16.そこで見たもの

忘れていたのだ。一月に一回、テストがあるのは学力だけじゃないこと。

因みに俺は学力の卒業資格取得に成功しました。これからは特別授業ですって。久松を初めて負かしたことに喜んでいた俺・・・C組離脱不可能な俺が失念していたこと。

残留組が寂しくなった。再びの残留はやっさん、勇子さん、橋下さん、蒲原さんだけ。・・・松永さんが次に行ったのだ。喜ばしいが寂しい。人一人いなくなるだけで、かなり道場は寂しくなって感じる。

なぜ最初、長期間残留している人たちが声をかけてきてくれたのか。別に物珍しいからじゃない。ひとつに退屈はあるのだろうが、取り残される寂しさがあったのだろう。追いつけない焦燥感も手伝ったに違いない。もし、もし皆んなばらばらに散ってしまっていたら、俺はきっと、新しく入る人たちにきっと声をかけるだろう。

「浪花君。」

「勇子さん?」

「ありがとう、あの子と、最後まで友達でいてくれて。私、結香にあなたに話したことを伝えたら、すごく怒られの、当然よね。だけど・・・それでも、避けないでいてくれたことが、嬉しかったって。それから、あなたのアドバイスは効いたみたいよ。方向が定まってから、本当に一生懸命だったんだから。・・・それであの、よかったらあそこの人たちの方にも、提案してあげて。橋下さんとか、本当に卒業させてあげたいから。」

にっこり笑った勇子さん。でも、ひどく寂しく感じているのもわかる。卒業はしなければならない、いつまでも ここにはいられない。みんな一緒は無理・・・頭ではわかっていても。

「浪花、寂しいとか思ってる?」

「べ、別に?」

久松が煩い!もう、再び乙女やっていた脳内に水さしてくれたのはありがたいけど。

「1人にはしないから、安心しろ。ま、ついてこられないならぼっちだな。」

「・・・お前、俺より先に進めると思うなよ?絶対置いていってやるからな!」

「二人とも〜、ちょっとお黙り!」

橋下さんストッパー。意外とこの人の拳が痛い。

「顔合わせれば喧嘩腰だな、お前たちはっ!しかしそんな二人も、夜には睦言を交わし・・・」

「蒲原!貴様・・・」

「やっさんこわー。どうしたの?さみしーの?」

「誰がだよ!ったく朝から騒がしい。」

それにしてもやっさんの特異はなんだろうか。ちょっと気になる。

さて、朝のメニュー、かなり難しくなった特別授業、そして暗闇へ・・・の前に全員集合。今日は山野辺氏は他の仕事で手が開かないそうで、別の人が仕切っている。

「八重川、桜田、橋下たちと君らはかなり近しいらしいが・・・その認識に間違いはないか。」

少し迷いながら頷いた。びっくりされたら怖い。

「浪花、自信持てよ。嫌いだったりしたら、普通日曜にわざわざ呼び出したりしない。」

「筋肉愛ある物に祝福を。 まさるんは同志。そうだろおう!!」

やっさんと蒲原さんの言葉に顔を上げると、勇子さんは呆れ顔でこちらを見ているし、先輩と久松にはまた頭を撫でられた。

「・・・話を進める。それで、同じクラス同士は知っていても、他は知らない能力差があるだろう。もしかしたら、開示し合えば刺激になるかもしれないと思うんだが、どうだろう。」

辰巳という先生サブは坂本担任や山野部氏と違い断定的な言い方を避けることが多い。結局拒否権なんてないわけだけども。

「・・・できれば、小屋でみた内容も合わせて言って欲しい所だが・・・」

「あの、その意味を、聞かせてもらってもいいですか。」

「谷崎の言うのももっともだ。いや、その・・・このままでは全員20歳を超えても卒業できなそうでな。本当はこの三人が本格的に特訓に入るときにしようと思ったが、無駄な時間が増えるだけの気もして。

谷崎や蒲原、橋下はともかく、他はあの小屋の中のものが原因で実力を発揮できていない可能性もあるし、戦い方の選択も、盲点があるかもしれない。大勢で検討する方がいいかもしれない、と。」

「・・・まあ、確かにそういう見方もあるかもねー。そんじゃ俺橋下から。いい?えっと、俺睡眠必要ないんだー。一時間くらいなら寝て寝られないこともないけど。その代わり集中力が持続しないのー。小屋の中で最初の頃みたのは、母さんが死んだときの、交通事故。俺も後ろに乗ってたからねー。以上。」

「医者にだけはなってほしくないな。」

久松の直球・・・というよりデリカシー皆無の発言。ヘラリと笑った橋下さんは、そこに到達するための学力を身につける根性がないとのこと。

「次、私桜田。目に光を集めやすいの。その代わり、昼間は裸眼だとほとんど使い物にならない。小屋で見たのは、・・・学校のうさぎが、知らない男の人に惨殺されるところ。」

「次蒲原!俺の筋肉は鉄より硬い、が、傷つくと治癒にとんでもなくかかる。小屋では、蛇の幻覚を見たな。」

俺とほぼ逆だな、この人。

「八重川。俺は動体視力が桁外れらしいが、極度の遠視だ。下手するとそこの山の小鳥がここからでも見える。小屋で見たのは・・・・・ 」

一瞬声が詰まり、みるみる青ざめていく。

「無理するな。次、谷崎。」

やっさん、大丈夫だろうか。普段から別に陽気な人ではなかったが、様子がおかしい。

「皮膚の感覚が鋭い代わり、目と耳がちょっと弱いのと、普通に生活に困る。中で見たのは昆虫とか虫。」

「浪花。治癒が人の三倍くらい。その代わり食が太い、らしい。小屋で見たのは、刃物と、同級生複数人が襲ってくる、所。」

「久松。持久力と握力があるが、まだ制御が効かない。小屋では、昔のチームメイトと、怒鳴る母親を見た。」

八重川さんはまだ口を開いた。

「小屋で、・・・複数人の・・・」

とっくに擦り切れるほど洗った体が気持ち悪くなってきた。八重川さんは真っ青になって飛び出してしまい、俺は堪らず追いかけた。厳しいが優しいのだ、あの人は。忘れかけた傷跡を、生々しく他人に曝け出すこと、それがその手の屈辱なら耐え難い。言えないのは当然だ。

「待て浪花!」

「辰巳先生?」

道場を出てちょっとしたところで、腕をがっちり捕まれ、止められた。

「この話を聞いて、あいつの人格そのものを疑ったり、嫌悪するようなことになるなら、追うな。」

「どういう・・・」

「あいつは、同性愛者なんだ。残留組は大抵知ってる。小さい頃姉や母親からかなりひどい目にあってたのが、原因のひとつらしいが・・・。」

そんな個人情報、晒しちゃっていいものか?

「それが、なんですか。」

「・・・事情のあることでもある、嫌わないでやってほしい。」

「だから、なんで八重川さんを同性愛者ってだけで、嫌わなきゃいけないんですか。誰彼構わず襲ってる訳でもあるまいし。」

「あ、いや。まあそうなんだが。」

「それに、人を愛せない人の方が問題だと思いますよ。例え同性でも、愛すべき対象がいる人は羨ましい・・・行かせてもらっても、いいですか。」

力の抜けた筋肉から腕を引き抜いて走った。なんとなく、いる場所がわかる気がした。

「八重川さん・・・」

彼は廊下の角を曲がったところで、頭を抱えて、蹲っていた。あの小屋はまだ、過去のものになっていなかったのだろう。俺があの小屋で最初気付いた時、彼は今と同じような格好だった。それが分かっていたから、俺たちへの付き添いを買って出てくれ、今まで付き合ってくれていたのだろう。

八重川さんは隣に座った俺に気付くと、ちょっと掠れた小さい声で、俯いたままゆっくり話出した。

「・・・無様だろ。俺、この髪色のせいか中学入った時先輩達から目つけられてさ。放課後に部室練の空き部屋に押し込まれて・・・好き放題、されて。」

「・・・立てなくなるんですよね。俺は、相手一人だったけど。」

「は?まさかお前・・・」

「暴力だけじゃ、面白くなくなったって、言われて。何もできなかった。」

「・・・ビデオとか撮られてなかったなら、教師にでも訴えろよ。」

「何もしてくれないよ。学校中の掃除やらされてるの見ても、大体目を逸らして素通りされたし。それにそいつ、無駄に人望厚かったりするから、俺の話なんか誰も聞かない。」

「・・・お前やっぱそっちだったよな・・・ああ、いや。最初勘違いして。過剰に顔見せないの自信の裏返しかと思ったんだ。俺の姉さん、やっぱりいつも顔半分ぐらい隠してたんだけど・・・笑えるよな、実は美人よ、みたいなアピール。鉢被り姫じゃあるまいし。じゃなければ、みんな私に惚れちゃうから、とか本気で言ってたから。それで俺が脈ありとか勘違いして、本当に酷い目にあった。」

「それはまた強烈ですね。」

「ああ。・・・なにも聞いてないのか?」

「え。まあ、ざっくりとしたことは。」

「それでも、何だ、その・・・本当は喜んでたんじゃないか、とか、気持ち悪い、とか・・・困る、とか、ないわけ?」

「ないですよ!そうだったら普通にここ来てないです。それに、異性だって強引に同意なくそんなことされたら、普通に嫌でしょ。」

「お前な。確かにそうなんだが。もし自分が対象になったらとか、思わないわけ。」

「え?えっと・・・女子でも男子でも、それは今普通に困る。俺、人をそういう意味で好きになるとか、まだよくわからないから。・・・八重川さん?」

普段の剣のある表情からは想像がつかないほど、頼りなく、悲しい表情だった。嫌かもしれないとは思ったけど、それでも俺より一回り小さい八重川さんを抱きしめた。

「すまない、浪花。ありがとう。」

堪えていたものを吐き出すような、静かな涙だった。

たぶん誰にも言えなかったのだろう。俺の時、深琴君が全て受け止めてくれ、慰めてもくれ、未来を示され、それで立ち直った。だからこそ、小屋の中でもその時のことはほとんど重みを持ちはしなかったのだ。

しかしどれほど辛かったのだろう。俺にはそもそもマイノリティーに対する差別のようなものはない・・・と思うのだが、世間はそうでもないらしい。その上での、それは。

ほんの少し長めの、柔らかい髪を撫でてみる。

憐れみほど許しがたいものはないが、同情ならば幾分よいだろうか。話したことを後悔させるような真似はしたくない。

「浪花・・・」

「はい?」

「俺・・・・・いや、俺がここに来たのは、そいつらや拒絶した親を見返してやるためだった。卒業すればとにかく護衛の仕事にはありつけるし、ここの卒業書はかなり就職にも有利に働くしとも思ったが。それがいけなかったんだな。もうちょっと、頑張ってみるかな。」

「・・・あ、それからお前、部屋にもう一人誰かいるだろ。」

「え、なぜそれを?」

「疑り深いのか不用心なのかはっきりしろよ。確信はなかったのに。・・・そいつのために強くなりたかったら、とにかくまずは体の感覚を鍛えることだ。今まで以上に。」

「はい!」

いろいろ話しながら道場に戻ると、心配そうな面々。

「やっさんだいじょーぶ?」

「問題ない。時間、まだあるか?」

ストイックな八重川さんはかっこいい。しかし、少しでも力になれたなら嬉しい限りです。

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