23.この日は
・・・やはりそうか、という感じではあるが。
やっさんの寝相災厄。
朝起きたら、彼は布団から数メートル離れた勉強机の方で伸びており、深琴くんが故意か事故か、俺に抱きついて眠っておられる。
・・・しかしもう十一月。悠長にしている時間はない。それなのに俺は・・・ここにいたくて仕方がない。目的は違うにしても卒業という目標を共有した仲間、ライバル、深琴君以外何もいらないくらいの勢いで日常から飛び出したのに、こちらでタイヘンな拾い物をしてしまった。
「浪花さん。」
「あ、ごめん起こしちゃった?」
「・・・大丈夫です。きっと久松さんも八重川さんも、1人になんかしませんから。」
僕は不満ですけど、と付け加えて首に抱きついて来た。そうだ、寂しさなんか感じている暇なんかない!取り敢えず、久松が先に卒業するような事態は避けなければ。今から奴のしたり顔が目に浮かぶようだからな。
「僕はずっと一緒にいますよ。」
「ありがと・・・」
「こら、ちびっこ!なに朝から絡んでるんだ!」
「あ、八重川さんやっと起きられたんですね。意識してもらうためにあんなことまでしておいて出遅れるなんて。」
起き抜けから猛烈な攻撃を受けているやっさんが心配。昨日から何回赤くなったり青くなったりを繰り返しているかわからないぞ?
「・・・・・あ、そろそろ行かないと遅刻だな。ちびっこはここでお昼寝でもしてな。」
「つくづく嫌な人ですね!嫌われても知りませんよ?」
そんな抗議を後ろに聞きつつ、やっさんに引き摺られるようにして部屋を後にしたのだった。
*
あれからほぼ何事もなく一週間経ち、勇子さんや橋下さんの攻撃を、視覚のないまま避けられるようにもなり、今月でC組離脱できそうな予感に浸っていた時分。
十一月十八日、忘れていた、俺の誕生日。
皆んなから予想外に声をかけられ、祝福されたのはとても嬉しかったのだが。
昼間に、一本の電話があった。休憩時間を図ったかのように。
『おー、出たか。引きこもり君?いや、逃げ出した臆病者か?久しぶりだなあ。』
忘れかけていた声。知らず手が震え、嫌な汗が流れてきた。
「・・・鮒羽」
『寂しかっただろ?誰もお前なんか見てない、ひとりぼっちは。早く出てこいよ。どこにいるんだ?今度また遊んであげるからさあ。』
不快感と憎悪で吐きそうだ。嫌な具合に胸が重く痛く、病人のような不整脈がそれを助長する。
「なんで、電話番号・・・」
『さあね。どこへ行こうと逃げられると思うなよ。』
そのとき、ものすごい強い力で受話器が奪われた。 何が起きたかわからずにいると、般若の形相のやっさんである。
「お前が鮒羽かっ!?誰が一人ぼっちで寂しいだろうって?ふざけんな!お前が浪花を孤立させたんだろ。俺は何があっても浪花を守・・・」
「鮒羽だな。舐めた真似しやがって。あいつを倒すのはこの俺だ!それまでに手ェだしたらただしゃおかないからな!」
「おっ、久松!勝手に割り込んどいていきなり受話器置くな!」
「あ?もう用はねえだろ。」
・・・・・盛大に喧嘩売ってくれた二人。言い争いながら、まだ受話器は外れている。
「・・・何なんだよ。 やっぱりあいつ・・・」
あの男でもこんな情けない声が出せるのかと妙に感心しつつ、 受話器を置いた。
「・・・えっと、二人ともありがと・・・」
やっさんからは抱きつかれ、背後からなぜか神田が飛んできた。
「おっ、俺、今の聞いちゃって・・・役に立たないかもしれないけど、俺、ずっと先輩と一緒にいたいです!大物になったら、絶対雇ってください!俺、俺、ただ筋肉のバランス悪いの改善したくて来ただけだったんすけど、先輩の料理と努力に惚れたんです!」
・・・すっごい際どい言い方。しかし・・・子犬?わんこ?のように懐かれているのはやっさんも承知のようで、ちょっと拳に力が入っただけに留まる。
「あ・・・でも俺・・・」
「心配無用です!高校行ってる間にいい方法探すんで!」
なんかもう、嬉しすぎて。先ほどまでの不快感が吹っ飛んでしまう。
見ると、Cクラスの他の面々も近くにいた。騒ぎを聞いて来てくれたらしい。
「なんかまさるん、もてもてだねー。三蔵法師みたーい。」
「確かに。えっと。神田君が悟空で、久松君が沙悟浄、猪八戒が・・・八重川くん?」
「いや、橋本さんも勇子さんも。そもそも玄奘三蔵にこの髪型はないでしょ。」
前髪長い坊さんとか。普通にいやだ。
「俺はそれに豚じゃない。」
つっこむとこそこ!?で、なんでやっさんむくれながらこっち流し目してくるの!
「はははっ、これはいいね。今度4人の衣装揃えてみる?」
「谷崎先輩!さっきの話し聞いてました?しかも三蔵は確かすごい美形だったような・・・」
「え?だから・・・」
「おし!今度の祭りはそれでいこーか!前髪は切っちゃえばいーし。」
「よくないですよ 、悲惨ですよ!」
やいのやいの騒いでるうち、なんとか前髪伐採を回避した俺たちは、時計を見て仰天、ダッシュで第一道場に駆け込んだのだった。
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