10. 宴会

さて、今の時刻は午前9時、ちょっと過ぎくらいか。今から作れば昼間スタートでも相当できるだろう。目の前には久松と蒲原さん、そしてやっさんこと八重川さんが山盛りにしてくれた食材。本当に全部使っちゃっていいのか、ものすごく不安なのだが。

「他に手伝えることがあったら、なんでも言ってくれぃ!俺たちは会場の方に行ってくるからな!」

蒲原さんあたり、筋肉に物を言わせて部屋の形まで変えちゃいそう。

今日も今日とておっかない代名詞と化している八重川さんがふらふらしているのを、そのまま腕を掴んで連れ去る蒲原さん、一体C組の人にとってやっさんとはどんな位置なのだろう?

あ、因みに残留組とは本来想定される期間より長くC組にいる人のことだそうで、全員二十歳越えという説は 真っ向から否定された。

「聞く相手は選ぶべきよ?浪花君。」

ここの女性は強いです。ちょうどあの二人と入れ替わりに勇子さんと松永さんが来ていたので、ちょっと聞いて見ただけだったんだけど。

「普通の場合は大人に見られるのは嬉しいんだけど・・・ここではそれだけ長い時間かかってるように見えるのかなって思っちゃうのよ。」

いきなり蹴りを入れて来た勇子さんと解説してくれる松永さん、良いコンビだと思いますよ。事実、女子が限りなく少ないせいもあってか仲はいいらしい。

「それにしてもすごい量持ち込んだわね。・・・全部料理するの?」

折角だから豪勢にと言ったら、 勇子さんはちょっと呆れた顔になってため息をついた。

「しょうがないわね。と言っても私は料理できないから、運ぶのだけは手伝うわ。」

そう宣言すると、神田君が摘み食いの鬼と化しているのに鉄拳を食らわせ、簡単に作ったものから持っていく。

「・・・女子ツヨイ。」

神田くんに同感だ。



松永さんは購買でエプロンを買って来てまで参戦してくれ、なんの間の結構な勢いで食材は消えていく。

「デザートは?」

「一応作ろうとは思ってるけど・・・」

リクエストして来た久松氏は一度消えたと思ったら、 会場では厄介者だったらしく微妙にしょげて戻って来た。力加減が困難とか言われるデカブツがなにをやらかしたかはご想像にお任せしよう。

「ここ、砂糖がないが作れるのか。」

「シロップ系とかバナナで甘味は取れるんだよ!それにしても甘党なのか?」

言外に意外だと匂わせると忌ま忌ましそうな顔をして違うと否定して来た。絶対久松のは甘さ控えめにしてやろう。

「そう言えば、中野君ってどんな人?」

微妙に険悪ムードに入っていたら、松永さんが至極もっともな質問をして来たで答えていると、なんか知らん、やたら寂しくなって来た。もうトレーニング後の途切れ途切れの妄想を聞くこともないのかと思うと・・・いや、それよりあの冷静な突っ込み(アドバイス)を聞けなくなるのかと思うと、厳しい時を共にしたという連帯意識も手伝ってかしんみりしてしまう。

「あれ、泣いてんのか?」

「眼科に行け眼科に!ちょっと煙たかっただけだよ!」

「・・・へえ、ジャガイモの皮むきで煙が立つのか。」

盛大に墓穴を掘ったらしい。ちょうど部屋に入って来たやっさんまで微妙な顔をしてらっしゃる。

「壊滅的に誤魔化すの下手だな。かえって感心するよ。それから・・・松永、桜田が呼んでいた。」

「あれ、八重川さんどうしましたか?」

なんだかちょっと顔色が悪かったから言っただけなのだが、本人は鳩が豆鉄砲食らったような顔になって首を振り、そそくさと部屋から出て行こうとして思いっきり壁にぶつかった。

「やっさんだいじょーぶ?」

入って来た橋下さんは既に真っ赤になって羞恥に耐えているらしいやっさんに追い打ちをかける。本人にそのつもりは毛頭ないようで、そろそろ部屋いっぱいだから切り上げてくるように伝えると、やっさんを引っ張って出て行った。

二人の後に続いて松永さんも出て行ったとき時計を見ると、12時ジャスト。素晴らしい。余った食材(と言ってもほとんどないが)は拝借することにした。

「そういえば、あのちっこいのはどうしてる?」

「事情話して入っててもらってるよ。」

ゴミの片付けだけは済ませて会場と言う名の一階の共有スペースに行ってびっくり。橋下さんの言う「部屋いっぱい」とは、本気で部屋いっぱいでもうどこにも置き場がないということを意味したらしい。 一般的な教室二個半くらいの広さがあると考えてくれればわかりやすいと思うが、そこにカオナシもびっくりの有様で大量の皿が並んで、ちょっとした棚にまで料理が氾濫しているのである。なぜ来るところまで来てしまうまで、誰も止めなかったんだろう?

「俺、夢だったんだ。食べきれないほどの料理を目の前にするのが。」

先輩は涙目になって喜んでらっしゃる。しかしだね、食べきれないのは問題だと思うのですよ。大丈夫だろうか?ここにはテロップで「スタッフが全て美味しく頂きました」なんて出るサービスはありませんよ?

「・・・浪花、昨今は主夫というカテゴリーがあるのだ。わざわざ学院に来る意味。」

「これは、確かにくろべーの言う通りだ!くにちゃんにもったいない!そうだな、 超多忙の社長に見初められるか、年下の男の子に尽くす!そんな感じじゃないか?」

蒲原さん、それは褒め言葉ととってよろしいか?

「いやそこは、これまで色恋沙汰と無縁に仕事ばかりで身をすり減らしていた年配の女性に囲われる、所謂ヒモ。この線がいける。」

中野おおぉ!俺の努力の方は?ねえ、ねえ!

「待て。これは勝手に上がり込んできた幼女を自分好みに養い育てる。」

それは源氏かな。っていうか、自分から上がり込んでくるとかどこのお転婆だよ!黒部さんのキャラクターが今ひとつ掴めない。この三人組ほんとにヤダ。

「私お腹空いちゃったわ。冷める前にいただきましょうよ。」

勇子さんのありがたいお言葉に、口々に食前の挨拶をして一斉に肉へと箸が伸び始める。多めにしておいてよかったよ。信じられない勢いで皿が空になっていく。

「お前倒れた ばっかだろ。食っとけよ。」

手に持った皿がやっさんと久松氏によって山盛りにされていく。え、そんな大飯食らい設定になってるの?俺。

「センパーイ!!俺、俺・・・」

どうしたんだろう神田君。涙をポロポロ流しながら駆け寄って来た。

「一生この料理食べたいっす!」

どうやらがっつり胃袋掴んでしまったらしい。彼はそう宣言したのち右往左往しながら大害虫 浮塵子ウンカの如く皿の上を食い尽くしていく。恐ろしい。

だからと言って女子勢が可愛らしい食べっぷりというわけでもない。そんなに空腹だったのか知らん、勇子さんも松永さんも物凄い勢いだ。確かに、ここにいる人皆んなある意味体育会系だもんね。

「こ、これはニンニクではないか?」

「・・・くろりん、それカシューナッツだよ。」

黒部さんと橋下さんの微妙な会話。そこだけすこしテンポが遅いようだ。そこに松永さん現る。

「浪花君!なんか悔しいけど、今度、私に料理を教えて。」

「え?でも松永さんが作ったのも、充分美味しいと思うけど。」

真っ赤になっている松永さん。そんなに室温は高くなっていないはずだが。

「熱いなら、きゅうりあるよ?冷やしといたから。」

「ありがとう。」

そそくさと取ると、勇子さんの 所に行ってしまった。

「おまえ、童貞だろ。」

「え?」

「知らね。 」

楽しそうにそっぽ向く久松。悪かったな!ここに来るまで碌に相手にもされてなかったよ!

そこに大量に作りすぎた揚げポテト。なぜか俺と久松で早食い競争をする羽目になったのだが。こればかりは負ける気がしない 。

・・・二分後、ほっそいポテトを喉に詰まらせそうになりながら食べた久松の勝利。君は行儀が悪すぎるのだよ。

皆の食欲が治まって来たところに登場担任坂本。郵便物を持ってきたそうなのだ。

「郵便物?」

はてなマークをたくさん飛ばしていたら、チキングリルを四、五本持った先輩が教えてくれた。

この学院、セキュリティ管理の関係で住所を全く明かしていないため、郵便物は自宅の郵便受けにあるものを、差し入れも引っ括めて持ってきてくれるらしい。

全く別の方向に俄かに活気付く室内と裏腹に、憂鬱になる俺。

佐倉たちがマンションに踏み込もうとしてきたときには、実際に管理人さんが警察呼んでくれちゃったたためそれ以後の襲来はなかったが、その代わり郵便受けがひどいことになっていたのだ。親がいないというのは悲惨です。

坂本先生から中ぐらいの箱を受け取って、取り敢えず中を確認する。そのまま捨てたいくらいだが、深琴くん関係のものが入っていたり、請求書が紛れ込んでいたらまずいのでね。

さて開けたらまずチラシの山。本当にそのまま持ってきたんだね!新聞取ってなくてよかったと思う瞬間。

このチラシを取り除くのもあまり気分の良いものではないのだが、その間に挟まる紙よりはマシだろうね。ご丁寧に二つ折りになっていたりするからそのまま処分ですが。

途中ほとんど期待していなかった元担任からの分厚い封筒などを発掘して 嬉しくなり、特に他の物も出てこなくて処分・・・と思ったところに珍しく 封されているのが間にいくらかあるのに気づいた。

中村のがある・・・俺の記憶違いでなければ、これまで彼からのは入っていなかったはずだ。

あれでも、小学校低学年まではかなり仲の良い友達だったんだ、放課後サッカーとか缶蹴りやるくらいには。

もしかしたら謝罪かもしれないと思わなくもない。直接は中々言えるものではないし、別にそれを望んでもいない。特に学校で何も変わらなかったって構わないさ、ただ流されたのだと、言ってくれるだけだって。

僅かな期待とともに開けたことを、痛烈に公開した。中には赤のボールペンで二文字と、剃刀。

しかも錆びているじゃないか。日用品としても使えないよ。

そのあとは何の感情もわかないまま開封したが、どれも見たことを後悔するものばかり。

ただ最後の一通はちょっと厚みが違う。

「この間のお礼」

一言とともに、瓶の中に白濁した液体と、ご丁寧にマジックで媚薬とかかれた白い粉が出てきた。

「また遊ぼうね 」

下にはくっきり鮒羽と書かれて。

俺は不愉快を通り越したものを箱に放り込み、そのまま吐き気を押し殺して座り込んだ。

ここにきてからの生活は余りに暖かく幸せで、俺は忘れていたのだ。いや、忘れようとしていた。あちらの方は結局なにも解決していない。逃げてきたのだから。そして遅かれ早かれまた戻らなければならないということも。全部忘れていたかった。

俺は誰かに話しかけられる前に、この場所を後にした。でも役に立たない足は言うことを聞かずに、一番突き当たりの角につくと俺を支えてくれなくなった。

涙の一つも出れば楽だったかもしれない。しかし胸が苦しくなるばかりでそれさえ許してはくれない。体が惨めに震えている。こんなとき爺ちゃんでも、母さんでもいてくれたら、なんて言ってくれたのだろう。

いや、いなくてよかったのだ。きっと今の俺を見たら悲しませてしまうから。

死んでしまえたら楽だっただろうけど、爺ちゃんが死ぬ直前まで働いて貯めて、俺のためだけに遺してくれたものがある。母さんにも、父さんにもあまりに悪い。それに 、深琴くん。帰りたくないと言っていた。久松なら面倒見てくれそうだが、怪力で彼の腕を折ってしまうかもしれない。

「馬鹿かな。」

「そうだな。」

「え?」

この手の呟きに答えてくれた人はこれまでいなかった。それが今はどんな形であれ嬉しくて。

「お前、虐待じゃなくて虐めの方だったのか。悪いが、お前の様子がおかしかったから読ませてもらったぞ。」

「・・・不愉快にしかならないだろ。」

「俺はバスケ部だったって言ったよな。瞬発力には欠けたが、この身長と体力で、レギュラーにもなった。でもな・・・相手チームの汚い遣り口に腹を立てて喧嘩になって、病院送りにしてしまった。それからやる気のない一年も。親は俺をもてあまして、施設に送るつもりだったらしい。まあ結果的にここのリストに引っかかっていたから厄介払いされたんだが。だから、俺の郵便物も大概悲惨だよ。かなり嫉妬と恨みをかっていたみたいでね。」

ちょっと自業自得だが、たしかに嫉妬とかほど怖いものないよな。しかもこいつの場合親からも手を引かれている・・・その辛さは未知数だ。

「謝んなよ?」

「なんで。だってお前のこと、普通に恵まれたやつだと思ってた。さすがに自分が一番不幸とか思ってなかったけど、色々無神経だったろ。」

「お互い様だ。そういや、お前親は?」

「小3のとき皆んな死んだよ。・・・同情とかすんなよ?俺にはみーちゃんという可愛いやつがいたんだから!」

猫だけど。

「・・・まさかその頃から誘拐癖があったのか。」

「んなわけあるか!三毛猫だよ、産み落とされてたの拾ったの!」

「やっぱりな。」

笑うなよまったく。うまく乗せられてしまった。

「ひとつ言っておくが、俺はC組を抜けられる目算がたった。いつまでも隅っこでうじうじしてたら置いてくからな。」

「は?うじうじとかしてないし!これはその・・・あれだ、瞑想をだな。」

言い争いを繰り広げながら室内に戻ると、口元がだらしなくなった先輩に、勇子さんが蹴りを入れていた。

「浪花君もなんとか言ってやりなさいよ。この人、自分の彼女の可愛らしさを自慢しながら間接的に私たちのこと貶してくるのよ?女の子は弱くて結構、みたいに。腹ただしいわ・・・」

蹴られながらもタレ目はによによし続ける。

「谷崎先輩、それ普通にダメですよ。筋肉あってこその人ですよ。」

「よく言ったなにわぁ!同志よ、筋肉は力だ、勇気だ、人格なのだ!」

蒲原さんに火をつけてしまった俺。めんどくさいことになってしまった俺、見渡すと頑張れという目線を送られる。

「馬鹿かな。」

俺じゃないです、断じて!中野くんがぼそっとやりました。

肩に腕を回され、延々筋肉論をぶちまけられながら、意外と認識が被っているのに驚いた。驚きつつ毒されてしまった己の身がちょっと不気味。今度からは気をつけよう。

「まさるんひとりじめだめー。ねえこのゼリー美味しいよ。」

知ってますよ橋下さん!自分で作りましたからね?それから普通にスプーンくわえちゃいましたが、こういうのはぜひ女子に!

「あ、お前!仮にも人生の先輩から食いもんとってんじゃないぞ。食うならこっちにしろ。」

食べかけを寄越すな久松ー!

まあ楽しそうに笑っておられる方々を前に早々怒れもしませんが。

こうして夜になり、嘘のように完食。高校生(?)体育会系男女恐るべし。皿洗いはみんなの部屋で分担することになりました。神田くんの、共同浴場で洗えば早いという爆弾おばか発言は早々に皆んなから却下されて。

「あ、くにちゃん今日はどちらに?」

「出来れば浪花の方に行きたいが、構わないか?」

蒲原さんとの話の途中で声掛けられた。深琴くんのしがみつき事件が脳裏をよぎり、即オーケー。

「お二人さん!末長く御幸せに!」

白いハンカチ振りながら泣いたふりフリするのやめて・・・

「明けない夜を嘆きつつ、傾いて行く月を見ながら長夜を泣いて過ごしているよ、俺は。おめでたのときは連絡ちょうだいね。」

「そんなわけあるか!」

もう、この人はこれさえなければ。筋肉万歳、筋肉三唱、筋肉礼賛なだけならば。

部屋に戻ると深琴くんが待っていてくれました。あ、一応手紙は持ってきましたが、元担任からのを除いて焼却処分の予定です。

「今日はお疲れ様です。」

「ごめんね、長時間中にいさせちゃって。」

「いえいえ。隙間から色々と面白いものが見られたので満足ですよ。さ、お風呂にしてください。僕は先に済ませたので。」

なんか意味深なことを言われた気がするが、今はそれどころではない。久松と風呂の順番で揉めているのだ、全くくだらないことに。

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