14.思わぬ難題

さて、神田にごねられ、深琴くんからは心配され、昼食は豪勢に作った。

「朝はもう、本当に悲惨だったんですよ?・・・主に神田さんが。」

そんなことを言いつつちょこちょこ手伝ってくれた深琴君、なんて可愛いんだ。昨日の疲れも吹っ飛ぶよ。・・・ただ、キッチンは本当に悲惨なことがあったらしい雰囲気が滲んでいたが。一体なにをどうしたら、朝だけで何かが爆発した痕や原材料の見当がつかない紫と黄色の混ざった色のシミができたりするのだろう。

と、空き時間に ヘアピンを買っておかなくては。最近筋トレとかでも邪魔になってきていたからちょうどいい。人の顔なんて皆んな見てませんからね。購買で適当に籠に入っていたのを購入、そしたら、松永さんも来ていた。

「浪花君、あの小屋大丈夫だった?」

「いろんな意味で怖かったよ。あ、松永さんも行ったんだよね。」

霊感の強い彼女は一体何を見たのだろう。鮒羽の幻覚より恐ろしいかもしれない。

「うん・・・十回は入ったかな。新しい特訓、がんばってね。それから、あそこ必要なくなる時には本当にただの小屋にしか見えなくなるの。だから安心して。」

じ、十回・・・根性ではどうにもならないことは証明されているわけで、特訓を頑張るしかない、ですね。

礼を言って別れた後、C組の使う道場へ向かう。

・・・適当な買い物なんかするものではない。しかし、なぜこの男八割の学校に、こんな可愛らしいピン・・・自分の恐ろしい顔にこれがくっつく事を考えるとなんとも悪趣味だか、誰も見てない前提だ。教官には我慢してもらおう。

さて、まずやらされるのは今も神田君がやり続けている基本メニューちょっと重い版。さすがに筋肉痛にはならないレベル 。山の翌日は久々に体験しましたが。

次に・・・目を塞がれ、音の鳴るボールを避ける。側から見たらいじめか遊びだろうけど、ここではちゃんとアドバイスをくれる。

慣れたら音無しに移行するらしく、さらに進むと教官か生徒からの攻撃を躱すところまでだそう。

・・・マグロの完成。神経をやられたのだ。別種の疲労。情けない。しかし!帰れば深琴君がいる!

「お疲れ様、浪花くん。」

「あれ、松永さん?」

「と、桜田よ。みんな最初はそんなものだから、気にしないで。私は目が光を集めやすくて、それを武器にできる夜間か、それとも目の方は封印して他の感覚で勝負するか、迷っているの。それにまだ守りたい対象見つかってなくて、それも一因ね。浪花君にはそれがあるみたいだから、なにを伸ばせば有効か、それを考えるのが一番よ。」

「私ね、あの・・・応援してるから!」

「松永さん?」

いきなり叫んで逃げて行ってしまった。一体どうしたのだろう。

「鈍感は罪よ、特に男のそれはたまにいらいらする。結香、あなたのこと好きだったの。でも他に大切な人がいるって分かって、身を引いて応援しようとしている。言うなとは言われてたけど、知っていて欲しかったの。いい?もしその人守れなかったら、わたし許さないわ。・・・結香の優しさを無駄にしないで。」

・・・松永さんが?どうして。

「嘘だーとか、あり得ないー、とか思った?」

突然口調が厳しくなり、胸倉捕まれ引き上げられる。

「いい?人が誰かを好きになるのは、そんな簡単なことじゃない、特にあの子はそうだった。顔がいい、運動ができる、優しい、頭がいい、全部揃っていれば当然のように好かれるわけじゃない。私が自信のない男が嫌いなのは、こちらが言う美点を否定しようとするからよ。どうせ俺なんて・・・とか、冗談じゃないわ。あなたはちょっと傲慢になるくらいがちょうどいいくらいよ!」

思いっきり拳骨が顎に入る。普通だったら一発で気絶しそうなレベルで。

「あの子の決意を鈍らせるようなこともして欲しくない。それは一番あの子に負担がかかる。私は親友だから、苦しんでいる様子なんて見たくない。・・・人に愛されたいとか、人を愛したいと思うなら、自分をまず信じなさいよ。まあ、ナルシストになったらズタズタにするけどね。」

この学校、明らかに女子勢強い・・・

しかし弱った。まさか自分にそんな感情が向けられる日が来ようとは、夢にも思っていなかった。それに・・・恋だの愛だのは、もっと勝手で、傲慢なものだと思っていた。まるでお互いが愛し合うことは当然、自分が意中の相手から愛されることは当然、といった具合に。告白する側は自分が受け入れられると思い込み、叶わないと知るや号泣する、そんなものだと。

松永さんはそのどれでもない。でももしかしたらなにより本質に近いのかもしれない。

自分の中にある深琴くんに対する感情が恋愛感情でないことくらい、とっくにわかっている。執着とか固執というのだ。それはいくら近づいても恋にはならない。

それがなぜだったか。自分を認めてくれることだけを、求めていたから。自分の存在そのものを必要としてくれる人間が、欲しかった。それは愛が欲しいのでもない。

俺はここを卒業すること以前に、最大の難関と戦わねばならぬらしい。

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