8.突然の

クラス替え。まさかの久松と共に9クラス入り。・・・松永さんも持ち上がったのは嬉しいけど、その先にはなんと俺の前髪を危険にさらした茶髪の要注意人物・・・確か「やっさん」。

坂本先生曰く、10段階の区切りは進度に関係し、本来学年で切られている学習範囲は関係なしに、大きなその区切りを移動した際にはこれまでやっていた学習範囲と被る教室に移される。つまり9クラスと一口に言っても何クラスもあるわけだ。

さて、注意すべきはだろうか、それとも久松?いや、やっさんだろう。俺は今そんな自分の愚かしい判断に腹を立てている・・・一つの長机は3人がけ。これまでの一般的な教室と違い、下が視聴覚室のように絨毯ぽいのが敷かれた、一番最初にいた教室と似た日の入りやすい教室で机は茶色・・・ははは、俺は久松と松永さんに挟まれています。お前は大きすぎなんだ!隅に寄れ・・・と言いたいですができずに。

「おい、浪花。」

なんでしょうか、俺邪魔ですか、なんですか。

「お前9クラスで大丈夫か聞いたようだが、それは教えた先生や決定した人間に失礼だ。できないかもしれないと思うくらいなら最初からテストを放棄するか、できるようにすればいいだろう。」

「・・・確かに。」

正論。ついていけるように努力しよう。

「浪花君、多分自分で思ってるより出来てると思うよ、だって皆んな隠れて質問してるだけで、あなたより沢山わからないところあるんだから。」

松永さんまで・・・俺は嬉しいぞ。だから彼女のためにも質問責めにしてやる!そして勉学だけでも速く卒業認定レベルに到達させるのだ!

・・・あゝ頭脳労働。一瞬の気の緩みも許されずに猛スピードで進む授業。最近の運動なんか比じゃなくきつい。あのちょっとヤンキーっぽいがこのクラスにいるというのは普通に驚きですが、同時に 尊敬もしますよ。普通ついていけません。しかし!人より三倍の時間理解にかかるなら人の五倍やれば追い抜けるはず。追い抜かなくてもいい、とにかく運動後使い物にならなくなる時間に習ったことを反芻できるよう、授業内容とにかく暗記しておこう。

昼ごはんもほとんどままならずに復習に没頭、運動に入って暫くしたところまでは覚えているんですがね・・・

気づいたら日が沈んだちょっと後。俺はまだ日の残滓の残る白い部屋の壁を見ながらはっとした。

まさかの・・・気絶?

前にも四、五回、鮒羽による暴力か空腹かで気絶したことはあったが・・・特に俺何もしてない!

「あ、気づきましたか?よかったです。これ早く飲んで。足に力が入るようなら、すぐに食事にしてください。」

寝かされた横から、優しげな男の声がして来た 。多分、御用になるとも思っていなかったここは保健室だろう。

「あの、運動は・・・」

「しっかり食べて休息を取れば明後日からの運動に復帰できますよ。明日が日曜でよかったですね。」

この学院の保険医、東山正伸先生はなんとも穏やかな雰囲気の優しそうな先生だ・・・が、早く帰ろう。優しさほど怖いものはない。

それを裏切られたくなければ信用しないことだ。俺のいじめを見て見ぬ振りをし続けていた先生も、ほとんどが俺以外の生徒に対して優しかった。人は恐怖や面倒に対してはかなり敏感な生き物だ。それだけ弱い。だから仕方がない。

ただ、俺はやはり、やられている人間がいたら助けてやりたいと、最近になって初めて思うようになった。もしそいつをいじめてたやつらと、その張本人が寄ってたかって俺を標的にしてきたとしても。とにかくいろいろに耐性のついた俺に火の粉が飛んでくるのは別に大したことじゃないからね。

ここに来て、久々に人間らしい扱いをされて、その貴重さが身に沁みた。1人の手だけだって、きっと助けになる。与えられてばかりは性に合わないのだよ、これは昔からね。


保健室から出てみると、なぜかやっさんがいた。頭痛いし早く帰りたいんだが・・・いや、それより怖い。鮒羽よりよほど怖い。そんなことを思っていると、 今にも掴みかかって来そうな彼はちょっとため息をついた。

「久松は寮に帰した。一応顔出しとけよ、運んだのあいつだからな。・・・それから、あの教室の奴ら、ほとんど授業ついてってないから安心しろ。焦ってぶっ倒れたら意味ないだろ。わかったな。」

そのまま去ろうとするこの人、それを言うために一体いつからここにいたんだろう。

「すみません。」

「お前意味不明だ。謝る相手違うだろ。・・・まあいいか。久松の部屋番二丸五号室だ。他の奴らはまだ食堂にいるはずだから声かけてけよ。」

「はい・・・わざわざすみま」

「そんな馬鹿みたいに謝らないでくれるかな。別にお前が悪いわけじゃないんだから。 」

少し低めの位置にあるやっさんは目だけで笑って、軽く肩を叩いていった。・・・どう考えても、悪い人じゃなさそう。怖いんだけど、一瞬猫っぽい可愛さを感じた気がする。女子が居なさすぎるせいか。だいぶ重症だ。

さて心配させたらしいクラスの面々に挨拶に行けば、もう神田とか涙目になってたし、先輩からはちょっと怒られるし、中野からは呆れ半分極意を教えられるしでなんだか照れ臭い。

後は・・・久松。

考えてみれば、持久力怪人である奴と互角にやり合っているのは、俺の場合執念一本の綱渡りだった。最初のうちこそ単に深琴君のために早く、というだけだったが、なぜかあのデカブツに負けたくないと思い始めていたのだ。・・・悔しいが今のままでは普通に無理。だから努力だ。

「浪花・・・お前がまさかあそこまでの猪突猛進タイプとは思ってなかったぞ。」

呼び出したらすぐに出てきたやつの言葉だ。なんでも、授業中、そしてその後の俺の様子は只事ではなかったらしく、同じ教室の人の間でも話題になったそうな。

「妥協しろとは言わない。が、体調管理できないのはそれ以前の問題だ、反省しろ。」

そのまま入るなよ、俺まだ一言も言ってない!

「お前はこういうとき、絶対謝罪しかしない。まあ確かに他にないが・・・別に黙ってたって構わないことだってある、無理して言葉にしなくていい。」

目の前で盛大に扉が閉められた。・・・俺はちょっと驚いている、まさかこんな親切な奴と思ってなかった。割と不器用だがな。今度余った食いもんかなんか持って行ってやるか。

ここで、一つ問題。今日倒れたことをあの子に伝えるか否か。ものすごく心配されそうだし、これが仮に家族とか「親友」とかなら言った方が良さそうなところではあるけれども。

・・・深琴君の立ち位置ってどこなんだろう?

そもそも誘拐だし。だからと言って「知り合いのお兄さん」枠はちょっと悲しい気もする。

踏ん切りが付かないまま扉を開けると、いつも通り出迎えてくれた深琴くんはみるみる青ざめた。

「只今、どうしたの?」

「どうしたの?じゃないですよ!!顔色悪すぎます。早くご飯にしてください!浪花さん、昼ほとんど食べなかったので心配してたんです。その様子では倒れましたね ?ちゃんとしてください。いなくなったりしたらいやですから。さ、早く温めて・・・」

俺の地獄の数分を返してくれ!深琴君はすでに俺のスペシャリストになりつつあるのだ、気付かないはずがない。

朝のうちに作ってあったものをまずかっこみ、そして大量に作っては夢中で食べた・・・我ながら恐ろしい食欲。

そこにノックの音。深琴君は早々に行李の中へ・・・準備良すぎだろうよ。

「はい?」

そこにいたのはクラスメイトプラス3。相変わらず機嫌の悪そうなやっさんと橋下とか呼ばれてた眠そうなやつ、そして知らない人・・・ まだ食事中ですが何用で?

「もう大丈夫そうだねー。・・・ところで君さ、料理とかできる?」

「え、まあ。」

橋下さん、かな?の質問に答えると、鼻のきくらしい神田が牛丼、と呟いた。

「明日こいつの門出の会の前座?みたいなのやりたいんだけどねー、あんまりおめでたくないから、できれば内々にってことになったんだけど、料理お願いできるー?」

指し示していたのは知らないやつではなく・・・中野君で。

「まだみんなにも言ってなかったね。俺、気づいたんだ。剣道極めるだけならここじゃなくていいって。それで、勉強の方、本来必要なの揃って他言語の勉強とかやらせてくれてさ、海外の大学直接エントリーしてみることにしたんだ。突然でごめん。」

ちょっと寂しいが、確かに中野君ほどの頭脳で国内で小さくまとまるのは惜しい気がする。

「そういうことなら 、喜んで用意するよ。寂しくはなるけど。」

この部屋周辺では口調が緩くなる・・・

「あ、ごめーん。俺 橋本はしもと てるっていうんだ。こっちの茶髪くんはやっさんね。で・・・」

「八重川だ。やっさんじゃない。八重川やえかわ まきだ。」

「そうそう、まきちゃん。ああごめんって。そんなこわーい顔しないでよ。それでこっちの細マッチョの黒髪ロング君はくろっち」

黒部くろべ 正隆まさたか。・・・同類の匂いがしたからとても惜しい。俺も祝いた」

「あ、なんで俺とやっさんがいるかっていうとね、俺がこの寮の一応の寮長で、やっさんが今度の日曜日の責任者だからー。」

「ちなみに橋下はこう見えて二十歳超えてるからな。」

「へへーばらされちゃったー。やっさんひどーい。」

やっぱり出られなくなる人いるのか。最初に思い描いてしまった俺の姿。

「それにしても先輩思ってたよりちゃんとして・・・なんで小学校の教科書?」

やらかし・・・無駄に鋭い神田君。食器の方は先に食べ終わっていた深琴君のは俺の大量の食器と一緒に流しにあったから良かったが。

さて、どうするか。嫌な汗流れとりますよ。これまでの流れ説明するわけにもいかん。添い寝などさらにいかん。教科書、教科書・・・

「ああ、数学とかわかんないところ、戻ってやることあるかな、とか思って持って来ちゃった。」

「・・・お前馬鹿なの。」

やっさんのお言葉。断じて久松ではない。まあ、奴も頭を抱えているが。

「浪花さん、もうちょっと自信持ちなよ。この学院では少なくとも、9クラスにまぐれで紛れ込むとかありえないからさ。」

中野君の割と見当違いの慰め。ちょっと行李の方を見たらわずかに震えている。笑いを噛み殺してますな。

「それにしても綺麗にしてるね・・・あれ、食事中って・・・すごい量だね・・・うわあ。」

机に並べてあるのは大体いつも通りの量のはずですが。あの、流しの中見てからびっくりしてください、俺も驚いているくらいですからね、谷崎先輩。

「これ、まさか一人で・・・?」

物欲しそうな神田君。でも本気で腹が減ってしかたがないのだよ。

「すごいな・・・もしかしてあの流しの中・・・」

黒部さん気付きましたか。

「おまえ、よくそれで太らないな。」

「いつもこんな馬鹿みたいな量食べてるわけじゃないよ、飢饉増殖マシンじゃないんだから。」

お前は無駄に巨大なのだからこれくらい食べてもばちはあたらんと思うぞ。

「これだけ量作れるなら問題ないねー。それじゃあまた明日。」

こんなにぞろぞろ来た意味!橋下さんの一声で帰っていく中、なぜか残る久松氏。

「・・・お前、本気で小学校の教科書やってたのか?」

「ああ。特に算数はやってよかったよ。まさか自分が分数ちゃんとわかってなかったとは思わなかった。」

驚くことなかれ。実は解の公式とか平方関数とかよくわからないままにしていた俺は目が飛び出たよ、本当に深琴様様。

「・・・扉、締めるぞ。」

「は?」

「今日は泊めてくれ。」

「・・・1人部屋だから寝る場所ないんだけど。」

「・・・早々変わらないだろうよ。俺の相部屋の相手、蒲原っていう筋肉バカなんだ。・・・鼾がひどくて寝られてない。」

耳栓買いなよ。・・・とは言えないか。確か蒲原さんってもの凄くいろいろ分厚い人だったな。爽やかに熱烈な握手して来た。

「あー、えっと・・・」

だからと言ってまさか一晩中深琴君を行李に閉じ込めておくわけにはいかない。しかし、あーしかし。

「あの、僕今日ここで寝るのでいいですよ。」

「・・・・・」「・・・・・」

「浪花さん、多分この人が久松さんですよね、外部への漏洩の可能性は限りなく低いと思われますから、大丈夫ですよ。」

・・・俺が人間不信こじらせているのか、深琴君が人を信用しすぎなのかわからんが・・・

「おまえ同居人いたのか。先に言え。ちっこいし、これだけのスペースあればなんとか三人入るだろ。」

「あ、僕それなら真ん中がいいです!」

「それだめ!潰されちゃうよ。あー、そうだ。寝袋。あれが・・・」

「僕だったらかなり大きいと思いますけど、いつもはみ出してるじゃないですか。ここでは安眠できる布団で寝たほうがいいです。」

結局男三人の川の字。何?なんかそんな感じに見えるんですが。

そして久松は間をおかずにおやすみになりました。

・・・あれ、なんでなにも追及されてないの?

普通ちっちゃいかわいい子連れ込んでたら、さあ警察みたいならない?

「久松さん、あなたをライバル視してるみたいですから、多分僕のことは眼中にないんですよ。」

「あ、もしかして視力戻ったの?」

「よくわからない状況です・・・お休みなさい。」


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