6.強さは不屈の意志から

翌朝。きっちり4時半に布団の上で起床、我ながらすごい。そして当然のようにもう起きている彼。

「体の具合はどうですか。」

「・・・筋肉痛はたしか、動けば治るよな。なら、平気。」

起き上がろうとすると、あちこちの筋肉が悲鳴をあげる。これだけの動作でこんなに使っていたとはちょっとした驚きだ。

「先に下拵えはしておいた方がいいかな・・・」

小さい頃からの習慣である栄養バランス表を見ていて思い出した。俺は大飯食いで、食わないと病院行きとは本当か!?あの坂本氏の発言、最後に気を取られて忘れていた。

「どうなの?」

「・・・知らなかったことの方が驚きです。僕の食事の量もそうですけど、そもそも男子高校生の一人暮らしでちゃんとあれだけの量毎食自炊している時点で、知っていると思ってました。」

「いや、ほら。深琴君小学生だし。高校とかでも見つからないように体育館裏とかで一人で食べてたから一般的な量とか知らない。」

「それに、自炊とか栄養管理は爺ちゃんとかから徹底的に仕込まれてたから、習慣で。」

ちょっと考え込んでいた男の子は、にこっと笑った。

「きっと雅都さんは素直で純粋な子どもだったんですね。誰も約束を破るなんて考えもしないくらい。・・・あ、でも今もそうですね。」

にこにこしている深琴君・・・君はほんとに小悪魔ですね。

「くれぐれも、本当に食べ物には気をつけてください。ね。」

ハートの幻が見え、俺は肉を食用酒に着けながら一人悶えていた。

集合時間10分前に着いてしまった俺は誰も来ていないのを知って暇を持て余してしまった・・・と、目に飛び込んできたのは隅に置かれたダンベルなどの重量トレーニング用品。まだ自重でぎりぎりの俺たちがこれらを使えるようになるのはいつになるのか・・・これはいけない!ストレッチだ準備運動だ、早く 付け俺の筋肉!

「早いな。いい心がけだが、一つだけ注意しろ。日曜は全休、それから指示があった場合はその日は何もしないこと、これだけは忘れるな。これは習慣にした方がいい。体を壊す危険があるからな。」

担任坂本から注意を受けつつ、早く着いた時のメニューを組んでもらった。俺は何が何でも二学期で、二学期で、二学期で・・・

全身に走る痛み、筋肉が軋む音が聞こえそう。針なんてものじゃない、腿にも腕にも腹筋にも、まるで錐を刺されているような鈍く、そして鋭い痛み。だめだ、ここでやめたら多分人より上達の遅い俺は特別クラスで過ごす時間が長くなる。そうしたらここに来た意味がなくなってしまう!誰のため?西條君!俺の痛みは明日の西條君の安全のためにあるのだ!

悪戦苦闘を繰り広げるうち、生物で習った知識からすると乳酸が流れ始めたのだろう、かなり激痛は和らぎはじめた。そこに、久松登場。ここまでで5時ジャストということは、このメニュー、30分間は退屈しない仕様になっているようだ。

「後の奴らは私が起こしてくる。お前らは安藤さんに見てもらっていろ。」

それから始まる運動は、心なしか昨日までほどきつく感じない、気もしたが、筋肉痛を上乗せしている気がしてならない。これがなくなる日は死んだ日なのではと思ってしまうほどに。

いつもより早く終わってしまった俺たちは他三人を待つ傍安藤さんの特別メニューに突入し、終了後はいつものごとくへたばって部屋に戻った。

さて、朝食で腹を満たし、深琴君にはいつものように宿題的なのを渡して出陣。

あ、そうそう、深琴君は頭がよいので、すでに中学の範囲に突入している。呑み込みは早いし、本当に手のかからない生徒さんです。因みにそのおかげで俺は特に数学で、これまでどうしてもできなかったところの原因に行きあったので、ほんとうに美琴様々です。

さてと、久松から離れの席を取るため、へなへなの足を教室に向けた・・・が、すでに奴の近くの席しか空いてない。みんな前に寄っているのに後ろに行くのは先生に悪いのでね。

と言っても、結論、何もなかった。松永さんとは席が前後だったので彼女の質問と合わせて疑問をぶつけ続け、漸く俺の中にこれまであったもやもやが晴れましたよ。わかるとは良いことですね。

それが終わると久松と一緒に道場へ・・・一言も話してません。こちらから話せば間違いなく無視されそうですからね。これは小学校で身につけた処世術である。無視されたくなかったら話しかけずに、存在を無視されていることを直視したくなかったら自分から存在感を消すこと・・・

「お前、何年かかってもって言ってなかったか。」

「え?」

まさか向こうから話しかけてくるとは。しかし耳を摘むのはやめてくれ、地味に痛い。

「甘ったれたやつだと思ってたって、言ってんだよ。・・・ここまで頑張ってるやつ、久しぶりに見た。勝手に嫌って悪かったな。」

・・・しばらく思考停止。わけがわからない。えー、つまり彼は生半可な覚悟のやつが嫌いだ、ということか。

「え、あ・・・いや、その、自分のためじゃないから、だろうな。多分自分のためだけなら、ここまでしてない。」

強烈なデコピン。そういや力加減苦手とか最初に言われていた気がする。

「阿保。だからすごいって言ってんだよ。お前が宙見ながらガッツポーズしてるの見てりゃ人のためってことくらいわかる。俺はその方が凄いと思う。」

弾かれた所を抑えながら覗き見ると、ちょっと目線を外して口をとんがらせている。なにか言った方がいいんだろうがこんなふうに褒められるとか慣れなさ過ぎて困る。

「あ、ありがと・・・う?」

「は?!お前ほんと・・・ああ、やっぱ嫌いだ!その卑屈なんとかしろ!いらいらする。」

再び嫌い宣言をされたが、なんとなく雰囲気は和らいでいる。そこに安藤 猿女が登場、坂本先生は所用で遅くなるため、先に入っていてよろしいとのこと。

・・・・・再び体が動かなくなったとき知った。そう、中野と神田という一年二人組がどこにもいないという先輩からの伝言により坂本先生が遅くなったとのこと。でもそれは普通のことらしく、一般組でも特別組でも最初のうち数人の逃亡は避けられないらしい・・・が、逃亡した者にはペナルティー、それを経験した人間は、二度と逃げ出そうとは思わなくなるという・・・そんな実際にあった怖い話を安藤助手から聞かされた俺と久松、途中から入った先輩は総毛立ったのである。それが意味するところは、全身動かなくなることより恐ろしいものが待っている、ということだからだ。

「あ、ちなみに勘違いしないでね、筋力アップできそうなものじゃないから。ふふ、間違っても、人より早く先に行きたいからって変な気を起こさないことね、浪花君、久松君?」

見透かされている・・・顔真っ青だよー久松氏。多分俺も。

「お、おまえそんな姑息なことを考えていたのか?」

「あんたもだろ!同罪だ。」

揉み合いになりそうなものだが指一本動かせません!有りもしない眼力で睨み合っていたところに疲労困憊といった坂本さんが。

「あの二人は彼処に放り込んでおいた。明日には出してやらないとだな。あ、お前らも一応覚えておいてくれ。忘れると大変なことになるから。」

恐怖の部屋の実態は明かされぬまま、昨日のデジャヴュを経験し、部屋へと至る。

「あれ、浪花さんなんだか嬉しそうですね。」

可憐な少年が部屋で待っていてくれるとは、嬉しすぎて涙が出そう。でもこの髪型に隠されててよくわかったね。

「まあ、ね。・・・西條くん、ここに入れてくれて、本当にありがとう。・・・きついけど。」

さて夕食を作り今日のことを話し、ちょっと時間ができたので彼の勉強を見て宿題で就寝。時刻は9時半、明日は四時か三時半に起きたいので、そのつもわりで。深琴君を起こさないようにしなければ。

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