27.日曜日

「浪花さん、おはようございます!」

久々の深琴くんのモーニングコール。 寝坊することがないのが一つ、深琴君がこの早い時間に対応したという、驚異の精神力が一つ。隣にちょこんと座っている深琴くん、にこにこしながら、まだ寝ている久松を下敷きにしていた。仕方ないです、狭いので。

「おはよう。ああ、今日は日曜か。」

この日は特に用はないが集まろうという、アバウトな集合がかかっているのだが。

今思ったんだけど、あの共有スペースそもそも俺たち以外使ってないよな?他の人々がいることは勉強の方でも、道場の数の多さなどでも知れたことなのだが、他の利用者を見たことがない。確かに白板と椅子と机があるだけの場所、使い道なんかそうそうなさそうなものですが。

「皆さんと一緒なんですね・・・あの、僕、一緒に行っちゃだめですか?」

寂しそうにしないで!今更ながら罪悪感が。

「どうしようか・・・教官に知られたら厄介だけど・・・」

まさか行李に入れて持ってきましたなんて言えません。誘拐しましたなん て口が裂けても言えません。さてどうしましょう。

「大丈夫です!久し振りに橋下さんとか、山野部さんに会いたいな、とも思っていたので。」

「あれ、知り合い?」

こっくり頷く可愛い子。ほんともう、この子のためならお兄さんなんでもしますよ。

さて。過去の俺のファッションセンスを呪いたいところですけど、喜んで着てくれているので良しとしましょう。

・・・ん?大丈夫か、俺!まあ八重川さん、久松、神田には割れているが・・・橋下さんも問題ないかな?で、今日は先輩はパスしたので、えーと。勇子さん、か。蒲原さんあたりは妄想の方で図星をつきそうで怖いんだが・・・

「浪花さん。僕は人の心読めるんですよ?心配ないです。変な風には絶対ならないって保証もありますしね。」

うきうきと支度をするのはまるで子リスのようで愛らしい・・・が。不安が払拭できないのは俺が未だに人間不信だからなのか?!

ぐるぐるとシチュエーションなど考えているうち、いつものスペースへ・・・左手に可愛い男の子、前髪おばけのニートっぽい俺再び。今度は間違いなく認知されますけど大丈夫?腹をくくり足を踏み入れたら・・・

「うっわああああー!!西條深琴?!嘘でしょ。」

「お久しぶりです、橋下さん。」

・・・フルネーム認知。しかもなぜか名前に反応した数名の目が点。

「本当にいたのか、西條深琴。」

「伝説だとばかり・・・・・」

菅原さんも勇子さんも、なぜにそんな過剰反応なの?

「え、なに。深琴君有名人なの?」

神田言。久松とやっさんも似たような感じにきょとんとしている。

「って、八重川は知ってるだろ!ほら、数年前ここ史上最年少で卒業した、あの。」

うそだろ?って、蒲原さん慌てすぎて机壊しそう。

待てよ。だからここにいたる道中が険しいこととか、それから自主トレが過剰だったりしたわけか。微妙に納得。

「いや、そんな奴知らん。」

「ま、まあやっさんはその頃何聞いても馬耳東風だったからねー。」

橋下さんの声が震えている。

「あれ、なんでそんなに僕有名人になってるんですか?・・・別にいいですけど。」

「ってお前、フルネームくらい名のれよ。普通に名前知らなかったんだけど。」

「あれ、八重川さんには名乗りませんでしたっけ。」

「聞いてねえよ。」

「と、とにかく。どうして、卒業して久しい君が、ここにいるのか、聞いていいかな。」

「橋下さん冷たい・・・別にいいですけど。僕、浪花さんの所でお世話になってるので。自宅に一人にするの、浪花さんが心配だって連れて来てくれたんです。」

「・・・どうしたらそんなことになるのよ。」

そこは踏み込んではいけないところだ!勇子さん!

「本当は浪花さんが卒業する時か、僕が二十歳になったときに話そうと思ってたんですけど、なんだか見ていられない無鉄砲な人が多いので話しますね。

まず、僕がここに普通より早くに入れられたのは、僕の能力みたいなものが特殊で、自分で身を守れるようにならなければまずいと親が判断した結果によります。家柄的にも、色々に巻き込まれやすい立場でもありましたし。それで、なんとか卒業した後、なんと専属のボディーガードをつけると言い出したんですよ。必要ないって言ったのに聞いてくれなくて逃げ出したあと、案の定いろんな人から追いかけ回されまして。一時は警察の保護・・・名目上は保護ってことになってましたけど、体のいい軟禁ですね・・・を、受けさせられました。いろいろ協力させられて、ものすごく退屈でした。外にもほとんど出してもらえませんでしたし。


で、物好きな人が拾ってくれるかなーと思って、外出時に隙をついて脱出して、土地勘も何もありませんし、そもそも地図とか無理で適当に歩いてたら、浪花さんにばったり。と、そういうことです。」

「物好き・・・浪花君。なんか釈然としないけど・・・」

全ては太陽のせいだ!異邦人だ!そんな事情知らなかった俺は普通にちゃちゃっと連れ帰っちゃったのだよ!

「あのさ、そもそもちょーど変態とかに捕まったらどうしたの。」

神田くん・・・俺がその変態という線は無視ですか?

「そしたら、普通に倒してにげました。僕、強いですから。浪花さんはなんか、こう・・・忠犬?のようなオーラ出してましたから、間違いなく、大丈夫だって確信してました。」

「だからあの反応?おかしいなあとは思ってたけど。」

「それに僕、被害者さんも、凶悪犯罪者も結構沢山見てますから、善良な人だってことくらいわかります。」

にっこり笑う深琴君、しかし、しかしだね。一歩間違えればどうなっていたかわかりませんよ?

「それで、本題なんですが・・・久松さん、神田さん、それからとっても不本意ですが八重川さん、僕のボディーガードという名目で雇われてもらえませんか。守る対象は浪花さんで構いませんし、そうして欲しいんですが、僕も高校には行きたいですし、大学にだって行ってみたい。たぶん浪花さん一人では父も母も納得しませんから・・・どうでしょう。」

「ひとついいかなー。どうしてそれ、俺たち部外者いるところで?」

「その方が面白いからです!それに、話に聞くだけだとさすがに不安なので、皆さんの練習見ておきたいなと思うし、浪花さんのも一度見てみたいと思っていたので、橋下さんには少なくとも認知されていた方がいいと思って。」

「・・・確かに、困るとは思っていたからありがたいが・・・」

「ああ、八重川さん。心配しなくても平気です!僕のことは浪花さんが絶対に守ってくれる。だから、そんな浪花さんが無茶しているときに、浪花さんを助けてくれれば問題ありません。」

なんていう厚い信頼。そしてこの待遇。嬉しすぎて涙が出そう。

「俺乗った!みこっちゃんも先輩も守る、最高!」

「あまり本意ではないが、乗らせてもらう。こいつの無鉄砲はたまに見ていられない。それに西條がずっと外出られないのも理不尽だからな。」

久松はいいやつか?疑惑再び。やっぱりちょっとむかつくけど。

「・・・まあ、どうせお前ら2人離れないなら一緒か。俺も乗る。 」

「嬉しいです!あ、それじゃあ僕部屋に戻りますね。山野部先生によろしくお伝えください。」

深琴くんを部屋まで送り、 ほっと息を吐く。・・・なんかすごいことになった。でも、これで少なくとも、深琴君は安全。それから・・・これからも、皆んな一緒だ。俺には深琴くんがいてくれるけど、正直、特にやっさんは心配だった。久松は知らんが。

「あの、浪花さん。怒ってます ?」

「え?まさか。どうして?」

「その。色々と、秘密にしすぎていて。」

「触れられたくない秘密とか、なかなか言えない事情とか、普通あるものだから。逆に言ってくれて、ありがとう。」

「浪花さん・・・あの、いつまでも、そばにいてくださいね?」

「うん。当然だよ?」

再びの指切り。昔は本当に破ると切ったと言われる小指だけれども、俺はいつまでも繋げているつもりだ。



スペースに戻ったはいいが。さて?なんでしょう、この状況は。

まあ宅配が来たのは見ればわかるが。

大量の本・・・俺宛のものまである!が、だいたい蒲原さんの。 内容は推して知るべし。

あ、因みに元担任からの手紙はまだ読んでないです。神棚に飾るような勢いで置いてあります。 どちらに振れてもお守りになりそうな気がして、封を切れずにいます。それになぜか、前髪を切った目で呼んでくれとうっすら透かすと書いてあったりしますから、それで正解でしょうが。

送り主は担任からかな・・・と思っていたら。

ラインナップが明らかにおかしい。

「浪花。これ、そのまま処分か?」

「・・・まあ、物選んで処分、だな。」

久松がまず気づき、次に八重川さんが、神田はきょとん。

さらっと言えば、グロテスクな中身が想像できそうなものたち。写真集までご丁寧にどうもですね。

ハンニバルシリーズはともかく。実際にあった残虐殺人事件簿写真付きとかほんと勘弁してください。これやったの鮒羽でしょうね。いや、違うか。中村かな?まあ、誰でもいいか。

こうして一応文学作品だけ取り除いていくと・・・

何がしたかったんでしょうか。別個に俺の写真・・・しかも自宅の。

一つ一つコメント付き。の模様。

それがきっちりとした装丁で・・・バーコードなくてよかったですけど。

そこから一枚手紙

『売られたくなければ今すぐ帰れ。』

「誰が買うんだよっ。」

思わずツッコミを入れていたら、自分の方の整理に移っていたやっさん登場。

「浪花?・・・おいおいこれ、普通にただのストーカーだろ。」

「それも強烈。・・・でもこれ少し古いのか?西條が写ってない。」

よく気付いたな、久松。

「ん?・・・・・ってこれ。いつまでさかのぼってんの?それにこの最初の一枚は最近のだ。中間前なの確認だけしてる写真だから。」

見れば、中一くらいの時から始まっていた。恐ろしい枚数。どれも俺の目線はカメラから外れている。

もしかしなくても盗撮。たぶん深琴くんが気づいて処分してくれたんだろう。

「・・・しかし、おまえ自宅でも前髪そのままかよ。」

「仕方ないだろ?鏡見るの怖いんだから!」

「・・・まあ、そうしてくれると俺は安心だが。でもこれはさすがにまずいだろ。風呂場とか部屋の写真はないようだけど。」

「だからと言って、もう一応撤去してくれてあるみたいだし、そこはいいや。」

手紙は本に挟まっていたのを除くと、たったの一通だけである。チラシも入っていない・・・

怖い。怖すぎる。何が書かれているんだろう?

・・・なんということだ。奴は怖いもの見たさという心理を突いている。さてどうしたものか。

「俺が先読もうか? 」

「橋下さん!さすがに悪いですよ!」

「まあまあ、一応年上なんだからさー。ちょっと失礼?」

読んでくれるとありがたいはありがたいのだけれども。他人の悪意とかって怖いですよ?本当に怖いですよ?

「・・・・・まさるん、これは読まなくていいよ。」

「へ?」

「本心と違うからね。・・・やっさん読むー?」

なんか忠犬みたいに久松と二人、手紙を読む橋下さんの前に直立していたが、その言葉と同時に手紙は破かれそうになりながら読まれている。

真に怖いのはどっちだったか、わからない形相で。鮒羽、大丈夫だろうか。なんかちょっと心配になって来たぞ。

「二人ともこわーい!あのさ。まさるんは、これから怪しげなの入ってたら取り敢えず俺に渡して。外部特別授業でそっち系とかもやってるから、俺はまあまず問題ないし、内容がまともならそれもわかるから。ね。」

「すみま・・・いえ。ありがとうございます。」

やっさんが嬉しそうにしている。なんか俺、すごい守られてる。

「あ、そちらはもう終わったかしら?うちから、チョコレートとクッキー送ってきたの。一杯あるから、食べない?」

勇子さんの差し入れは、教師が見たら卒倒しそうな量のチョコレート箱の山だった。クッキーも申し訳程度に混ざっているけど。

「それじゃあ俺コーヒーと紅茶淹れてきますね。」

因みに俺はコーヒーは断然プレス派だ。時間はかかるが苦味も抑えられ、コクはあっても油っぽくない。とくに寒くなってくると、深煎りのコーヒー豆で淹れるのは最高だ。銘柄はそこまで詳しくないがね。

さて、と。凶悪な顔の二人組はこう見えて甘党。特にやっさんね、すごい甘党。だからコーヒーも、コーヒー牛乳みたいな甘みの強いのを好む、ちょっと可愛いところがあったりする。まあ久松にはブラックでそのまま飲んでもらうが?無駄なかっこつけはただ損するだけですからやめましょう。

一応それぞれの嗜好に合わせ(久松除く)持っていくと、そこそこ高級そうなチョコレーとがいっぱい。なんでも、みんなで楽しく食べてね、と送ってきたそうで。

・・・定番ですか?ほぼ全部に強めの洋酒入ってます。勇子さんのお母さんってもしかして、すごい面白がりやだったりするのか?

それからしばらくはなんともなかったのだが。今現在、俺は軽くふわふわいてはいるが、少なくとも周りと比べたらシラフと言って良いでしょう。

「大好きー!」

・・・八重川さんにがっちり抱きしめられ、身動きは取れず。しかし周りを見渡すと・・・うん。逃げるか。

取り敢えずやっさんは俺が責任を持って運ばせてもらうとしよう。あとはもう、とても相手にする気にならん。

なぜって?久松はキス魔になってるし、神田は露出狂になってるし、勇子さん寝ちゃうしそれに橋下さん絡んでるし・・・とにかく筆舌に尽くしがたいものがあるのだ。チョコレートの洋酒でここまでになるとはとても思えないが、まあいいや。

「一緒にいたいよう。」

「泣かないでくださいよ。ずっと一緒でしょ。」

涙を浮かべつつ、それでも微笑んでいる八重川さん。なんで、俺の周りにはこうも天使が・・・うう、まぶしい

「・・・ただいま。」

「な、浪花さん!?まさかのお持ち帰りですか?」

「へ?いや、離れそうもないし放置できないかなって感じで。」

いかにも安心してます、でもかなり不安ですという感じでしがみついてたら、ちょっと引きはがせない。

「俺のこと、嫌いじゃない?迷惑じゃない?俺、生きてていい?」

人の言葉にこんな風に泣きたくなったのは初めてかもしれない。とにかく座布団に座らせて、返事の代わりに抱きしめた。理性飛んでるひとに、言葉じゃきっと伝わらない。

きっとこの人は一人にしちゃいけない。何かあればすぐにでも崖から飛び降りてしまいそうで怖い。強いのに、本当は強いのに、こんな風にしてしまった奴らが憎い。

しばらくして寝落ちした彼を横にならせて、シャワーを浴びて、深琴くんとちょっと話して、八重川さんの隣に横になった。今日はちゃんと脈拍の聞こえる距離で、寝たかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る