22.火花散る

さて。あれから俺の特訓は目に見えて上達。月をまたぐ頃には目をつむったまま教官の攻撃を交わせるようにもなっていた。

そして蒲原さんは宣言通り次のステージへ。本人の希望で宴会はなし。

「別れという文字は俺には存在しない!」とのこと。

で、俺は残りの日で触覚を特に鍛えると宣言し、勇子さん、やっさんと共に谷崎氏にどんなふうに「感じる 」のか指導を受けているところであり、すべて順調に進んでいる。あ、因みに深琴君の勉強の方は高2に入りまして。頭が良すぎる深琴君。そろそろ追いつかれそうで怖いくらいです。

そんな矢先、途中脱退した中野から皆んなに宛てた手紙なんか届いたりして、中々に感動的なことがあったりした。彼は今、やはり海外で絶賛活躍中だが、今度一度この国に戻り、本願である剣道だけはしっかり身につける積りだそうです。

・・・そして今。今日の復習も終わり、予習も片付け、深琴君の宿題を作っていた今。今日は久松と神田が蒲原氏などに呼ばれ、深琴くんと俺以外に部屋にいない今。

やっさんが登場し、深琴くんが隠れた所。

とても近くに八重川さんの体と顔がある。座り込んでいた俺と目線を合わせるように膝をつき、片手で俺の顔を持ち、薄茶色の目でこちらを覗いている。

「八重川さん?」

「自分のテリトリーに人を入れるときにはもう少し用心しろ。・・・俺はお前の嫌がることなんてするつもりはないが、こんなに無防備にしていられるのも困る。 」

じっと見つめられるのには本当に慣れていない。しかもそこらにはいない美形には。

「高校生男子の考える方向は、相手が異性だろうと、同性だろうとほとんど変わらないぞ。プラトニックな奴なんて、ほとんどいないと思え。」

そのまま、軽く唇が触れ合った。薄く目を開けると 、八重川さんの長く色素の薄い睫毛が見えた。


それでも、絶対に彼は一線を超えない・・・と思っていたのは俺だけだったか。

「八重川さんですね!?その人から早く離れてください!」

突如現れる深琴くん。学力が伸びても身長が伸びない深琴くん。俺のお古に身を包んだ可愛らしい深琴くん。しかし凛々しい西條君。

「ん?お前が同居人か。」

「浪花さんは僕のです。絶対に渡さない!それに、ずっと一緒にいるって誓ったんです、お引き取りください!」

「浪花とお前がどういう関係かは知らないが、その様子じゃ恋人ではないだろ?」

「違いますけど・・・」

「いや、もしそうだったとしても関係ない。俺が振り向かせてやる!」

「僕に宣戦布告なんて、いい度胸ですね。いいでしょう、受けて立ちます!」

・・・誰かタスケテ。なにこの状況。

「浪花さん、僕もあなたが好きです。八重川さんよりもっと!」

「貴様勝手なことを・・・」

怒れる虎と豹を見ているよう。普段は砂糖より甘い深琴君の雰囲気が鋭い、殺気に満ちたものに変わっている。迫力では同点かもしれない。

火花を散らす二人の元に久松と言う名の救世主登場。その隙に深琴くんが俺に抱きついてきた・・・やっさんが怖い。

「一週間後日曜、皆んなで勉強会になった。そのときは特にお前は何もしなくていいぞ、机が料理で埋め尽くされて使いもんにならなくなるからな。」

皮肉かっ!まあ勉強会とか楽しそうだからいいけど。

「わかった。・・・戻るの?」

「ああ。今日は橋下さんの所に厄介になる。」

・・・・・やっさん顔真っ青。橋下さんとやっさんは同室のはず。久松は爆弾を落としたまま退場。

「へー。今日ここに泊まるんですね?」

深琴くんが容赦ない。真っ赤に転じた八重川さん。

「か、蒲原の所に・・・」

「あ、それじゃあ雅都さんは僕がいただきます。」

寄りかかってくる深琴君、それに歯噛みするやっさん。何この状況。

「あ、あー俺、シャワー行ってこようかな。」

この場がいたたまれなくて、元凶浪花の逃亡。火花を散らしつつ、ついて来ようとする二人。

「ちっこいのはねんねしてろ!」

「ヤンキーは自室に戻ったらどうです。」

背後の声はとても気になるが、とにかく無視。

それにしても、なんで八重川さんは俺なんか・・・いやいや、俺を好きになったりしたんだろう。本気で綺麗だし、優しいし、きっと俺以外にも庇護欲的なものを煽られる人いると思うんだが。

いやだってさ、雰囲気と口調はなのに、たまにすっごいナイーブになったり、なんの間の言って俺以外の人がいなくなるのにだって寂しそうな顔はするし、とにかくわかりにくくかまってちゃんのことがあるのだ。たぶん橋下さんあたりは理解しているだろうが。


さて、しばらく経って出て見ると、やっさんが深琴くんの下敷きに・・・どちらかというと押し倒されているように見えるのだが・・・なっているのを発見。どうやったんだろう深琴くん。

「なにやってるの?」

「勝負に勝ったので、今日は僕が浪花さんの隣で寝ます。」

そのあと、なんか小さい声で

「・・・おまえ本当に小学生かよ。」

「さあ、どーでしょうね?」

という会話がなされていたのを俺は 知らない。

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