2.危機到来

4時半起床。一瞬どこかわからずに深琴君探してしまう・・・うーん、軽いホームシック。

取り敢えず厨房で下拵えを済ませ、以前からのトレーニングを誰もいない道場で行い、森の中で走り込み、そして食事。その時点で6時・・・皆んな起きるの遅い!これなら学院からの勉強課題をこなすのにそこまできつくはならないか。今はすることも特になくてノーマルに雑巾掛け。あんまりやりすぎるとかえってよくないので。

その後7時に集合、柔軟から組手から筋トレから。脳細胞が筋肉に染まる前にはよ来い課題。


夕方には再び中川さんと周り、この日は一箇所だけで五人グループのいっちゃってる集団を見つけ、通報して帰ってきたが・・・来た、課題!ビバ、課題!教科書になる本と復習用の課題どっさり。それから音楽プレーヤーに、講義の録音・・・嬉しすぎる。一ヶ月で消化しろとのこと。一月なら余裕だ。

事務の人かな?がこっそり渡してくれたので、人の気配に気をやりながら、無事部屋の行李の中に押し込むことができた。



さて、ここに来て初めての週末、休み。取り敢えず昼間は課題を片付けるとして。とにかく朝早くは誰も起きていないのはわかっていたので、そのうちに部屋から脱出した。

・・・とにかく、電話したい。

外に出て、公衆電話から霜月へ。まだ外は暗いが、5時を回っていれば間違いなくみんな起きているはず。

・・・待っていてくれたんだろう。八重川さん、深琴くん、は嬉しげに受話器を取ってくれ、久松は相変わらず掛けてくるにしても早すぎだとか言ってくるし。忘れられてないのが嬉しかったらしい神田も電話越しでも号泣がわかった。

忘れるはずないでしょ!まったく。

やっと落ち着いた気分になった俺は部屋に戻って、送られて来たものを片っ端しからこなす。目標まで来てしまったので買い出しに。

その途中、起き出した何人かの目線を肌に感じながら外に出た。・・・正直、とても居づらい。そもそも、下から上への目線で俺を見てくるのが無理。俺は確かに変な特異性があったから学院に入ったが、それは勿論実力じゃない。だから、上から下へと見て欲しいのだよ。目的と違う場所でも折れずにやっていることのほうが普通にすごいから。俺は何様でもない!・・・と、ごねたくもなる。そもそもずっと下に見られ、貶され続けたんだ、何が悲しくて、いきなり上に見るばかりか、妬かれなきゃならないんだよっ!

理解はしていても納得はできないさ。

・・・と。金属バットで暴力発見。万が一とバッチとボタンは持っていたからよかった。即座に取り押さえ、警察へ・・・

「浪花さん!!卒業、したんですね!」

小柄な女の人が来たと思ったら、とても懐かしい顔でした。

「松永さん・・・お久しぶりです。すごいですね、警察に入ったって。」

「私、まだ下っ端だけど、絶対昇進するわ!」

「くれぐれも、無理はしないでくださいよ。」

お互い様と叩かれた・・・ってこの現行犯の人!逆に可哀想なことをしてしまった。後から来たすらっとした印象の男の人が、逃げようとジタバタしていたのを取り押さえ、ぼんやりこちらを伺っている。

「ああ、入谷君ごめんなさい。・・・それじゃあね、何かあったら、絶対、絶対私か黒部さんに連絡よ?」

頷くと嬉しそうに微笑んで、入谷と呼ばれた人とともに去っていった。

そうそう、とっても大事なことを言い忘れていた。霜月学院の卒業生が一般人に、特に脅威でもなく手をあげた場合、即刻懲役系または学院での拘束及び卒業資格剥奪という非常に厳しい処分が下される。逆に言えば、この映像記録バッチはこちらの身も守ってくれるということ。中川さんに聞いたところ、これはどんな時でも付けていて構わないそう。もちろん、学校へも持っていけるとのこと。

それから、相棒のいない場合でも日曜なら認められることは確認済みである。ま、相手が悪いと判断したらすぐ逃げますけどね。

取り敢えず買い出しは済ませ、途中本数冊を買って帰った。

・・・で。道場に入るなりにこにこしてる優さん。嫌な予感しかしない。仁王立ちして行く手を塞いでいる。

「普段はなかなか対戦できないからさ、相手、してくれない?」

「少しだけなら・・・」

とにかく荷物を置き、道義に着替え、端っこの方の誰もいないところで対峙する。

「又さーん。いいよね?」

「ひと勝負までだ。」

どんな相手でも、負けるのは癪だ。霜月学院にいて発覚したが、どうも根が負けず嫌いらしい。優さんが相当の技量があることは昨日の立ち回りをみても明らかだが、負けたくはない。

前髪は無論あげる。聴覚、触覚、異常なし。

空気の振動が伝わってくる。しかし、思い切り踏み込んでからの拳などは普通に読めるし向こうも承知のはず。ただ俺の動く幅を減らしたに過ぎない。彼の強みは手足の器用さで、的確に嫌なところを突いてくることだが、当たらねば意味がない。応戦し続けること二分弱、俺の背負い投げで勝負はついたが・・・次やればひっくり返る可能性は十分ある。いや、今回のが奇跡かもしれない。あ、前髪はもうおろしましたよ、見せられたものでもないですから。

「・・・君、ちょっといい?」

優さんが真顔で俺の腕を掴んで立ち上がる。

「・・・・・あのさ、ごめん。いや、普通になんていうか・・・ブランドで、判断した。いや、そのね?僕たちのこと舐めてかかってるんじゃないか、とか思ってたけど、そんなことなかったね。ごめんねー。浪花君、改めてこれからよろしく。」

あはははと笑いながら去っていく優さん。

・・・これからほんと気をつけよう。下手な卑屈はここでは完全な嫌味にしかならなそう。でもどうしよう。・・・と、とにかく部屋に戻ろう。もうすぐでダンベル手に握るところだった。


それから二週間、従来の猛烈なトレーニングをこなし、中川さんとの市中周りも板について、五人だけだが賞金首、じゃなくてこの人見たら警察へっていうのも捕まえて、件数もぐっと増え始めた頃・・・なんか周りの目が、ヘン。

なんだろう、変だ。何かおかしい。相変わらず掃除は俺が引き受けているんだが、なぜかギャラリーがいたり、厨房周りに人だかりができていたり。んー、俺は見世物じゃないぞ?何か変なことしたか?特に思い当たる節もないし。ちょっと怖い状況が続いている。

だからと言って誰かに聴くのも変で、中川さんと市中へ行くときも特に彼に聞けずにいる。

そんな現在、危機的状況におかれている。例の治安最悪の場所で五、六人に囲まれ、中川さんは手洗いに行っていて不在。相手さんの凶器は刃物、長物など様々。おそらく、結構この辺りは荒らしてしまったので結果目をつけられたのだろう。

「随分暴れてくれたなあ。一度痛い目みないとわからないのかなあ。」

いやいや、これまで散々痛い目見てますから、今がどんなに危険な状態かはわかりますよ。しかし、刃物か・・・いや、刃物のの主からは距離を取るように戦えばいいか。特に強そうなのは一人だけで、それがしかも刃物の隣にいてくれるのは助かる。もちろん通報済みだが、この荒れた場所には早くて十分はかかるのだ。それまで持たせなければならない。

まあつまり、何もないならそれが一番、一分一秒でも、戦う時間は少ない方がいいわけで。変な沈黙で数秒が経過したとき、リーダーっぽい人が合図した。

しかし最初に来るのは間違いなく小物と決まっている。ゆえ、崩れた輪の間をすり抜けひとまず距離を取る。なかなか順調に応戦していたが、思ったより早く刃物男に遭遇してしまう。

「すんませーん!遅くなりました。こいつは俺がどうにかします!」

「気をつけて、お願いします!」

刃物男は中川さんが引き受けてくれ、俺は他を片っ端から制圧。警察が来た頃には全て終わっていた。

「中川さん、本当ありがとうございました。死ぬかと思った。」

「いやいや、だからこそ二人一組で回るんですよ。俺は一対多は無理だから、ちょうどいいんだ。」

この後他は無難にこなしたが、ちょっと衝撃的過ぎて忘れがたい。今日はそれ故に最近にしては少ない28件に止まり、報告を終えて筋トレへ。

そこで師範に呼び出され、任務地の移動を言い渡された。なんでも、やはり派遣された人員が被害に遭った場合には問答無用で異動となるらしい。中川さんに申し訳ない。

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