26.吹き抜ける風のような
さて、C組を離脱した俺らを待っていたのは・・・
殆ど面子変わらない!顔を合わせる回数がちょっと減っただけ!
まあ大抵一般体術は選択するわけでですね?神田くんなどのように特殊性の塊のような人でもある程度被るわけだ。
そこで、量より質の学校、しかも均等な質を求めない学校ならではの方針で、結局俺はまさかのマンツーマン指導になった。
道場が被り、顔を合わせる機会があるという程度になるのは必然だが、朝のトレーニングは元のメンバーで固まるから、そこまでの寂寥感は感じない。いや、感じている場合ではない。俺は貪欲に、強欲になってしまったのだから、強くならねば。
それでは、なぜ俺が個別指導になったかといえば。
第一に、この全国平均よりはでかいということを失念していた、180ジャストの体格。にもかかわらず身の軽さ?、俊敏さ、瞬発力、索敵といったものを強みにする俺の特性。
第二に・・・これはかなり不本意なんだが、猪突猛進と様々な人から言われる俺、集団での特訓に向かないと判断された。曰く、久松の特性が似ていれば一緒に指導して問題なかったんだがby山野部。つまり、周囲の出来栄えに意識を削がれ、自分の適正な成長速度を見失う恐れがあるということ。
そんなこんな、柔道から何から、びしばし叩き込まれる日々。曜日で決まっているのでそこは楽だが。
まあ、空手は極真だし?直接打撃なんですよ。これが、まあやられる方も痛いでしょうが、やる方もそこそこ痛いのだ。作用反作用、当然ですが。
初日、色々と注意点を論いながら、教官曰はこう話していた。
「拳はある意味フィフティーフィフティーだ。無論効果を狙いはするが。しかし、刃物など凶器は、精神的なフィフティフィフティなのだ。痛みを受ける可能性と、傷をつける可能性の間にあるもの。だが、持ち主に相手を傷つけている意識がない場合、そもそも非武装な相手に向けられる場合、卑怯だとしか言いようがない。自分には何も跳ね返らないからだ。そんな卑怯なやつらに、精神でも肉体でも負けるな。」
と。さらに言えば、特に凶器は人を傷つけることを前提にしているのだから、刃物を握らせる神田のような人であっても、相手が相当の強者でない限り、刃物を持っていようが刃物での応戦はさせない、とのこと。
それからもう一つ。拳は開けば和解。刃物は取り上げても内側の狂気は開かれない。
実例を知っているだけに説得力が違う。鮒羽は勿論無抵抗で無防備な俺に対して、刃物を使っていたわけだが・・・正直、浅くなら、治るならみたいなのを前提にしているからこそ、あまり罪悪感があるとは思えない。多分、奴は体がぶつかるより強烈な痛みを与えたかった、そのための凶器。それが和解からどれほど遠いか、よくわかるさ。
えー。さて、今現在?教官のありがたいお言葉など思い出しながら何をしているかと言いますと。
「ダイジョウブ、デスカ?」
八重川さんが俺を抱きぐるみにして震えていた。
今日の練習が終わり、寮に戻ろうとしていた時、ちょうど人通りのない廊下で鉢合わせしまして、気付いたらこの状況である。
そろそろかなり寒くなってきたので人肌は嬉しい。が、ちょっと心臓に悪い。別に何されているわけでもないが、柔らかい髪が首元に当たり、とても落ち着かない。
「・・・八重川さん?」
「いきなりなんか人いなくなって、お前の姿見えなくなって、・・・」
寂しいのか。そうだよな。いきなり周りから人がいなくなったんだから。八重川さんにとってC組は、もうほとんど家族みたいなものだっただろう。これからさらに人が少なくなったらと思うと堪らなくて、お留守になっていた手をそっと八重川さんの背にかける。一瞬硬直したようだったが、そのまま解いてくれた。
「・・・あのさ、浪花。勝手だけどさ。俺やあの小憎たらしい小学生以外にこんなふうにされたら、いや、まあできれば逃げて欲しいが、その・・・少なくとも、抱き返すなんてこと、しないで欲しい。不審者だぞ、普通に。」
「え?・・・いいけど、なんで深琴君は例外?」
「・・・まあ、まだ一応子供みたいだし。さすがに大人気ないっていうか。少なくとも、お前を傷つけるようなことはないってわかってるから。本当はそれだって嫌なんだ!・・・笑うなよ。」
と、いいつつちょっと楽しそうなやっさん。
「・・・あの、一ついいですか。」
「ん?」
「俺、なんか色々貰いすぎてませんか。その・・・それなのに、何も返せてない、のが。」
「お前なあ。損得感情なんかで測れるものなら世の中の恋愛事情はかなりシンプルになってるはずだぞ。別に俺はお前がなにかしてくれたから好きになったわけでもないし、もちろん経済力に目をつけたわけでもない。まあ、敢えて言うなら・・・いや、まあなんだ。ただ幸せでいてくれれば嬉しい、そこに俺がいるなら、もっと嬉しい・・・とか。くそっ!変なこと言わせやがって!親が子を愛するのに、リターンなんかいらんってのと同じようなもんだよ!あれば嬉しいが、なくてもかわらん。そんだけだ!」
全力疾走・・・相変わらずすっごい早い。そのあとどこかに衝突したらしい音が聞こえたような気がするのは、空耳ではないだろう。
なんか俺、変な質問・・・したんだな。
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