21.下山
翌日。落ちたまま寝ている器用なやっさん発見。取り敢えず湯を沸かし、白湯を作りながら毛布を木に登って取りに行った。
それにしても、寒い。雨に濡れたのと気温も低いのとで、ものすごく寒い。木の上からは切れ切れの雲とまだ明けやらぬ空が垣間見え、寝覚めのいい鳥はもう鳴き始めていた。
そんなこんな、本格的に森の中にいることを実感しつつ、昨日のことを思い出す。
ここに来てから俺は、どうにも与えられてばかりの気がするのは、たぶん気のせいじゃない。俺がしていることといえば、それこそ馬鹿みたいに努力して、たまに宴会用に食事を用意することくらいなんだから。
・・・それに、ここを卒業したら、きっとまたみんなばらばらになる。深琴くんがいてくれなかったら、そんな孤独感、耐えられなかったかもしれない。
今考えても仕方ない、ちょっと先のことに鬱々としながら降りて、寒そうなのに毛布を掛けると、もうちょっとだけと呻いている。寝覚めはいいのに寝相と往生際が悪いやっさん。小屋ですでに経験済みである。(※座っている場合は朝まで微動だにしないため、翌日体の痛みで起きるらしい。)
それにしても。起きているときはおっかないことが多いのだが、気持ち良さげに眠っているのは天使か何かにみえるぞ。
「んん・・・ああ、おはよう。」
「あの、どこか痛いところないですか?」
きょとんって。まだ起きてない。絶対起きてない。起き上がる時俺の腕を掴み、暫くそのままフリーズしていたやっさんは、周りを見渡してやっと合点がいった様子。
「落ちたのか。・・・大丈夫、どこも痛くない。」
その答えを聞き届け、早々食事の支度をする。と言っても、かなり簡略化しているが。
それにしても餅はやはり偉大。それも揚げてあるのはなお素晴らしい。昔登山ものの小説読んでたのがこう役に立つなんて。
「さて。取り敢えずどうするか。祠まで行って戻るか?」
まああっちの人たちがSOS出してなければ、その方が確実だ。
ということで登山開始。そして気づく。俺は昨日、間違いなく超人になっていたこと。
一本道以外、ほんと人外魔境な雰囲気なのだ。かなり急な斜面、倒木、普通に鬱蒼としてるし。
「浪花、寒くないか。」
「え?ああ、昨日濡れたからちょっと寒いけど・・・上着寄越そうとかやめてくださいよ?風邪ひきます。」
頭抱えるやっさん。俺はなにか変なこと言ったのか?
「それにしても、谷崎は大丈夫か?虫、結構出ているが。」
「・・・さすがに平手は繰り出してないと思いたいですが。」
「あれは、普段穏やかだからこそ怖いよな。」
ぼちぼち話しながら山道を歩いていたところ、神田に遭遇。しかし・・・
「まさか、神田もはぐれた?」
「せ、先輩いい!怖かった!こ、コウモリまで出た!」
三人になってまた遭遇。次は蒲原さん。・・・って、大抵逸れてるじゃないか!
そうこうするうち勇子さんと先輩の組に会い、蒲原さんが茶化すと勇子さんが蹴りを入れ、笑っていたところに久松と橋下さん。気づいたら目と鼻の先が祠。
「あれー。誰もSOSしなかったの?帰り二人になるかなーとか思ってたんだけど。」
橋下さん、わかってたなら全速前進はやめよう。まあ、あの場で他の人たちが散り散りにやっさん探ししてたらそれこそ収集がつかなくなったでしょうが。
「でも無事で何よりだねー。帰るかー。」
行きと同じ順番に並び直し、今度は下りになることが多くて楽・・・なはずはない。しっかり小さい筋肉を使ってのろのろと降りるのだから、何方かと言えば下りの方がきつい。踏ん張らなければ転がり落ちそうなところもあるし。
たまに後ろを気にしつつ、野を超え山を越え?漸く問題の記念碑まで来た。なぜか懐かしい。不思議。
「まさかここで逸れたのかっ!」
蒲原さん・・・他人に言われると恥ずかしい。
「あれー。いっぱい印あるー。ほら、向こうの方までずーと。」
こちらを振り向いて指差す橋下さん。
「よーし、ちょっと行ってみようか。」
「い、いや。もう帰ろう。帰りたい。」
先輩切実。 しかしまあ、よくあそこ入っていって怪我の一つもしなかったなあというレベル。日が当たると、俺のあほな歩みがわかってしまうのだが、どうやって行ったのか分からないところにまで印が彫られている。
「猪突猛進も大概にしろ。俺だって別に、晴れ間が出れば戻れたんだし、あんまり危険なことするなよ。」
「でも!SOSするにしても、一人で待つの寂しいじゃないですか。」
やっさんはそれきり、人が良すぎるとかなんとかぶつくさ言っていた。人がいいは先輩の専売特許だと勝手に思っているんだけれども。
「うわ、吊り橋あんなボロかったっけ。」
一同の心情を代弁するような先輩の一言。いつの間にか行きにも通ったはずの吊り橋が見えていた。
・・・これがとってもボロいのである。昨日は雨の方に気を取られていたが、ちょっと揺れただけで落ちそうな有様。
「この先に紅天女の里が・・・」
「こてるんさ、ちょっとネタが古いよ。」
橋下さんが先頭に立って渡りながら的確な突っ込み。・・・っていうかあの演劇漫画、BL要素は皆無だったような。
「くろべー推薦だ!まだ連載中らしいぞ?」
黒部さんが少女漫画を読むところ、あんまり想像したくない。少年漫画も違う気はするけど。
そんな会話を聞きつつ、最後に二人で渡っていると嫌でも放火シーンを思い出す。あれ、本当にやったら一応器物破損ですよね?
「知ってるのか?あの、『恐ろしい子』ってやつ。」
「メッキの仮面でしたっけ。小さい頃に読んだ記憶が・・・」
なんか題名違う気がするが、まあいいとしよう。結局その後火のついた菅原さんのセリフ攻めがあり、微妙にげんなりしながら下山を続けていると、学校のちょっと特殊な外観が夕日の中見え出した。なんとなく、帰ってきたという感慨が込み上げる。
「お疲れ様。・・・皆んなひどいな。すぐに風呂にしろ。」
山野部氏に言われてみれば。みんなまともではない。神田とかもう、所とごろ裂けたダメージジャージになってるし?やっさん含む大多数も泥んこだし。
あ、肝心の先輩。もう大丈夫っぽい。ただ、早期にここからは出たい旨話されていましたが、卒業はするとのこと。ここまできたら意地でもと垂れた目でへらりと笑っていた。
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