15.日曜の恒例行事
俺はそれから、経験が無さすぎるせいか、普通の友達として松永さんに接していた・・・つもりだ。あるとき突然話してくれなくなるとか、避けられるとか、話すとき相手の声音が緊張しているとかそういう、側から見たら些細なことが、本人にしてみればどれほど不安で寂しいものか俺は知っている。どんな相手であれ、それだけはしてはならないのだ。
それに勇子さんだって、話すな近づくなと言ったわけじゃない。多分、可哀想とか思って信念を揺らがせたり、変に優しくしたりするなと言いたかったのだろう。故に、いつも通りの数週間。
さて、夏のオアシスに鼻の下伸ばした先輩登場。今日は日曜で、例の共有ルームで 夕方から夜にかけて百物語ならぬ五十物語をしようという話で残留Cと新入り3、他2名が集まる話になっていたのだ。
「愛梨が可愛すぎるんだ・・・強くなって戻ってきてね、応援してるからって。それでね、・・・」
先輩の惚気話はかなり浸透して、蒲原の筋肉と、谷崎の彼女は禁句となった。俺としては筋肉話の方は嫌いじゃないんだが。
「あ、浪花って同じクラスだったよな、普段どんな感じだった?」
落ち着け!先輩が聞いているのは、一般人に対しての、彼女のあり方だ。鮒羽から見えないようにシャー芯で突き刺してくるとか、机の中をガムで満たそうという悪夢の提案をしたとか、そんなことは求めていない!
「いい子だなー、って印象はあるけど、あんまり仲良くはなかったから、知らないんです。」
「そう、あの子本当いい子なんだよ!やらんぞ?それでさ、今年の夏祭りの時・・・」
誤魔化す時は真実を入れると信憑性が増す。YES、彼女は他の男子にとっては可愛い良い子だったはず。でなければこの人のいい先輩だって引っかからなかっただろう。
「あ、ここ卒業して春にあっち戻ったら、浪花も花見一緒にどうだ?女の子誘うように言ってさ。」
「う・・・いえ、お気遣いなく。彼女さんも2人の方がいいでしょう。」
「いやあ、あの子賑やかなの好きだからな。きっと歓迎してくれるよ。」
「い、いやいや、そういう場は他のやつの方がいいですって。あ、クラスの中村とか。」
「俺そいつ知らないしなあ。だめか?」
必死で頷く俺に、やっと折れてくれた先輩。そんな場に行ったら川に突き落とされても文句は言えないし。普通に虫入りのおにぎりとか笑顔で渡してきそうだし。
隠れて青くなっている俺を突く久松とやっさん。
再び惚気にもどった先輩の死角を縫うようにして部屋の隅に連れていかれた。
「もしかしなくても、お前のいじめ連中にあいつの彼女入ってたりするだろ。」
「図星だな。」
久松の仮定を否定しようとした瞬間にやっさんのだめ押し。つい頷いてしまう。
「ならちょうどいい。あいつに忠告する必要もないな。」
「え?」
「あと一月もすればその女、別れるって言い出すだろうと思ってね。話聞いてりゃ、我儘放題の、自分が一番可愛くて、世界は自分を中心に回ってるって思ってるタイプだからな。」
「随分辛辣だ。痛い目にでもあったか?」
察しようぜ久松。嫌そうな顔になったやっさんはふいと行ってしまう。
「八重川さんと、もし本当にいい子だったら早々にここから出た方がいいと言ってやるつもりだったんだ。まあ、必要なさげだな。」
「ああ。・・・それより、早く先行きたいな。意味があることくらい、わかっているけど。」
暗闇特訓はもう無音になって久しいが未だに上達はせず、土曜には恐怖の館に再来を繰り返す。あと一月は基本トレーニング重めで我慢しなければならない。
しかし辛いのは目の酷使だ。他の感覚を奪われ、ひたすら動く対象を捕捉し続けなければならない。もし深琴くんがいなかったら、何やってるんだろう?って思うところだ。
因みに恐怖の館はまだ脅威に満ちてはいたが、だいぶ回復が早くなった。教官曰く、トラウマを軽いものにするのは、それらを思い出しつつ、それが現在とは違うものなのだという意識をもつこと、つまり過去の出来事を、しっかり過去として認識することが一つの方法だという。映画をみるのと同じように。そして、徐々に画面から離れていくように。八重川さんは全員が脱却できるようになるまでは付き合ってくれるらしく、かえってものすごい重圧だ。
「お前、 前髪切ればいいのに。」
「は?なぜ今。」
「・・・・・百物語、普通に怖い。下から蝋燭で照らされたらリアルにな。」
「もっと恐ろしい顔出てきたらどうすんだよ!一説では化け物みたいらしいからな。それは普通にまずいだろ。・・・ってこら!」
勝手に上げようとするのを阻止していたら、いつの間にか取っ組み合いになり、橋下さんとやっさんに引き剥がされた。
「今からろうそくーってときに、暴れちゃ危ないよー。」
橋下さん・・・いや、暴れといてなんだが注意するとこそこじゃない。
「ったく・・・世話の焼ける。」
俺を取り押さえたやっさん。迷惑かけすぎの自覚はある。
「すみま・・・」
言葉より先にばしっと頭に激痛。
「あんまりバカみたいに謝るな!悪いと思うなら行動で示せばいい。しっかりしろ。」
そうこうしているうちに灯りはじめる蝋燭。もちろん水は周囲に完備。五十に減ってもおよそ五個も話さなければならない・・・しかも人が一番怖い俺も。
「あー、言い忘れてたけど、寝たら水かぶりの刑だからねー。それから、ネタ尽きたらパスオーケーで。得意な人がいっぱい話してねー」
本来三部屋必要とされているが普通に無理なので、机を重ねてなんとか部屋をしきり、行灯のかわりに、ロウソクの周りに青い紙で作った箱状のものを被せる。これ、以外と雰囲気でるんだ。それで話をするメインではない方に、普通の机と、その上に鏡。
まあね、雰囲気の出そうなものではないとだけ言っておこう。プリンセスを映しそうなロココなので。無論、蒲原さんの趣味。
それでみんな、なんとか青い服をといった結果、だいたい上はいつものトレーニングウェア。情緒もへったくれもないが。
「ルールは知ってるよね?話終わったら机の間通って向こう側に行ってロウソクの火を消し、鏡に自分を写して戻る。その間話し続けて大丈夫。あー、危険物とか持ってない?平気?」
「橋下さん、カッター、置いてった方がいいっすか?」
神田君、それ普通に危険物。早くと促されて教室外に放り投げた。
「だめだよ、部屋に置いてこなきゃ。」
夜間部の黒部さん・・・既に怪談モードだ。
「さあ、始めようか。」
無視する蒲原。諦めて円形を作る。松永さんはしきりに止められていたが、結局何かあったら大変だからと参加することになった。
座った順番は、俺の右隣に神田、その隣に久松、先輩、勇子さん、松永さん、蒲原、黒部、橋下、やっさん。つまり左隣に座っていた。
順番はじゃんけんで、先輩からになりました。ちょっと安心だ。いきなり濃そうなところが来ると後が大変だから。
「一。俺の通っていた小学校は、もうかなり古くて内装は50年近く変わっていなかったらしい。だから構造自体も少し変わっていたりするんだよね。まあそんなだから7つ以上ある学校の七不思議なんかも存在していたんだけど、普通に嘘だと思っていた。
さて。本館と三階で繋がっている別棟を歩いていた時。図工室と音楽準備室は並びであって、突き当りが音楽室だった。
そのときは放課後で、俺は音楽室の忘れ物を取りに行ってたんだ。それでさ、図工室の前って酷くて、曲がった釘とか横向きに床にめり込んでいるんだ、床は木製だったからね。夕日がそんな廊下を赤く照らしててさ、図工室のシャガールの絵の女が夜中に泣き出すという怪談を思い出しながら先を急いだ。それで、音楽準備室の前通りかかった時、いきなり温度が四、五度いっきに下がったんだ。いつもはそんなことなかったのに。そしたら中から古い型のピアノの音、そして誰かのすすり泣く声がして、もう怖くなって俺は一目散に逃げてしまった。これで終わり。」
それ、恐らく正体俺。準備室の方の古い恐ろしい音のなるピアノを適当にやってたのは中村。それに合わせるように暴力に訴えていたのは鮒羽。
「府山小ですよね?あそこは元々軍用地だったり、空襲で焼けたりしてますから。」
ついごまかすようなことを言ってしまった・・・って。先輩の話より反応してないか?
ちょっと震えながら立つ先輩に変わり、次は勇子さん。
「二。私の家の近くに、公園があるの。木がたくさん生えてて、遊具は一箇所に固まってなくて、いろんな場所に散らばってた。小学生のときはよく遊びにいってたんだけど・・・あれは小学校三年の時かしら。」
小3って魔の年なの?ほんと。なんの偶然。
「あまり親しくなかった女の子がいたんだけど、珍しく、遊びに誘われたのね。公園で待ち合わせってなってたんだけど、担任に呼び出されたせいでちょっと遅くなっちゃったの。走ってそこに行ったけど、中々見つからなくて。ブランコ、滑り台、タイヤ、洞窟、探してたら、赤いシーソーに乗ってる所を見つけたわ。もう夕暮れ時だから、また今度にしようって言ったんだけど これで遊んでくれるまで帰らないって、譲ってくれないの。なんだか私腹が立って先に帰っちゃったわ。そしたら次の日学校で話があって・・・午後三時ごろ、交通事故でその子は死んだって。その頃私まだ学校にいた。それで報告を聞いたその日の放課後、あの公園に行ったら・・・そもそも赤いシーソーなんて、どこにもなかったの。これで終わり。」
「シーソーって、結構まずかったわね。乗らなくて正解よ。」
なるほど。さっき俺がやったのはこういうことか。この流れを変えてくれ、松永さん。
「三・・・と言いたいんだけど、私はやめておくわ。ごめんなさい、パスさせて。」
「それじゃあ俺だな!四。俺が中学の時、まだ筋肉が脆弱だった。いつもそれじゃあ何をしていたかといえば、姉貴のBL本を読み漁っていたのだ。その中で特別気に入っていたのは、ヘタレ教師受けの、野獣系生徒攻めという設定のものだ。俺は今日のような新月の夜、流れ星を見つけては実写化を希望し、七夕でもそれを願った。」
これはある意味本格的なホラーだ!やっさんでさえ震えているのがわかる。蒲原さんの威力よ。
「そんなある時。俺の目の前に正に、主人公たちが抜け出たような容貌のものが現れた。ヘタレな雰囲気の背のちょい低めな教師と、それより高い黒髪長身の男。その二人の会話を聞いて愕然とした。
『え?へえ、あの子ってそうだったの。ああ、それ聞いて僕も安心したよ。』
と教師。
『だから安心してください。俺があいつを精一杯可愛がってやりますから。』
と男。あまり無理はさせないようにと教師が言って去っていったのだ。・・・俺は二人の仲が引き裂かれる展開になるのではと危ぶみ鯉道先生の新刊を早々に手に取ると、まさに昼の状況・・・野獣は浮気、ヘタレ教師は忍従。あれほどの恐怖はない!それから趣味を控えて筋トレするようになったのだ。終了!」
それまさか、中学の担任と鮒和じゃないよな。いやまさかな。
「四、私が闇より生まれしとき・・」
「黒ベーは最後に一気にお願い!次四。13階建てのマンションの自室で、1人クッキーの山を前に本を読んでいたら、誰もいないはずなのに気づいたら全部チョコレートに変わっていた、以上!あ、因みにそのとき母さん死んでたし、父さんは仕事だったよ?」
橋下さん、微妙にシリアスに来ましたね。
「五。夜中に目が覚めた時、空腹でな。そのときまだ小さかったから別にあんまり罪悪感もなくて爺さんの仏壇の餅をこっそりくすねたんだ。もう一つ手に取ろうとした時、なぜか餅が黒くなって、目の前にあった遺影に見られてる感じがして怖くなってやめたんだ。それでも気のせいだろうと思って朝起きたら・・・遺影の写真が変わっていて。どうしたのか、なんとなく気になって聞いたら、そもそも遺影なんか飾ってなかったらしい。 終わり。」
・・・それつまり、見ちゃったってこと?八重川さん自分で話してて怖そうにしている。案外免疫がないらしい。って、次俺か。
「六。家のエレベーター、まだ新しかったはずなんだけど、ある時一人で乗ったらいきなり電気消えて。慌てて外部に連絡って思ったら、 もう目的地着きますよって教えてもらいました、以上です。」
「・・・まさか、降りてませんよね。」
「すぐに外に連絡しましたよ。」
とにかくお役目終了。作り話でも結構怖いですね。手探りで隣に行き、蝋燭を消し、鏡。普通に自分怖い。
戻るとき神田とすれ違い、久松が話しているところだったが・・・なぜか笑い声。恐怖だね。
「そう、全てはそれに帰結した。以上。」
一周目が終わり、二周目、俺もなんとか凌いだが、神田がパス。3周目、先輩、勇子さん、やっさんが脱落、四周目、橋下さんは人生の先輩の意地を見せたが蒲原さんと俺、久松が脱落し、遂に黒部さん参戦、延々テンプレ感のある地味に怖い橋下さんの話と中二病の臭いのする黒部さんの話が繰り返され四十九の途中・・・
「おい、誰か50個目思い浮かべたんじゃないだろうな。」
久松?なぜに。
「う、うわ。足音。足音!!足音がする!」
黒部さんの威厳が、威厳が!!
「ちょっと、嘘。やだ、本物は嫌よ!」
「勇子さん落ち着い・・・う、うわあ!」
「ちょっと落ち着け。ここにいるの俺たちだけじゃないだろ。」
声震えてちゃ説得力ないぞやっさん。
「 ゆ、ゆ、ゆ、ゆうれいなんか、い、いないからな!」
「神田くん、幽霊はいるわよ。」
扉が開いたところに立っていたのは・・・
「うわああああ!!」
カッター、カッター、カッターイコール鮒羽。夢中で何かにしがみつく。周りも恐怖の叫びに満たされた。
「妖怪だああああ!や、山姥がでたああ!」
「猿の妖怪いや悟空進化版いやだあ、まだ死にたくねえよお!」
「う、う、猿山の大将が化けて出やがったああ!」
突然灯りが点いた。そのとき床が持ち上がる。眉隠し!眉隠しまででやがった!
「落ち着け!浪花、俺だよ。って眉隠しは湯屋かなんかだろ。ここに出るかよ。」
「や、八重川さん?ふ、鮒羽は?」
「は?そんなやつはここにはいない。・・・大丈夫か?」
がっつり抱きついてしまったのは八重川さんでした。気まずい。
「すみません。 ちょっと怖くって。」
すぐに離れようとしたんだけれども、思わず二度見してしまう。
「八重川さん?」
泣いていらっしゃる。相当怖かったらしい。それに拍車をかけてしまったのは俺か。
「何でもない!とにかく退いてくれ。」
離してくれないと退くに退けないのだけども。 それにカタカタ震えていたら少なくともなんでもないようには見えないよ。
「はいはい、そこまで。」
救世主橋下さん、やんわり引き離してくれた。
「やっさんもまさるんもだいじょーぶ? 」
「は、はい。 」
隣を見て見たが、俯いているせいで「大丈夫」かどうかは分からなかった。
因みにカッター持ってやってきたのは助手の安藤さんでした。どうも絞られたみたいで俺たち3人と松永さん以外は撃沈していた。
一通りお説教を受けた後片付けをして、その日は部屋に戻った。今日は神田君のところで久松は寝るそうで、食事だけ4人で食べると久々に二人きりの夜が訪れた。
「浪花さん、なにかいいことありました?」
「いや、大変なことならあったけど。どうして?」
深琴君はにこにこしながらちょっと小首を傾げた。
「・・・まあいいでしょう。面白いですから。僕、お風呂はいって来ます。」
なにを言いたかったのかな。まあいいか、今日も楽しかったし、幸せだし。
明日からの予習の続きと深琴君の高一の宿題を整えてやり、振り返ると・・・鮮やかな青のノースリーブの深琴くん。セーフとアウトのグレーゾーンだった服である。
「似合いますか?」
俯き加減に俺を下から覗くこの子の愛らしさよ。軽く抱きしめてしまうのは許してほしい。
「浪花さん、体が硬くなりました。」
「え?」
「姿勢も良くなって、人と接する時、変な力が抜けてきています。浪花さん、ちゃんと成長しているんですよ。」
「深琴君ありがとう。俺、絶対春までに卒業する。その時までに・・・いや。ね、深琴君、ちゃんと約束してほしい。俺を置いて、どこか遠くに行ったりしないって。俺も、約束するから。」
「僕、離れません。・・・本当は不安だったんです。仲間ができて、ライバルができて、僕なんか必要じゃなくなっちゃうんじゃないかって。僕は最初利用することしか考えてなかった。だけど、今はどうしても、浪花さんと一緒にいたいんです。浪花さんじゃなきゃ嫌です。」
それから指切りをして、ちょっと話してから就寝した。
広くなった室内で、引っ付いてくることはないだろう深琴君の寝息を聴きながら、俺はただ幸せを感じていた。
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