花、中野を案内してやれ。」

又部さんの鶴の一声。

五人は抗議しようとしたが中野に止められ、一緒に引っ張っていかれた。

「君ね、お人好しすぎ。普通にみんな罰則免除とか無理だから。」

「でもあれ、筋トレのついでにできるし慣れてるし・・・決まりは整備したほうがいいにしても、今回はよろしいにならないかなって。」

俺と中野の部屋に小柄とはいえ五人も男が入るといっぱいになってしまう。

ため息をついた中野を無視し、再び轡五人兄弟の土下座。いやほんとやめれ。

「浪花さん・・・俺たち、なんかないと気が済まないんです!」

「え!?君らちゃんと謝ってくれたし、全部報告してくれた。他にどんな謝罪があるの?」

なぜか号泣を始める五人兄弟。ひどいこと言っただろうか?

「えっと・・・ね、いや、声上げてくれただけで、俺としては満足・・・というより嬉しくてさ。なかなかそんなふうに言い出せる人なんていないんだから。それなのに俺、なにもできなくてごめん。全員免責か全員処罰ならそこまで風当たり強くならないかって思ったんだけど、無理で・・・」

ちょっと、なんで泣き止みそうだったのにまた泣いちゃうの?

「浪花って、そういうとこあるんだよな。」

感心してる場合か!?俺、なんかすごいいじめてる気がしてたまらないのだか?

「浪花さん!俺達、ほんと何もできなくて・・・」

「役立たないかもですけど・・・」

「何かあった時、絶対声かけてください!」

「どんなことでも、できることならなんでもしますから!」

「俺ら轡兄弟は何があっても浪花さんの味方になります!」

「あ、ついでに僕も追加しといて。まあまた海外戻っちゃうけど、今の世の中、時間的距離はかなり近くなったんだから。」

・・・・・いや、普通にさ、え、なんで掃除押し付けられたの謝罪ついでにこんなことになってんの?

「浪花君、いるかな?開けていい?」

優さんんん!なんて良いところに!

「はい!今アケマス。」

「・・・部屋の人口密度すごいね。まあいいや。えっとねー、たぶん君が懸念しているようなことにはならないと思うよー?その五人も君も、なんか忍川に気に入られちゃったみたいだから、かえって同情されるかも。」

「忍川?誰。」

まあ中野はそうなるよな。

「この道場で一番強い人。師範は別だけど。」

「それだけじゃないです!気に入られるともう大変・・・」

轡その1が涙目になっている。

「地獄の三丁目が見られるって・・・」

「鍛え方が半端じゃなくて、それ以上に・・・」

「絡まれたら絶対逃げられない。」

「え、あのさ。それってつまり、気に入った人を、片っ端から鍛えてくれるってこと?」

なんていい人忍川さん。そんな側面があったとは。最近内容がマンネリ化してしまいそこそこ退屈だったのだ。

「・・・あの、浪花君ってさ。すごく無鉄砲というか・・・」

「力に貪欲なのはいいことですよ。」

本人登場。ゴツイ人想像しましたか?まさか。この人縦長のっぽの、結構センスの良さそうな・・・という印象。普段は外してますが、メガネのインテリな雰囲気さえある方であります。滅多に顔を出さないのですが、来た時は道場の人々が青ざめるほどの実力者です。

「力とは自由を掴むものです。力のないものに選択の自由などありません。わかりますね?」

何か突然語り出す忍川さん。頷くは頷きますけど、さらに人口密度が上がって暑いこと。

「力の中にも、文筆力、精神力、忍耐力、表現力など様々な種類がありますね。個人の特質によって、文で世を動かし、精神で高みを目指し、忍耐で運を掴み、表現で人心を動かすなど種類はありますが、いずれも大変素晴らしい。力とは、何を取っても選択の連続を約束される。その中でも身体的な力を求める君は、同時に精神力や忍耐力を身につけている。だからこそあの場で、これまでの不遇の二週間を経ても、自由な意思によって君はその五人を助けるという道を選べたのです。弱者にそれは叶いません。」

・・・まあ、弱かったら自分の身を守るのに精一杯だからな。だからってまだ俺は人を信用しきるということが難しいのだ。それは弱いからに他ならない。

しかしだよ。・・・この話、いつまで続くの?轡一号の顔が真っ赤になって来ている。

「力を得れば、不合理を正す選択肢が、人を生かす殺すの選択が、優しくするか辛く当たるかの選択が、無視するか助けるかの選択が、自分の意思で行える。これは本当に素晴らしい。」

「あの、ですが。この五人はあの道場で特別な位置にいたわけでも、人一倍意思が強いわけでも、ないですよね。勇気は、どうなんでしょう。」

俺の中では、相手より同等より弱いものが、信念のために奮いおこすものという位置づけなんだ。それは全員が同じ方向を向いている時に、そんなのは間違っていると、大勢に向かって主張するような数的な優劣から、古代中国の箴言のような身分や立場的な上下、それから勝ち目のない戦場を離脱する兵士のように、社会そのもの、人の目という圧倒的な力の前での行動まで含まれる。それは意志の力ではないだろう・・・と思うんだが。


それに選択の自由と言ったが。つまりこの人は力さえあれば、極端な話何をしてもいいと思ってないか?グレーどころかブラックだ。

「それは難しい質問ですね・・・でも、それではなぜあなたは力を手に入れようと思われたのですか?」

その言い方、微妙に中二くさい。しかし答えは期待していなかったようで、そのまま話を続行する。優さんは逃避しようとして捕まっていた。轡2号3号も顔が真っ赤に。気の毒に。

「いいえ、理由なんてどうでもいいのです。力を得たからには振るうか振るわざるかを選択しなければならない、そしてあなたは振るうことを選択したからこそ、今のランクまで上がったのです。ここから先は私が導きましょう。学校が始まるまでにAランクを獲得しようではありませんか。」

導師様ですか、あなたは。共に歩みましょう的な。かなりありがたい申し出でではありますが。

「ちょ、ちょっと!?ちょっと待ってよ。えっとさ。今浪花君何ポイント溜まってるの?」

「え?・・・どうやってみるんですか?」

呆れたのは多分聞いて来た優さんだけじゃないが・・・まさかバッチにそんな機能まであるとは思わないじゃないか!ただの、ちょっと分厚いバッチですよ?

「・・・・・いや、報告聞いててすごいなとは思ってたけど。たった二週間でBランク直前って。」

優さんの言葉に五人とも口をあいてパクパクしてますけど・・・そんなにすごいことですかね?

「・・・えっと、君は霜月でしたね。特殊性があると思うんですが・・・」

「あー、えっと、怪我の治りが人よりちょっと早い、っていうくらいですけど。」

「それじゃあ、君の得意な分野って?」

「あ、敵意の感知?は、 かなり鍛えました。」

やっと納得したようで、追求は止みましたが・・・

「いいでしょう、確か今日から違う任務地でしたね。目標を出しますから、それが終わるまで君は帰ってはいけません。長に言って、時間内から外れたら、中川を帰らせ、単独にしてもらいます。いいですね?」

「単独・・・つまり、時間内に、目標を達成すればいいんですね。」

単独の恐ろしさは身をもって知ったばかりだ。それに危険すぎる弱点もある。

「単独は怖いんですか?・・・意外ですね。」

挑発されたってこればかりは譲れない。前は自分以外の人が握っているのを見ただけで落ち着かなかったんだ。 それを自分に向けられなければ大丈夫というところまで来た、そこで勘弁してくれ。

「浪花ってなんか弱点でもあるの?」

中野おぉ!そこを突くなよ!ああ・・・いや、確かに彼は諸々を晒す前に出たから知らなくて当然なのか。

「ま、まあね。二人ならとりあえず大丈夫なんだけど・・・」

「ふーん?あ、もしかして大人数相手は無理とか?・・・違うか。あとは・・・先端恐怖症とか!」

優さん惜しいが。わざとらしく真ん前に指さしてこないで。

「どんな恐怖があれど、関係ありません。それを凌駕するほど強くあればよいのです。力を振るうならば、それくらいの覚悟がなければいけません。さあ、あなたが決めるのです・・・」

うわあ、これ、そういうこと?実質逃げ道をふさぎ回った上に提示される選択肢、地獄の三丁目とはつまり、単純に言うと「鍛えてくれる」という皮を被った潰し屋である。

「あなたの力は借りません。でも、中川と二人で必ず入学までにポイントを貯める。確か指名手配犯だと十倍から人によって百倍でしたよね。これだけの期間があれば十分です。」

「人が隣にいるというのは甘さに繋がるのですよ。一人で試練に耐え抜いてこそ・・・」

そのとき、バタバタと廊下が騒がしくなったと思ったら、分身かと見えるほど忍川さんにそっくりの御仁が現れた。

「兄貴!また、また布教してるのか?やめてくれよ。おかげで何人も怖がってここやめてっちゃったんだから。」

「うっ。・・・いいじゃないですか。間違ったことは言ってませんよ。」

「いいや。一度もパトロールしたことない奴には言われたくないね!どれだけ危険かわかってないでしょ。因みに俺自身、兄貴の布教のせいでとんでもない風評被害にあってるんだから。

それからね、浪花くん。この人に煽られて焦ったりしちゃだめだからね!轡たちも優も悪かったよ。いつもは大人しくしてるんだけど。」

「えー、謝罪それだけ?結構地味にキツイんだけど、この長説教。」

優さん、容赦無く畳みかけている。そう言えばこの二人、結構仲が良くて龍ヶ崎さんいずらそうにしてること多かったな。ちなみに忍川兄の方はと言えば、すごすごと縮こまっている。

「お前は慣れてるだろ?それじゃ、兄貴は回収していくよ。変なこと言い出したら聞き流してくれていいから。」

「ヘンなことってなんですか!私は至極真っ当に・・・」

「真っ当な奴が力で全部解決なんて、普通に言わないからな。」

「わかってるならちゃんと手綱握っといてよ、弟君。」

「お前もいつも大概じゃないか。」

「僕?僕はただ、無鉄砲な生意気なのを叩きのめすのが好きなだけだから。」

いや、優さん。そういうのを大概と言うのだよ。


うーん、早く学校復帰したい。ヘンな人にも遭遇してしまったし。得体の知れない敵よりは、ある程度全部明らかな単純なのから逃げる方がまし。

優さんは忍川弟をいじり倒しながら退散し、轡五人兄弟ともちょっと話してから別れ、一気にがらんとした室内に俺と中野だけ残った。

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