中編:執行猶予
1.又部道場
下山は三人ということで、今回は山野部氏の6人乗りの車で行くことになりました。
っていうか、結局行きも帰りも先輩と一緒!なんか違う気がしたのは深琴くんがいないからか。
その代わり勇子さん。人前で恥ずかしげもなく泣いてしまった先人達と違う彼女だったが、隠れてハンカチを出していたのを見てしまったのは内緒だ。
で、最初はなぜこんな厳重なチェックが行われているのかと訝しく思っていたのだが考えてみれば当然で、変な輩が入り込んで色々な技術をマスターされたら手に負えないということであった。
しかし、 行きのことを思い出してぞっとしていたのは俺だけではなく。
先輩と身を固め、勇子さんもしっかり手すりに掴まる。
・・・いや、最初が軟弱過ぎたのか?車が凸凹道に入っても、全然揺れている感じがしない。拍子抜けしたように三人で笑っていると、山野部氏も参戦した。
「毎年バスや車で門を潜る子達、最初はやっぱり大抵振り落とされそうになるんだが、鍛えるとあら不思議ってね。」
山野部さんもここの卒業生だそうで話が弾み、気付けばいつかの古びた駅だった。
「本当は目的地まで送りたいが、授業があるからな。・・・気をつけて、帰るんだ。」
しみじみ言われるとまた泣きそう・・・な所を勇子さんの蹴りで止められた。
考えてみれば教師って、割り切らなければ務まらない仕事だ。特にここの先生たちは、本当に尊敬する。
「なあ、行きも思ったんだけど、今時行李って、ちょっと珍しいよな。」
「え?」
ん、そういえば先輩も勇子さんもキャリーとボストンバッグだな。
「ああ、爺ちゃんが使ってたの、普通に使い勝手いいし容量大きいし、買うのも面倒で。」
以前蝉時雨と雑草だった駅は、すっかり枯れてしまった草草と、悲しい虫の声。振り返ると、なんだか魔法にでもかかっていたような気分になってくる。
「感傷的にならないでよ!こっちまで寂しくなるじゃない。」
「勇子さんかわいい・・・」
あ、別に二人付き合ったりしてませんよ?お互いどんなふうに思っているのか知りませんが。
それから何本も電車を乗り継ぐうち、乗客が増え、駅は綺麗になり、還俗した僧侶のような気持ちで大きい駅までたどり着いた。
「私はここで。二人とも、元気でね?多分そんなに遠くには行かないと思うけど、連絡はくれたら嬉しいわ。・・・浪花君、これは社交辞令じゃないから。前髪切ったら必ず教えてね。それじゃあ。」
ちょっとサングラスを外したらすっごい後悔したらしく、苦笑して去っていった。
「浪花、ほんといろいろありがとな。残りの学校生活、楽しくなるといいな。」
先輩とも一本電車を挟んで別れ、その去り際に頭を撫でられた。
さてと。俺のこれから向かう先は又部道場だ。学校からなるべく遠いところをセレクト。他に花房道場も近くにあったのだが、夜間しかやっていないこと、金がかかることなどからこちらにしたのだ。
「・・・おはようございます、浪花雅都です!」
ピザの配達かっ!と一人突っ込みを入れつつ叫ぶと、がたいのいい・・・とは言えない優男が出て来た。久々に見る。
「あ、新しく入るっていうの君か。・・・前髪、邪魔にならない?」
頭を掻いていたら、まあいいかと手招きされ、入れてくれた。
「失礼します!」
「おお、来たか。着いて早々悪いが、まず実力を見ておきたい。船橋、相手しろ。」
船橋と呼ばれた、道場長と思われる人の傍にいたごっついおっさんは少し怪訝そうな顔をしていたが、行李を下ろして中に入ると、いきなり襲いかかって来た。
なんだか手応えがない。あっという間に終わってしまう。
「・・・・・君、すごいね。」
と、 先ほどの優男。
「え?」
「今の人、この道場の一応ナンバーツーだよ?・・・あの、この人は?」
「霜月学院の卒業生の、浪花だ。・・・えーと。まず、今君が感じたように、君の相手ができるやつはここの道場にはいない。それは他の道場でも同じことなのだが。」
そこで言葉を切り、俺の方をまっすぐに見て来た。
「裏道場、霜月の卒業生ならばそちらに行くことをお勧めしたい。筋トレなどは学院から渡されているものがあるからそれをやればいいが、経験値を積むこと、それから骨のある人々と対戦することは重要なことだと思うが、どうだろう。」
「行きます!」
「君即答だね、いっそ清々しいよ。」
優男さんがため息まじりに呟くと、道場長も二度頷いた。
「因みに、裏道場に行くとなると指名手配犯の確保とか、現行犯逮捕みたいなことを義務付けられているんだよ?ま、それで君も持っているであろう卒業証書と一緒に受け取ったバッジに経験値が加算されて、ランクが上がるわけだけどさ。霜月とあんまりきつさは変わらないと思うけど、本当にいいの?」
「その方が嬉しいです。」
優男に呆れられ、道場長は面食らっているが。
何が悲しくて、せっかく身につけた筋肉、技術を手放さねばならんのだ。
それに久松より上に行きたいし、このままで深琴くんの両親にけちをつけられても面白くない。
「それじゃあ僕と同じだ。よろしくね、浪花くん。」
優男改め
「そういうことだ。氷長、又部さんの道場に連れて行ってやれ。」
「はーい。じゃ、行こうか。」
背は俺よりちょっと高いくらいで、薄い茶髪を肩くらいまでのばし、後ろで一つにまとめている。俺たちは床で伸びている人を通り越して、手近にある山へと向かった。
「あ、そうそう。本当は直に向かっても良かったんだけどね、又さんって結構意地悪でさ、君を試したみたい。でも、いい人だから安心して。じゃあ、遅れないようにね。」
山道を身軽に走り出す氷長さん。間違いなく俺と似た人種、つまり、見かけ的に筋肉ついているように見えない人。
だからといって無論遅れを取るはずがない。かなり明るい山道、一応前髪は避けているが見失うことなどあり得ない。かなり余裕と言って良い。
「さて、着いたよ。ちゃんと付いてきたね?そこはさすがかな。」
道場はやはり隅々まで掃除が行き届いているようで、かなり清潔感のある道場らしい道場の趣を兼ね備えている。
「又さん!連れてきましたー。」
中に入ると視線が痛いくらい集まる。そこまで人はいないんだが、うーん、まあ男臭い、ごつい、おっさん入り、といったところか。学院より明らかに年齢層は高めだ。真昼間ってこともあるとは思うが。
「氷長、ご苦労だった。浪花でよかったな。私が道場長の又部だ。よろしく。ついでだから氷長、部屋に案内しながらここについて説明しておけ。」
「分かりましたー。」
さっさと俺の手を掴むと、ちょうど人のいないど真ん中を突っ切りそのまま奥へ向かおうとするので、慌てて又部さんに会釈して引っ込んだ。
「まず、俺のことは下で読んで。苗字だとむず痒いからね。で、ここが君の、当面の部屋。 2人部屋で、中野って子がこれから入る・・・」
「な、中野!?もしかして、中野秋朔ですか?」
「あ、知り合い?よかったじゃん!もっとも彼、事情があって、人より早く剣道段取りたいって話でここに来ることになったわけだから、そんな長期間ではないけど。さ、荷物片付けながら聞いてね?
まず、ここはやっぱり、君みたいな卒業生は少ないけど、途中退学した人、そもそも入る資格を得られなかった人が来る場所だから、レベルは高い。ちなみに僕は反抗期真っ盛りで家出して、気づいたら高校卒業してたから入られなかったんだけど。
で、卒業認定バッチある?」
行李を探り、引っ張り出すと霜月と書かれたシンプルな円形のものがでてきた。
「これは君の社会的安全を守ってくれる。僕も道場が発行しているバッチを持ってるんだけどね、実はそれ、カメラ機能も付いてる。」
「どうしてですか?」
「指名手配犯はともかく、現行犯を捕まえた時に、証明する手立てがないとこちらが不利になることがあるから。それから・・・君自身が悪さしないかどうかという監視の意味もある。それをつけていないと何かあった時に本当に不利になることは覚えておいてね。」
それから続いた長ったらしくわかりにくい説明を簡単に言うと、現行犯や指名手配犯を探すために市中周り(いわゆるパトロールみたいなもの)をするらしい。その際見回りは二人一組で行い、小さいところでは窃盗から、強盗、痴漢、暴行、・・・殺人、などの取り締まりを行うこと。で、警察に報告するとその場にいる二人ともにポイントが付くが、一人だけしかいない場合は片方だけに倍のポイント。ただし、それはパートナーが止む終えず外していた場合に限るとのこと。そうしてポイントが貯まるとガードナーとしてのランクが上がる。つまり、実践値のランクが上がる、と。
「治安が悪い場所とか結構あるから、そういうところを回るんだ。ただし、西区の裏町には間違っても手を出さないように。あそこは銃を持ってないと入るのは危険だからね。あと、学校始まっても単独許可をもらえばポイント集めもできるけど・・・危ないからおすすめしたくない。本当に危ないことが多いから。」
「わかりました。確かに単独は死角も増えるし、大人数のときに危ないですからね。」
「そういうこと。それから、これはあんまり言いたくないんだけど・・・霜月卒は結構地味にひがみやっかみの対象になるから、気をつけてほしい。僕はあんまり気にしないんだけど、羨ましいんだ・・・だから、そういう立場にいること、ちゃんと自覚してね。よし。終わった?じゃあ着替えてトレーニング合流しよう・・・と言いたいけど、ペアの人聞いて、どこら辺回るのか聞かないとだめ。因みに僕はここのナンバースリーだから、そこそこ強いよ?あと上に龍ヶ崎と忍川がいるけどね。ってことで、敬いたまえー!」
なんとなく手を合わせたら、軽く頭を叩かれた。
「全く君は。それじゃあそのままの服でいいから道場に戻るよ。これはここの鍵・・・念のため、必要かもしれないから。」
そうだ、この習慣。忘れ去っていた。結局久松や神田、八重川さんが入り浸っていたから、鍵を掛けないようになっていたのだ。今のうちにちゃんと警戒モードを正常に・・・過剰だった面も大きいが、とにかく正常に戻そう。
因みに部屋はちょっと狭い、畳敷きの部屋で湿気の籠りやすそうなものだ。あの部屋が懐かしい・・・文机があるのはありがたいが、他はなし。押入れには布団と座布団ですね。窓には鍵付きの障子。古い一人部屋を想像していただければよろしいでしょう。
また優さんに引っ張られて行った先には、丸坊主の小柄な青年。目つきが悪いちょっと近づき難い感じだ。
「俺がペアになった中川です。案内しま・・・」
「うわー、浪花よかったな。こいつすっごいいいやつだぞ?さ、行ってらっしゃい。」
言葉を取られた中川さんは黙ってさっさと行ってしまう。最初の頃の久松見てる気分。
・・・本当にいい人?まあいいや。変な扱いには慣れてる。
さて森を走り抜けて出ると・・・ん?
「浪花さん!これからよろしくお願いします!」
「え?・・・あ、うん、こちからこそよろしく。」
なんかいきなり印象が・・・久松から神田君になった。
「俺、道場だと気張りすぎてなんか普通に話せなくて!じゃあ、行きますよ!」
手に持ってる竹刀をぶんぶん振り回しながら先を急いでいますけど。いやいや。ちょっと目立ちすぎやしませんか。
「それは?」
「刃物は持たせてもらえないんで、代わりです。俺、前に一回やらかしちゃったことあって・・・じゃなくて、こうやってたほうが目立たないんです!
普通に担ぐと明らかにやってる感出ちゃいますんで。」
最寄りの駅まで来た時、中々凄まじい殺気を感じた。俺に対してではない。おそらく、凶器は持っているだろう。まさかいきなり遭遇するとは。
「そうですか!便利ですね。じゃあ、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう。」
それからその方向に走って行く途中で叫び声を拾う。人混みでも独特だ。中川さんが付いてきていることを確認しつつ人を抜い、気配を殺し、・・・確保。
男はあごひげを生やしたおっさんで、女子高生に向かって刃物を出していた模様。相手に怪我はなし。
あ、俺が刃物無理なのは、自分が向けられた時だけなので、今のように後ろから関節技決める場合は問題ありません。
「なっ、浪花さん、今警察呼びました!」
ちょっとして追いついた彼が手早く刃物を回収し、警察が来た時に色々質問に答えたりしてくれました。
「でも、よく気づきましたね、さすがです!」
「ちょっと慣れてるんで。」
まさかの数分後の遭遇を果たした後、本当の現場に向かう。
「何もないことがほとんどですけど、あそこの駅みたいに普段は何もなくても遭遇する可能性ありますから、気をつけてください。」
電車降りてしばらくすると・・・ああ、治安悪そう。別に落書きがひどいとかではなく、どこなく漂う雰囲気が。谷崎先輩風にいうと、温度が二、三度下がったような感覚。道は埃っぽく、タバコは落ち、煤けている。たむろしている人々もいるのに音が灰燼に吸われて軋んでいるようだ。
「場所は一ヶ月くらいで交代になるんです。帰り道に違う人のところで遭遇して、その人たちがいないようなら別に通報して平気ですけど。」
全体的に殺気立ってはいるが、それは元々だろう。そこに爆弾のごときものが落ちない限り、一応の均衡を保っている、表面張力のような状況。
歩いていて特に何もなし。
「それから、あと四箇所くらいあります。走って回りますか?」
「是非!」
そっからは走りながらいろいろ話し、中川さんは親に根性が足りないと言われ、あの道場に投げ込まれたそう。たぶん貫禄のある又部さんのことだから、当たり障りない人選をしてくれたんだろう。あ、それから敬語はやめてくれと言っておきました。なんか先輩と呼びたい感じの人柄なので。
「よし。次は、ここ。」
一転して普通に人通りの多い交差点。たまにショーウィンドウが破られていたりはするが、悪者がうじゃうじゃいる感じはしない。
「主に大手の古本売買してるとこなんかが痴漢の巣窟になってたりするんだ。それから、人混みに紛れてスリ・・・とかもあるから。えっと後はそこの小物売りてええええ!」
現行犯逮捕再び。今度は万引きだ。
「こんな感じによくいるんだ。もちろん出やすいところ狙って派遣はされてるけど。」
一通り見て回り、次の場所へ移動、そこでも特に何も起こらずに、それから二箇所回って女の子に絡んでる三人の男を通報し、森の中に帰った。
「帰りました。」
雰囲気変わる中川。ある意味怖いぞ。
「収穫あったー?」
「三件です。」
「おー、今日見学だけだったはずなのにすごいな。あと、これ今現在探している指名手配者。」
分厚い書類を手渡してきた優さん。ナニワ人間レーダーによれば、中川さんはまだわからん。が、優さんは曲者。それは確かな気がする。
「それなら夕方からの回には参加できるな。昼食をとったら着替えて出てこい。」
又部さんの指示で奥に入ると、厨房と書かれたところがあったので、おばちゃんに俺の特質を説明。後始末まできちんとすること、食材の買い出しを今回を除いてちゃんとすることを条件に、勝手に使わせてもらえることになった。いい人でよかった。ちょっと辛口くらいが安心できるのだ。
ちゃっちゃつくり頬張る俺をおばちゃんと、奥から出てきたじいさんがびっくりしながら見ていたが、いや、実際広いキッチンは使いやすくていいのだ。取り敢えず礼を言い、道義に着替えて道場へ。
学院と早々代わりはない。普通に生徒?だと思っていた人の中に教える人がいたりもするけど、組手などもさせてもらえるので思っていたよりずっとしっかりしていた。目も行き届いているので、変なことはできませんよ?
・・・そんな中にあって、絶好のチャンス到来といったところか。師範が帰っていったのをいいことに、掃除を俺に一任して皆帰りおった。優さんやトップの方にいる人は事務の方に回っているのと、中川はそもそも途中で帰ったので悪しからず。
まあ、それくらいでいいんですか、というのもあるんですが?考えてみれば、下手に暴力に訴えればすぐ発覚しそうな場所なので、当然といえば当然。
で、だ。そんなこともあろうかと坂本氏に相談し、雑巾掛けのときにできるトレーニングを編み出してもらったのだ!いじめられっ子歴なめるなよ?鉛板を早々に仕込み開始。こういう平坦で単純な構造の場所は掃除しやすいのでものの数分で終了。後から色々難癖つけられるのも面倒なので、隅から隅まで、外回りの廊下、石畳、とにかく周辺全てコンプリート。あとは部屋の方だが、廊下だけに留め終了。やれと言われればどんなところだってやりますよ、気軽にどうぞ。
風呂が共同でなくてよかった。と言っても共同なんだけど、ずらっとシャワーブースが並んでる感じなのでそこまで気を使う必要がないのが嬉しい。
やっと部屋に落ち着き、寂しさなど感じる暇などないことを悟りながら目を閉じた。
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