13.弱点と強み

翌朝。俺は一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。そりゃ、昨夜はご飯、寝る、だけで部屋なんか見てなかったからね。普通にあばら家ですが。

問題は八重川さんに膝枕させてしまっていたことで。座ったまま寝られる希少種らしいやっさんにさすがに悪い。

まだ彼は起きていなかったが、ちょっと謝罪して周りを見渡す・・・調理器具と野菜たちを発見!しかしここインフラ整備されているのか?いえ、まさかの焚き木。でも食べないと空腹で死ぬ 。

何の因果か火起こしもそれで行う調理も、中学で学校単位で行われるキャンプで一人でやらされた経験があるので問題はないだろう。一応調味料も一通りあるし。

あ、消費期限とか大丈夫だし、野菜はちょっと新鮮とは言えないが虫食を免れているものがほとんどだから大丈夫、たぶん。一応4人分つくるか。名前書いてあるわけでもあるまいし、失敬しますよ。

「浪花?・・・ お前、目腫れてるぞ。」

「え、 なんで・・・うわ・・・」

前髪の存在・・・顔自体に突っ込みが入らなかったのはありがたいが。

「それにしても、よく作ろうと思うな。下山してからで十分だろ。」

「腹が減って死にそうで。」

「・・・・・4人前食べてそれなの?」

「えっ、うそ・・・すいません。俺・・・」

なんだか怪訝そうなやっさん。

「お前、何方かと言えば卑屈だよな。いじめにでもあったか?」

図星。火を興し終わり野菜をぐらぐらやって誤魔化す。

「ま、まあ。」

「親には?」

「あ、いや。もういない・・・ので。」

「そうか・・・すまん。無神経だった。」

この人はだからって哀れみの目なんか向けてはこない。意外と繊細な気配りができそうな人だ・・・まあ、初対面でいきなりやらかしてはいるが。多分だけど、一応あの行為に至るまでに彼にも何かしら思うところがあったのだろうと、今は思わなくもない。

「いえ、大丈夫ですよ。それより、食べます?」

一食抜いたやっさんはなんのかんの言ってもかなり空腹だったようで、とんでもない勢いで平らげてしまった。

「って言うか、お前の方こそ食っとけよ。また倒れても知らないからな。」

お言葉に甘えて、手を合わせた後夢中で食べる。美琴くんは大丈夫だろうか。それに神田も。

あれから神田君まで深琴くんを認知するに至り、毎昼晩食べに来るのだ。

その時あの子、

「僕、一度ご馳走になったら癖になっちゃって。ここまで付いて来ちゃったんです。」

と、なんとも神田の好みそうな返答をしておられた。恐ろしい子。

昼は多めに作ってあげよう。それがいい。

「そろそろ迎えも来るはずだ。そうしたらここから出るぞ。」

「二人のご飯は・・・」

「餌付けすんな!それにこの物音、聞こえてないのかよ。」

言われてみれば。人の発する音とは思えない骨を削るような音や、先輩のがらがらになった声

「この虫けらどもおぉ!」

というのが確かに。

隣の惨状を想像しながら待つことおよそ10分弱。扉の音、そして・・・

正気に戻らなかったら・・・絶叫の館。どこぞの病院リアル版。

「ご苦労さん。八重川も助かったぞ。」

そして茫然自失の2人とともに説明を受けた。

この部屋で見た幻は、その人にとって最も見たくないものだったそう。そして、その対象は憎い相手であったり、恐怖の相手だったり、醜いもの、汚いもの、人によっては死体すら見てしまうという。

「そして、部屋にいた位置によって、それらの、その人の心に及ぼす影響を図れる。例えば、軽い嫌悪くらいからトラウマレベルまで、な。八重川、どうだった。」

「谷崎が一番軽い。ただパニック起こしてただけだ。」

あの怒声の主がか?嘘だろ。

「ただ、攻撃性が高かった。次が久松。記憶を消したい方の破壊衝動が強い。何度か繰り返せば、軽減を見込める。それで、問題は浪花だ。部屋の一番奥にいた。殆ど暴れた形跡はなく、防衛に走った。ただ割と短時間で元に戻っていた。」

「精神的に強くなってきた、といったところだろう。浪花、お前は脅威に対して、最初どう動いた。」

「・・・逃げられないと思って、いつもと同じように、小さく丸まった。」

「それじゃあ、立ち向かおうとは思わなかったのか。」

「守りたい人をこのままでは守れないし、この1ヶ月は無駄だと思いたくないから、とにかく今自分にできることだけをしようと思って振り向いたら、いなくなってた。」

「そのことはよく覚えておけ。お前はもう、弱者ではない。お前の脅威はただの木と風の音だ。」

なぜか俺はここに来てからよく頭を撫でられる。けっこう強い力で。

「あー、それから。山道で逸れる直前のことは各々、覚えているか。」

「俺は風の音を人が抜けた後と勘違いして、逸れた。」

「なるほど。久松、おまえは聴覚に頼ってついて行っていたか。谷崎は。」

「人の体温と思って追いかけてたら、鳥だった。」

悲しそうな先輩。場所が違えば青い鳥症候群?違うか。プリンセス、かな。

「お前は自分の特質の範囲を見極めろ。浪花は。」

「木の影を人と間違えた。」

「視覚・・・前髪邪魔じゃなかったか?」

「早々に耳にかけてたので。」

「・・・谷崎はまあいいとして。お前ら2人。久松は地獄耳か?違うよな。浪花、お前視力は。それに夜目のきくタイプか?違うから、はぐれたな。いいか。五感に特質がないなら、全ての感覚を頼れ。一つに集中すればボロが出る。筋肉が全て解決すると思うな。

それに、複数人を相手にする可能性がある久松。お前は聴覚だけで喧嘩ができるか?無理だな。夜間の可能性のある浪花、お前目視だけで戦えるか?無理だよな。だから、頼りがちになる感覚は研ぎ澄ましつつ、同時に完全にそれを絶った訓練も必要になってくる。これから二月は、そちらに専念。筋トレなどは従来のものに留め、山入りは金曜のみとする。三月経つまでは、バランスが大切だからな。以上。帰るぞ。」

帰ろうと足掻いていたはずが、建物と反対方向に進んでいたらしい。小屋は山の裏側の中腹にあった。

「それにしても、幻覚を見る小屋って。恐ろしすぎる。」

「先輩の方が怖かったですよ、普通に。本当死ぬかと思った。」

「だから、視覚にとらわれ過ぎと言われるんだ。割と避けるのは楽だったぞ。」

先輩と呼ばせてくれ八重川さん!あの暗い中高速平手を華麗に避けきるテクが眩しかった。俺?俺は何度か危ないところをやっさんに救われてますよ。木に激突とか普通にしてしまいましたからね。

「なぜ俺を叩かなかった。そうしてくれれば、あんな・・・」

久松よ。あの暴れる巨人を止めろとは、知らんから言えるのだよ。

しかし、一体教官は何をしたのだろう。知らない方がいい気もするが。

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